視えるのに祓えない～九条尚久の心霊調査ファイル～

待ち合わせ

ごめんなさい

「俺行ってくるわ」

　言い出したのは信也だった。すぐに九条さんも反応する。

「私も見ます」

　二人はそのままリビングを出ると、ほんの一、二分で戻ってきた。信也が不思議そうに言う。

「シャワーが勢いよく出てた。止めたけど、なんだったんだ？」

　彼がそう言い終えるより前だ。

　今度はキッチンから、水が勢いよく飛び出す音が響いてきたのだ。びくんと体が反応する。もちろんまた全員このリビングに揃っており、誰かが出した訳ではない。聡美が不愉快そうに叫んだ。

「な、何？　何か細工でもしたの！？」

　九条さんはすぐにキッチンの水を止める。静かになったその蛇口をじっと見ながら答えた。

「細工する暇なんてあったと思いますか」

「じゃあ……！」

　聡美の声に被るように、今度は突然、場違いな音楽と楽しそうな声が響いた。



『君が　大好き♪   この　場所！
　いつも　笑顔の　君が好きだよ』



　爆音だった。ついに聡美が叫び声を上げる。部屋の隅に置いてある大型テレビが突然点いたのだ。テレビリモコンは、みんなから離れたローテーブルの上にある。



『いつでも　待ってる♪
　待ち合わせ　しよう！』



　楽しそうな親子やカップルの映像が流れていた。つい最近オープンした駅前にある高層ビルのCMだ。オフィスの他に商業施設も入っており、家族やカップル、友人同士で訪れるスポットになっている。

　目立つ高層ビルなので、待ち合わせにも分かりやすくていいだとか。このCMは何度か見たことがある。

「もう、何なのよ一体！！」

　聡美が動いた。すぐに置いてあるリモコンを手に取りテレビに向ける。

「どうせ怪奇現象だとかそういうこと言うんだろうけど、私たちは騙されないんだからね！」

　怒鳴りながらボタンを押す。が、画面に変化は見られなかった。

　母親らしき女性と、小学低学年ぐらいの女の子が手を繋いで歩く後ろ姿が映っている。二人は手を繋ぎ、それを大きく振りながら楽しげに歩いている。

　普段なら微笑ましいCMもワンシーンが、ひどく不愉快に感じた。

「え？　電池ないのこのリモコン！」

　反応がないことに苛立った聡美はすぐにそれを放り投げ、テレビに近づく。背面に手を伸ばすと、思い切りコードを引っこ抜いた。耳に残るあの歌がピタリと止む。

　ところが。

「ほんっとこういうタチの悪いことは止め」

　聡美がそう顔を上げた時、彼女も画面の異常に気がついた。親子が静止している。一時停止ボタンを押したように、手を繋いでいる後ろ姿がそのまま動かないのだ。

　そして、聡美の手には抜いたコンセントが握られていた。

「………………え？」

　聡美が声を震わせる。流石に彼女も、演出でこんなことはできないと気づいたらしい。電気が通っていないテレビが、映像を映している。

　九条さんがすかさず言う。

「聡美さん離れて」

「は、はい」

　素直にコードから手を離し、彼女は私のそばに来た。その表情は混乱そのものだった。訳がわからない恐怖と、でも信じたくないという複雑なものだ。

　信也がうわずった声を上げる。

「なんなんですかあれ。何で電源抜いてるのに消えないんです？　何か不具合とか」

「さて、この状況も不具合でしょうか」

　九条さんの厳しい声がした。彼はじっとテレビ画面を見つめている。私たちもその視線の先に目をやった。

　母親と女の子の後ろ姿の静止画だが、一部変化が見られた。女の子の方だ。女の子の首だけが、徐々に徐々にこちらを振り返ってくる。短い髪は、ボサボサに乱れ少し歪んでいる。CMでていた子はあんな髪型をしていただろうか。しっかり母親の手を握りつつも、彼女の首が回転する。

　聡美の叫び声が聞こえた。顔を伏せて私にしがみつく。

　頭が180°回転された。背中にこちらをむいた首が乗っている不自然なものだ。それは見覚えのある顔だった。目元のあざに鼻の下には出血。痛々しい事故の傷。

「まことちゃん」

　私は声を漏らした。すると画面の少女は、ぱかっと口を開ける。それを見て言葉を無くした。まことちゃんの歯は前歯が欠けていた。


『お・か・あ・さ・ん・ご・め・ん・な・さ・い』