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待ち合わせ
二人きりの会話
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私はマイナスな思考の時に霊に入られやすい、と分かっている。だから普段はなるべくそういった考えはしないように心がけていたと言うのに、ついさっきは考え事をしてしまっていた。だからこんなことになったのかも。仕事中に何をやっているんだ。
でも九条さんは私を責めなかった。何も返事をせず、一つだけ頷いた。注意の一つも言わず、彼は優しいと思う。
「寒気、次には暑い……一体何を表しているのか。関連づけるものが今のとろこ見当たりませんが……」
一人でぶつぶつと考え事をする九条さんに、私は水を飲みながらおずおずと言った。
「すみません。さっきすごく汗をかいて……シャワーと着替えをしたいんですが」
「着替えはいいですが、今浴室で一人になるのはよくないのでは。倒れたり入られても気がつけませんよ」
「でも、凄い量の汗かいたんですよ。気持ち悪くてかないません」
「じゃあ私が脱衣所に待機してていいですか」
「いいわけないですよね?」
「では諦めてください」
キッパリ言われてしまった。そりゃ心配してくれてるんだとわかってるけど……九条さんや伊藤さんもいるのに、女としてこの汗だくでずっと室内にいるのは心が痛い。だってほんと、髪だって汗で張り付いてるぐらいなのに。私は項垂れた。
すると、予想外の声が上がる。
「私が見ててあげよっか」
全員の視線が聡美に集まる。彼女は少し困ったように視線を泳がせながらいう。
「脱衣所で待っててあげる。倒れたりしたらすぐ見つけられるから」
「いいの?」
「別に。汗まみれなのが可哀想だなって思ったから」
聡美はぶっきらぼうにそう返事した。九条さんをちらりとみると、やや心配そうにしていたが、まあいいですよ、と答えをくれた。
「じゃあ……お願いする」
そう小声で言うと、聡美は返事もせず先に風呂場へ向かっていってしまった。私は一度着替えを持って風呂場へ向かう。着替えを置くと、ちらりと聡美の方を見る。
彼女は隅の方に座り込み、持ってきたスマホを取り出して何かを見始めた。妹とはいえど、仲のいい姉妹ではない。子供の頃以降お風呂なんて一緒に入ってないし、ちょっと恥ずかしい。
だがそんなことを言ってられないので素早く服を脱ぐ。案の定、フルマラソンでもしてきたのか、って言いたいほど服はぐしょぐしょだ。コインランドリーに行く時間があればいいんだけど……。
とりあえずそそくさとシャワーを浴びる。特に気分が悪くなることもない。急いで終えるとすぐに出た。聡美は変わらず隅の方で座り込んでいる。
無言のまま体を拭き下着をつけたとろこで、突然聡美が声を上げた。スマホから目線を外すことはない。
「ここの霊、母親と子供が会いたがってるっていう設定なんだね?」
「設定、って……まあいいや、今のところそう考察してるよ」
「ふーん」
洋服を着ながら、もう聡美の棘のある言い方は気にしない方がいいんだと自分に言い聞かせていると、やや低い声がした。
「なんでお母さんの一周忌呼んでくれなかったの」
突然そんなことを言われて振り返った。聡美は変わらずスマホを眺めている。
「え」
「それとも何もしなかったの? まあ、親戚とか呼ぶ人もいないだろうけど」
「よ、呼んだよ」
私がそう答えると、初めて顔を上げた。目を見開いてこちらを見上げている。
「聡美の連絡先はわからなかったから直接は呼べてないけど……お父さんには連絡してある。お父さんの連絡先もわからなくなったから、申し訳ないけど会社に電話して伝えた。『葬式は出たんだからもういいだろ』って言われて……聞いてなかったの?」
聡美はそのまま視線を下ろした。その様子を見るに、父から何も聞いてなかったんだとわかる。そして、聡美は参加したかったんだ、ということも。
そう、私は母の一周忌について父に連絡を取っていた。特に参加するつもりはないと意思をきき、結局は私一人で墓参りをし、お経を上げてもらっただけで終わってしまったのだが。
私と母は、『霊を信じる頭のおかしい親娘』と父から呼ばれていた。元々少なかった親戚も疎遠になった。母方の祖父母も亡くしているし、呼ぶとすれば聡美たちしかいなかった。
聡美は少し黙り込んだ後、話題を逸らすように言う。
「てか、連絡先消したの私だけじゃなかったんだね」
「消したわけじゃ」
「スマホ壊したとか? そんなの、お母さんが使ってた携帯見ればなんとかなるじゃん。消したんでしょ?」
言おうとして口籠る。本当は、一度母の元へ行こうとしたこと。携帯も解約して、家具も家電も捨てて、誰も来ない廃ビルから飛び降りようとしたあの過去を、聡美に言うのは抵抗があった。
言い返せない私を鼻で笑う。そして立ち上がった。
「終わった? もう戻るよ」
