視えるのに祓えない～九条尚久の心霊調査ファイル～

憧れの人

舌打ち

　事務所に着くと、怖い顔をした伊藤さんがパソコンに齧り付いていた。帰宅した私たちをちらりとだけ見て、何かキーボードを叩きながら声だけを出す。

「お帰りなさい、影山さんから来てます」

「早速ですね」

「影山さんに依頼がきた内容がそのまま転送されています。が、正直これじゃどこから手をつけていいか分からないですよ」

　顔を歪めながら伊藤さんが言った。私たちはとりあえずコートを脱いで置くと、伊藤さんを囲むように椅子を移動し座る。伊藤さんが一度顔を上げて私を見た。

「大変だったね、光ちゃん」

「あ、いえ……」

「影山さんは、大袈裟じゃなくこの業界でめちゃくちゃ有名な実力派だから。きっと大丈夫だよ」

「ありがとうございます」

　不安がないといえば嘘になる。でも、私はその言葉を信じて自分を強く保つしかなかった。心を乱すことは一番よくないことだとわかっているのだ。

　伊藤さんは画面を睨みながら言う。

「ここ半月で四名の犠牲者が出ている、とのことですね。共通して20代女性、人から人へ感染するように被害が出てる。全員自分で首を絞めて自殺。
　麗香さんが依頼を受けた相手が女優の横原くるみ。恐らく彼女は無事で、麗香さんに移ったんだろうと」

「横原くるみと麗香は顔見知りではなかったはずなので、そこだけは除霊してきた麗香に反抗して憑いたと考えるのが自然でしょう。ですが、それまでは知り合いを練り歩いてきたはず。伊藤さん、一番最初の被害者はわかりませんか」

「そこですよ」

　伊藤さんが顔を歪める。

「横原くるみの前に亡くなった女性は誰かわかるんですって。彼女の行きつけの美容室で働く美容師みたいです。影山さんは死んだ現場まで見させてもらったらしいんですが、それ以前の情報はまだ警察からもらってないらしいですよ。まー守秘義務もあるからぽんぽん情報を流せないんでしょうけど、重要なところだから早くよこせって今かけあってるらしいです」

　九条さんが腕を組んで考え込む。

「人から人へ伝染するタイプは珍しくありません。ですが肝心なのは、一番初めに憑かれた人間はどこから拾ってきたのか、です。無差別に憑かれる場合もありますが……。
　この異常事態が起こり始めたのは半月前ほど。例えば、一番最初の被害者の周囲に亡くなった方がいて、それが原因だとしたら」

　伊藤さんは唸りながらパソコンを操作する。はあとため息をつき、苛立ったように舌打ちした。伊藤さんの舌打ちなんて初めて聞いたので、ちょっと驚いてしまう。