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待ち合わせ

痛々しい傷

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「え?」

 低い九条さんの声に止まる。彼はじっとエレベーターの外を見つめていた。私もそっちに視線を恐る恐る移す。

 離れたところに一人の女性が立っていた。エントランス前は照明も明るく煌々としているのに、その女性はぼんやり霞んで見えた。彼女は一ミリも動かず、こちらを向いてただ立ち尽くしていた。

 黒髪が長く、腰あたりまで伸びている。遠目からでもわかるほど髪は広がり、ボサボサになっていた。ひどくうつむき、髪が顔を覆っているので表情までは見えない。涼しげな半袖のブラウスに、黒色の膝丈のスカート。片方だけヒールのないパンプスを履いており、もう片方は裸足となっている。私はその姿を見た瞬間、うっと血の気が引き口を抑えた。

 女性の足は脛の辺りから先が曲がり、変な方向へ向いていた。腕にも真っ赤な血がべっとりついていて、あらゆるところに傷がある。今出血したばかりのように見える血液がテカテカと光っている。両手をだらりと垂らした腕も、関節がありえない方向へ折れ曲がっていた。

(なんて姿……死ぬ時に何かあってああなったの?)

 長い髪、という共通点だけだが、高橋さんが見た人と同一人物かもしれない。すぐさま九条さんがエレベーターから出ようと足を踏み出した。

 が、それまでなんの反応もなかった扉が突然閉まり出したのだ。それも、物凄い速さで。慌てて今度は『開』ボタンを連打するも言うことを聞かない。九条さんは手を滑り込ませようとするが、それすら間に合わない速さだった。

「待ってください、あなたはなぜここにいるのですか」

 声を上げるも、届いたのか。私がボタンを連打する音だけが箱の中に響いている。そしてそれはゆっくりと二階に向けて上昇していくのだ。せっかく霊本人に会えたのに、接触できないなんて。すぐに降りるために二階のボタンを押してみるが、間に合わなかったのかエレベーターは無視して上がっていく。

 そこではっと足元の異常に気づく。

「く、九条さん」

 彼が視線を下ろす。

 扉に、黒髪が一束挟まっていた。

 それはウネウネと生き物のように蠢いている。何かを探すように。

 私は後退りして扉から離れる。九条さんはじっとそれを見下ろしていた。さっき見たばかりの女性を思い出す。垂れた長い黒髪、あの人のだ。

 その髪の毛たちの動きは、不気味で、けれどどこか寂しかった。私たちを威嚇しているというより、うまく説明できないが何かを求めているように感じるのだ。黒い虫が悶え苦しんでいるような、そんなふうに見える。

 エレベーターが停止した。三階に到着したらしかった。ゆっくりと扉が開くと、その瞬間黒髪は消失し、戸の向こうにも何も存在しなかった。誰もいない。

 私たちは一度ゆっくりと顔を出した。静かな廊下が存在するだけで、あの女がいるわけでもない。

「光さん、もう一度一階へ」

「はい」

 顔を引っ込めた私たちはすぐに扉を閉めて一階へと戻る。だがなんとなく、もうあの霊はいないだろうなと感じた。

「どうみえましたか先ほどの霊は」

「あ、えっと、髪の長い女の人です。顔はよく見えなかったけどそこそこ若い感じかな……傷だらけで見るに耐えれませんでした」

「傷だらけ?」

 私は頷く。

「出血もひどいし、足も変な方を向いていて。半袖から見える腕も血まみれです、痛そうで痛そうで……」

「死因が関わっているのかもしれませんね」

「痛々しかった……」

 あんな姿のまま、一体なぜ歩き回っているんだろう。九条さんと会話できればいいのだが。

 すぐに一階に戻ったエレベーターから急いで降りてみるが、やはりというかあの人はもういなかった。エントランスは嫌な感じもなく、帰宅してきたばかりなのかサラリーマン風の人が不思議そうに私たちを見ている。

 一応隅々まで観察した。でもやっぱりもういない。

 九条さんが残念そうに言った。

「声は何も聞こえませんでした……」

「そうですよね。でもなんていうか、攻撃的な感じはないですよね。悲しいオーラの方が強いような」

「それは同感ですね。はあ、振り出しですか」

 ため息をついた九条さんは、とりあえず今日収集できた情報を一度伊藤さんに報告します、と電話を取り出した。

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