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憧れの人

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 大声で自分の名前が呼ばれた。懐かしいその響きに反応し、瞼を開ける。

「光さん!」

 九条さんが私を覗き込んでいた。少しぼやける視界で彼の顔を認識すると、小さな声で返事をした。

「はい……」

 私の声を聞いて、九条さんがほっとしたように息を吐く。周りは白い壁、白いシーツ。病院の中だとすぐに理解した。

「戻ってみればあなたが倒れていたので……何かあったのですか、入り口にガラス片が散らばっているのも?」

「あ」

 そこで思い出す。麗香さんの香水瓶を使って追い払おうとしたこと。そしてそれは多分失敗に終わったこと。私は慌てて起き上がり立った。意外とスムーズに体は動いた。

 ベッドの上の麗香さんは変わりなく安らかに眠っている。それを見てとりあえず安心した。そして、ベッドの奥には影山さんが何やら神妙な面持ちで私を見ていることに気がつく。

「光さん? 何があったんですか」

 立ち上がった九条さんが背後で尋ねる。私は周りにもう恐ろしいものはいないということを何度も確認し、一度深呼吸をした。

「踏切の音が……聞こえたんです」

「踏切?」

「麗香さんの買い物を終えて戻ってきて。メイクを落としてあげて。その後、突然踏切の音が聞こえたんです。そしたら、よく分からない黒い物体みたいなのが現れて……怖いものでした。敵意もあった。
 慌てて、麗香さんのカバンの中にあった香水瓶を投げつけたんです。黒いものは散ったように見えましたが、多分私では意味がなかった。耳元で声がして、そのまま意識を」

「声? 声とはどんな声ですか!」

 私に詰め寄るように聞いてきたのは影山さんだ。その剣幕に少し驚きながら必死に思い出す。

「低い声でした。男の人……でしょうか」

 思い出して身震いをする。

 冷たい声だった。同時に、楽しそうに聞こえた。無力な私を嘲笑うかのような言い方。

 影山さんに強い口調で言ったのは九条さんだ。

「影山さん、ここは結界が張ってあるのでは? まさか破られたと?」

 そうだ、影山さんはそう言っていた。私も彼の顔を見ると、影山さんは焦ることなく私たちを見つめ返した。何かを決意したような、そんな厳しい表情だ。

「いいえ。破られたわけではありません」

「では」

「一度こちらへ。まだ事件の詳細を、あなた方に説明していません」

 影山さんは、病室の隅にある小さめなソファに私たちを促した。私と九条さんはとりあえず言われるままそこへ移動し腰掛ける。向かいに影山さんが座った。

 三人座るのにギリギリな大きさだ。青色のソファはあまり座り心地が良いものではない。病院のソファなんてこんなものなんだろうか。

 どこかピリピリとした空気感に緊張しながら、床に散らばった香水瓶の破片を片付けることすらせず、私たちは向かい合った。

 影山さんは眉間にシワを寄せている。難しい表情だが、緊張と、同時にどこか安心したような顔にも見えるのは気のせいか。

「今回麗香が携わった案件について再度詳しく説明します。先ほども言いましたが、自分で首を絞めて自殺するという不可解な死が相次いだことで、まず私の方に声がかかりました」

「影山さんに、ですか?」

 私はそう声に出したが、九条さんは特に驚いてはいなかった。そうか、まずは麗香さんよりさらに経験値が上の影山さんに話がいくのは自然な流れなのかもしれない。

「はい。内容はこうです。
『ここ半月で、若い女性の不思議な自殺が相次いでいる。あまりに不自然なので見てみてほしい』と。
 まずは私が詳細を聞きました。そこで、亡くなった人たちにはある共通点がありました」

「共通点?」

「まず、全員二十代の若い女性であること」

 低く真剣な声色に、ごくりと唾を飲み込んだ。


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