そう言われて急いで残りの服を着ていく。脱衣所から出ようとした時、聡美が言った。
「てゆうかさっきの。顔色とか汗とか普通じゃなかったから演技だとは言わないけど、何か病気なんじゃない? 調べてもらったら」
それだけ言うと、彼女はさっさとリビングの方へと向かって行ってしまった。
でも九条さんは私を責めなかった。何も返事をせず、一つだけ頷いた。注意の一つも言わず、彼は優しいと思う。
「寒気、次には暑い……一体何を表しているのか。関連づけるものが今のとろこ見当たりませんが……」
一人でぶつぶつと考え事をする九条さんに、私は水を飲みながらおずおずと言った。
「すみません。さっきすごく汗をかいて……シャワーと着替えをしたいんですが」
「着替えはいいですが、今浴室で一人になるのはよくないのでは。倒れたり入られても気がつけませんよ」
「でも、凄い量の汗かいたんですよ。気持ち悪くてかないません」
「じゃあ私が脱衣所に待機してていいですか」
「いいわけないですよね?」
「では諦めてください」
キッパリ言われてしまった。そりゃ心配してくれてるんだとわかってるけど……九条さんや伊藤さんもいるのに、女としてこの汗だくでずっと室内にいるのは心が痛い。だってほんと、髪だって汗で張り付いてるぐらいなのに。私は項垂れた。
すると、予想外の声が上がる。
「私が見ててあげよっか」
全員の視線が聡美に集まる。彼女は少し困ったように視線を泳がせながらいう。
「脱衣所で待っててあげる。倒れたりしたらすぐ見つけられるから」
「いいの?」
「別に。汗まみれなのが可哀想だなって思ったから」
聡美はぶっきらぼうにそう返事した。九条さんをちらりとみると、やや心配そうにしていたが、まあいいですよ、と答えをくれた。
「じゃあ……お願いする」
そう小声で言うと、聡美は返事もせず先に風呂場へ向かっていってしまった。私は一度着替えを持って風呂場へ向かう。着替えを置くと、ちらりと聡美の方を見る。
彼女は隅の方に座り込み、持ってきたスマホを取り出して何かを見始めた。妹とはいえど、仲のいい姉妹ではない。子供の頃以降お風呂なんて一緒に入ってないし、ちょっと恥ずかしい。
だがそんなことを言ってられないので素早く服を脱ぐ。案の定、フルマラソンでもしてきたのか、って言いたいほど服はぐしょぐしょだ。コインランドリーに行く時間があればいいんだけど……。
とりあえずそそくさとシャワーを浴びる。特に気分が悪くなることもない。急いで終えるとすぐに出た。聡美は変わらず隅の方で座り込んでいる。
無言のまま体を拭き下着をつけたとろこで、突然聡美が声を上げた。スマホから目線を外すことはない。
「ここの霊、母親と子供が会いたがってるっていう設定なんだね?」
「設定、って……まあいいや、今のところそう考察してるよ」
「ふーん」
洋服を着ながら、もう聡美の棘のある言い方は気にしない方がいいんだと自分に言い聞かせていると、やや低い声がした。
「なんでお母さんの一周忌呼んでくれなかったの」
突然そんなことを言われて振り返った。聡美は変わらずスマホを眺めている。
「え」
「それとも何もしなかったの? まあ、親戚とか呼ぶ人もいないだろうけど」
「よ、呼んだよ」
私がそう答えると、初めて顔を上げた。目を見開いてこちらを見上げている。
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聡美はそのまま視線を下ろした。その様子を見るに、父から何も聞いてなかったんだとわかる。そして、聡美は参加したかったんだ、ということも。
そう、私は母の一周忌について父に連絡を取っていた。特に参加するつもりはないと意思をきき、結局は私一人で墓参りをし、お経を上げてもらっただけで終わってしまったのだが。
私と母は、『霊を信じる頭のおかしい親娘』と父から呼ばれていた。元々少なかった親戚も疎遠になった。母方の祖父母も亡くしているし、呼ぶとすれば聡美たちしかいなかった。
聡美は少し黙り込んだ後、話題を逸らすように言う。
「てか、連絡先消したの私だけじゃなかったんだね」
「消したわけじゃ」
「スマホ壊したとか? そんなの、お母さんが使ってた携帯見ればなんとかなるじゃん。消したんでしょ?」
言おうとして口籠る。本当は、一度母の元へ行こうとしたこと。携帯も解約して、家具も家電も捨てて、誰も来ない廃ビルから飛び降りようとしたあの過去を、聡美に言うのは抵抗があった。
言い返せない私を鼻で笑う。そして立ち上がった。
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そう言われて急いで残りの服を着ていく。脱衣所から出ようとした時、聡美が言った。
「てゆうかさっきの。顔色とか汗とか普通じゃなかったから演技だとは言わないけど、何か病気なんじゃない? 調べてもらったら」
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