上 下
340 / 448
憧れの人

それ

しおりを挟む
「とにかく落ち着いて、冷静でいてください」

「はい」

 後ろに二人がついていてくれてるとなれば、百人力だ。私はしっかり前をみる。

「黒島さん、私が預けたお守りはお持ちですか?」

「あ、はい」

「それを手に持っていてください、必ず」

 ポケットに入れておいたお守りを取り出し、両手でぎゅっと握る。その姿を確認した影山さんは、正面に向かって座った。丸い鏡の前に、みんなで沈黙が流れる。

 私は動くこともできずただひたすらお守りを握りしめる。

 耳が痛くなりそうなほどの静けさが続いた。影山さんは丸い鏡をじっと見つめたまま微動だにしない。誰も物音一つ立てることなく、沈黙を守っていた。

 どれほどそうしていたか分からない。急に沈黙を破ったのは影山さんだ。何か囁くように言葉を発し始める。私は耳をそちらに傾けた。

 彼の言葉は何を言っているのか分からなかった。お経? いや何か違うような。お経のようなリズムがないし、例えるなら知らない言語で誰かに話しかけているような声だ。

 ボソボソ、と繰り返す聞き取れない言葉。暗い部屋、自分を映す鏡。全てが異様で不思議な空間を作り出している。体感したことのないオーラに、私はただお守りを握ることしかできない。

 徐々に影山さんの声が大きくなってくる気がする。いや、自分の耳がそう感じ取っているだけか。それすら分からないまま、ひたすら時間が流れるのを待つ。

 長くそうしていると、どこか意識もぼんやりとしてくる。気を張っているはずなのに、自分の心が自分の体を置いてけぼりにしているみたい。

 すると突然、何かが動いたのを視界がとらえた。私はちらりとそちらをみる。なんてことはない、カーテンが少しだけ風に靡いて浮いたのだ。なんだ、と思い再び前を向く。

 端の方でカーテンがふわりと蠢く。外の光が僅かに部屋に入り込む。何度か風に浮いたのを認識した時、ようやくハッとした。

 窓なんて、開いてなかったじゃないか。

 顔を上げてそちらをみる。姿見の自分も同じように動いた。目をまん丸にしている私が映る。同時に、カーテンが今まで以上にぶわっと大きく浮き、差し込む光が私たちを照らした。

 足が二本だけ見えた。裸足の足。

 今まで以上にお守りを握る。手のひらの傷が痛んだ。緊張感が高まり、ドキドキと心臓が大きく打つ。

 得体の知れない何かが自分のそばに来ているんだと痛感した。一人じゃないからなんとか理性を保っていられる。

 影山さんは微動だにせず、しっかりと鏡に向かって座っていた。その背中が頼もしく、私は縋るようにそれを見つめる。

 カーテンはいつのまにか動かなくなっていた。再び部屋に暗闇が訪れる。しかし同時に、影山さんの言葉に何かが混ざっていることに気がついた。

 足音だ。何かの足音がこちらに近づいてきている。

 ひた、ひた、とフローリングを素足で進む音だ。自分の背後から聞こえてくる。それが分かった途端、体は硬直しまるで動けなくなった。

 影山さんも振り向くことはしない。私もそんな勇気は持ち合わせていない。もはや人形のように固まったまま視線すら動かさなかった。

 足音が、くる。

 足音が、くる。

 ゆっくりしたスピードで、確実に、私だけを目指して、誰かが、

 くる。

「誰だ」

 突然影山さんのしっかりした声がした。ちょうど足音が私の真後ろで止まったときだ。九条さんたちが大丈夫か心配になったが、多分平気だろう、狙いは私のはずなのだ。

 ぎゅっと強く両目を閉じる。

「顔を見せろ」

 いつも丁寧な言葉遣いをしている影山さんは威圧的に言った。私は強く強くお守りを握りしめる。

 得体の知れない何かの気配を背中から感じる。熱気か冷気かも分からない不思議な空気を感じる。

「顔を見せろ!」

 再度影山さんが言った。すると、立っていた何かが動いた。

 衣がぶつかるような、肌と肌が擦れるような、そんな音がする。

 自分のお守りを持つ両手がガタガタと震えた。恐怖で狂いそうだというのに、固く閉じていた瞼は意に反してゆっくり開いた。

 
 何かが私の顔を上から覗き込んだ。


 見上げなくても、私はの姿が見えた。隣にある鏡に映り込んだからだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説家になるための戦略ノート

坂崎文明
エッセイ・ノンフィクション
小説家になるための戦略ノートです。『弱者のランチェスター戦略』を中心にして、小説を読んでもらうための『ウェブ戦略』なども交えて書いていきます。具体的な実践記録や、創作のノウハウ、人生戦略なども書いていきたいと思います。最近では、本を売るためのアマゾンキャンペーン戦略のお話、小説新人賞への応募、人気作品のネタ元考察もやってます。面白い小説を書く方法、「小説家になろう」のランキング上位にいく方法、新人賞で大賞を取る方法を考えることがこのエッセイの使命なんでしょうね。 小説家になろうに連載されてた物に『あとがき』がついたものです。 https://ncode.syosetu.com/n4163bx/ 誤字脱字修正目的の転載というか、周りが小説家デビューしていくのに、未だにデビューできてない自分への反省を込めて読み直してみようかと思います。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。