315 / 448
憧れの人
笑顔で
しおりを挟む
「おはようございます。九条さん、頭の怪我大丈夫ですか?」
私が声をかけると、彼がこちらを見て目が合った。それだけで心臓がドキンと高鳴る。なんとかバレないように、自分を押さえつけた。
「ああ、すっかり忘れていました」
「え! ちょっと、血が出てたんですよ? 普通忘れますかね? 大丈夫ですか」
「まあ痛みもないので大丈夫ではないですか」
「まるで人ごとですね……まあ膿んだりしてなきゃいいですけどね」
多分、いつも通りに話せている。必死に自分を客観的に見てそう判断した。声も震えてない、笑顔だって保ててる。きっと大丈夫。
自然なそぶりでそこから離れた。朝の掃除をしようと裏へ布巾を取りに行く。白いカーテンの中に入り、広くない仮眠室の中で、誰にも聞こえないように息を吐いた。
心臓はドクドク鳴ってる。やっぱり、気まずい。でも九条さんもいつも通り接してくれていた。これはもう時間が解決するのを待つしかない。こうなることを選んだのは自分だ。
(伊藤さんに言いそびれちゃったな……)
さすがに九条さんがいる時は話しにくいので、伊藤さんと二人きりになるタイミングを見て話そう、と心に思った。
特に依頼がないまま昼になる。
私は普段通り、掃除をしたり伊藤さんからの指示で簡単な仕事をこなしたりして時間を過ごしていた。
九条さんは昼寝……しているかと思いきや、今日は椅子にもたれてひたすらぼうっとテレビを眺めているようだった。
流れているのはニュースだ。女性アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。訓練された滑舌のいい声が耳に届いてくる。
ニュースの内容は尽きることはない。日々どこかで何かしら悲しいことは起き続けているからだ。
『死刑確定していた死刑囚が、執行前に死亡し……』
『女優の横原くるみさんが体調不良により舞台降板……』
『男性に振られたことに逆恨みした女性が、包丁で相手を待ち伏せし……』
どきんと胸が鳴った。いやいや、私はそんなことしない。でも何ていうか男性に振られた、って、タイムリーな話題だなと思ってしまったのだ。
「なーんか暗いニュースばっかりですねえ?」
伊藤さんが突然声を上げてさらにドキッとする。ここで男に振られた女の話題はちょっときついぞ、と心の中で思う。今どんな顔して話題に乗ればいいのか分からない。
「横原くるみって人気な女優だよねえ、忙しすぎて体壊したのかな。この前ドラマ見てたんだけどなー」
伊藤さんが出した話題は女優の方でほっとした。私は手を止めて答える。
「私も見てました。すごく可愛かったですよね。伊藤さん好きなんですか?」
「そうだね、可愛いなって思うよ」
「へえ!」
「光ちゃんちょっと似てるよね」
「!? 言われたことないですけど!?」
慌てて言い返す。芸能人に似てるなんて誰も言われたことない。しかも、今自分が可愛いですねって言った女優に似てるなんて言われたら、なんて答えればいいんだ。
伊藤さんはなぜか私の反応を見て笑っている。九条さんは半分意識がないのかただテレビだけを見ていた。
「ねえ、九条さんも思いませんか? 光ちゃん似てますよね?」
まさかの九条さんに話題を振ったので困った。どうしていいのかわからずあたふたするが、こんなことで困っている自分がおかしい。なんてことない話題じゃないか。
テレビをぼんやり眺めながら、微動だにせず答えた。
「そうですかね……光さんは光さんにしか見えないです」
「えー? 絶対似てると思うんだけどなあ」
伊藤さんはブツブツ小声で呟いた。それ以上の追求はしなかったので安心する。話題は自然と途切れたのだ。
今までよくあった雑談さえ戸惑ってしまう。私が多分、意識しすぎなんだろうな。反省しなくちゃ、依頼が入ってきたら二人で行動するんだから。
「さーお昼ですね! じゃあ僕外に行ってきますね~」
正午になり、伊藤さんの声で時計を見る。私も手を止めてもうそんな時間か、と心で呟いた。
いつも外に買いに出たり食べに出たりする伊藤さんは、普段通り颯爽と事務所の外へと出て行ってしまった。あの明るい声がなくなり、一気に事務所に静けさが訪れる。私はカバンからお弁当を一つだけ取り出し、九条さんの元へ行った。
彼の前にそっとそれを置く。ずっとどこかを眺めていた九条さんはようやく視線をちらりと動かし、私が置いたお弁当を見た。
「ありがとうございます」
