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待ち合わせ

見てみてよ

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 スピーカーから無機質な声が溢れた。それと同時に、真琴ちゃんの目から涙が出てくる。私はその映像が恐ろしいものというより、ただ悲しいものにしか見えず、ぐっと胸が苦しくなった。

 こんな小さな子が突然命を奪われて、何か罪悪感を感じてお母さんに会えないでいる。十五年も一人きりで隠れ、孤独を感じている。

 お母さんに会いたいはずなのに、一体何がこの子をそんなに追い詰めているのか。

 あの子を、救ってあげたいのに。

「あなたはなぜお母さんに会えないと言ったのですか。お母さんはあなたを探していますよ。きっと何も怒っていません」

 九条さんが早口で伝える。だが、スピーカーからまた声が漏れた。


『お・こ・って・る』


 切ない響きだった。私は我慢し切れず、目に涙を浮かべながら叫んだ。

「怒ってないよ! お母さんだもん、子供が一番大事なんだよ。会えたら喜んでくれるよ!」

 自分の母親の顔を思い浮かべる。いつでも私の味方だった。優しくて、ちょっとお喋りでおせっかいで、でも間違いなく私を一番大事に思ってくれていた。

 突然亡くした時に後悔したんだ。もっと親孝行すればよかった、って。色々話して、旅行行ったり、プレゼントを贈ったり、そうやればよかったんだって何度も泣いた。

 せっかく会えるお母さんが近くにいるのなら、二人を再会させてあげたい。

 私の叫び声が響き少し経つと、画面が突然真っ暗に変化した。映像が消えたのだ。泣きじゃくる自分の情けない顔と、それにしがみつく聡美の姿が映り込んだ。

 しんとした沈黙が流れる。もう水が流れる音だとか、そういった不思議な現象は収まったようだった。

 それでも、私の脳裏にはまことちゃんの顔が頭から離れない。悲しそうに言った言葉が残っている。

 お母さんごめんなさい、怒ってる……。

 一体何があったんだろうあの小さな少女に。どうしたら私たちの声が届くんだろう。事故の時、あんな悲痛な叫び声を上げていた明穂さん、折れた足を引きずりながらも探し続ける明穂さん、どうやったら……。

「な、何だったの、今の」

 聡美の震える声が隣からした。ようやく彼女が顔を上げる。それは真っ青になっていた。さすがに説明し難いことが目の前で起こり、ショックを受けているようだ。

「多分、まことちゃんが何かを」

 私がそう言った時だ。聡美の表情がピタリと止まった。その原因が、私にもわかっていた。足に何か違和感を覚える。

 ゆっくりと下を見下ろした。聡美も同時に同じように頭を垂らす。

 ソファのすぐ前に立っている私たちの足を、誰かが握っていた。小さな手だった。とても人が入り込めないであろうソファの下から、二本のその手は出ているのだ。

 白い手は、驚くほど熱かった。

 そして耳のすぐそばで、声がしたのだ。

『じゃあ  見てみてよ』

 聡美の耳をつん裂くような声が響き渡った。同時に、私はそのまま意識を飛ばした。





 背中の痛みが辛くて目を覚ました。固い床で眠っている体と瞬時に理解する。

 冷たい床だった。体温が吸い取られるような感覚に陥る。目を開けると、ぼんやりと白い天井が見える。

 電気はついていなかった。薄暗くてあまり周囲がはっきりと見えない。不思議に思い起きあがろうとした時、すぐ隣に見覚えのある子がいた。

 目を凝らしてみると、それは聡美だった。巻き髪を振り乱したまま同じように床に寝ている。私はとりあえず彼女に声をかけた。

「聡美、聡美」

「ううん」

 私の声に反応し、聡美が目を見開く。寝ぼけているようなぼやっとした眼で私を見上げると、痛そうに顔を歪めながら体を起こす。そしてすぐに体をぶるっと震わせた。

「え、さっむ、くっら……何、ここ?」

「わからない、私も今起きたところで」

「え? 一体何が」

 そう話していると、近くから何か小さな音が響いた。はっと聡美と顔を見合わせる。黙り込むと、より鮮明にそれが聞こえた。

 咳だ。子供が咳をする声なのだ。

 慌てて辺りを見渡す。二人でじっと目を凝らしてみると、あまり広くない部屋であることがわかった。どこか埃っぽい匂い、何かはわからないが物が床に乱雑に置かれている。

 そしてそんな部屋の隅に、小さな人影が揺れた。座り込んでいるのは子供だとわかる。顔はよく見えないが、誰かが座ったまま咳をしていた。

 一体なぜ子供が同じ部屋にいるのだ、いやそもそもここはどこ? わからないことだらけで、それは聡美も同様のようだった。
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