私が声をかけると、彼がこちらを見て目が合った。それだけで心臓がドキンと高鳴る。なんとかバレないように、自分を押さえつけた。
「ああ、すっかり忘れていました」
「え! ちょっと、血が出てたんですよ? 普通忘れますかね? 大丈夫ですか」
「まあ痛みもないので大丈夫ではないですか」
「まるで人ごとですね……まあ膿んだりしてなきゃいいですけどね」
多分、いつも通りに話せている。必死に自分を客観的に見てそう判断した。声も震えてない、笑顔だって保ててる。きっと大丈夫。
自然なそぶりでそこから離れた。朝の掃除をしようと裏へ布巾を取りに行く。白いカーテンの中に入り、広くない仮眠室の中で、誰にも聞こえないように息を吐いた。
心臓はドクドク鳴ってる。やっぱり、気まずい。でも九条さんもいつも通り接してくれていた。これはもう時間が解決するのを待つしかない。こうなることを選んだのは自分だ。
(伊藤さんに言いそびれちゃったな……)
さすがに九条さんがいる時は話しにくいので、伊藤さんと二人きりになるタイミングを見て話そう、と心に思った。
特に依頼がないまま昼になる。
私は普段通り、掃除をしたり伊藤さんからの指示で簡単な仕事をこなしたりして時間を過ごしていた。
九条さんは昼寝……しているかと思いきや、今日は椅子にもたれてひたすらぼうっとテレビを眺めているようだった。
流れているのはニュースだ。女性アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。訓練された滑舌のいい声が耳に届いてくる。
ニュースの内容は尽きることはない。日々どこかで何かしら悲しいことは起き続けているからだ。
『死刑確定していた死刑囚が、執行前に死亡し……』
『女優の横原くるみさんが体調不良により舞台降板……』
『男性に振られたことに逆恨みした女性が、包丁で相手を待ち伏せし……』
どきんと胸が鳴った。いやいや、私はそんなことしない。でも何ていうか男性に振られた、って、タイムリーな話題だなと思ってしまったのだ。
「なーんか暗いニュースばっかりですねえ?」
伊藤さんが突然声を上げてさらにドキッとする。ここで男に振られた女の話題はちょっときついぞ、と心の中で思う。今どんな顔して話題に乗ればいいのか分からない。
「横原くるみって人気な女優だよねえ、忙しすぎて体壊したのかな。この前ドラマ見てたんだけどなー」
伊藤さんが出した話題は女優の方でほっとした。私は手を止めて答える。
「私も見てました。すごく可愛かったですよね。伊藤さん好きなんですか?」
「そうだね、可愛いなって思うよ」
「へえ!」
「光ちゃんちょっと似てるよね」
「!? 言われたことないですけど!?」
慌てて言い返す。芸能人に似てるなんて誰も言われたことない。しかも、今自分が可愛いですねって言った女優に似てるなんて言われたら、なんて答えればいいんだ。
伊藤さんはなぜか私の反応を見て笑っている。九条さんは半分意識がないのかただテレビだけを見ていた。
「ねえ、九条さんも思いませんか? 光ちゃん似てますよね?」
まさかの九条さんに話題を振ったので困った。どうしていいのかわからずあたふたするが、こんなことで困っている自分がおかしい。なんてことない話題じゃないか。
テレビをぼんやり眺めながら、微動だにせず答えた。
「そうですかね……光さんは光さんにしか見えないです」
「えー? 絶対似てると思うんだけどなあ」
伊藤さんはブツブツ小声で呟いた。それ以上の追求はしなかったので安心する。話題は自然と途切れたのだ。
今までよくあった雑談さえ戸惑ってしまう。私が多分、意識しすぎなんだろうな。反省しなくちゃ、依頼が入ってきたら二人で行動するんだから。
「さーお昼ですね! じゃあ僕外に行ってきますね~」
正午になり、伊藤さんの声で時計を見る。私も手を止めてもうそんな時間か、と心で呟いた。
いつも外に買いに出たり食べに出たりする伊藤さんは、普段通り颯爽と事務所の外へと出て行ってしまった。あの明るい声がなくなり、一気に事務所に静けさが訪れる。私はカバンからお弁当を一つだけ取り出し、九条さんの元へ行った。
彼の前にそっとそれを置く。ずっとどこかを眺めていた九条さんはようやく視線をちらりと動かし、私が置いたお弁当を見た。
「ありがとうございます」
45
お気に入りに追加
531
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。