上 下
260 / 448
家族の一員

その後の穏やかさ

しおりを挟む
 私は慌ててそっちに近寄ってみるが、もうその子の姿は見えなくなってしまっていた。

「消えちゃいました……! 浄霊できたんでしょうか?」

「元々未練が強くて残ってたわけではなさそうな霊ですからね。時間が経てば必ず眠れるでしょう」

 とても恐ろしい霊だった。でもそれは人間が作り上げたもの。元々はあの子に問題はなかったんだ。

 穏やかに眠って、本当の家族に会えるといいな。

 そうしんみり思っているところに、背後から声がした。九条さんと振り返ると、住職が私たちに向かって頭を垂れていた。彼は顔を涙と汗でぐっしょりにしている。

「申し訳ない……! 自分が一体なんてことをしたのか。言い訳もできん。申し訳ない……!」

「止めきれなかった私も責任があります、人形を他人へ放り投げたのも。本当に申し訳ありませんでした……!」

 二人とも涙ながらに私たちに頭を下げた。その光景もまた見ているのが辛い。彼らがしたことは酷いことだが、大事な家族を亡くしたという出来事は正常な判断を失いかねない大きな出来事だとわかるからだ。

 私は困ったように眉を下げたが、隣の九条さんはしっかりと答えた。

「まあ、あなた方へ言いたいことはもう全て言いました。結果こうして解決できたのでよかったとは思います。
 ですが二度とこんな真似はしないでください。住職」

 呼ばれた彼は俯いたまま肩を震わせる。

「あなたに出来る償いは早く元気になって今まで通り働くことです。あなたは人形についてはスペシャリストで頼りにしてる者は大勢いるんですから。人形の供養をこれからも続けてください」

 そう言って、九条さんが私を見た。

「……ということでよろしいですか光さん。今回一番大変な思いをしたのはあなたですから」

「はい」

 私は微笑んで答えた。まあ確かに大変だったけど、とりあえず無事解決したんだしこれ以上住職たちを責める気にはなれない。

 私は彼らに向き直り、先ほど拾ったエリさんの写真を住職の前にそっと置いた。

「エリさんもきっと、ご両親を見守ってると思いますよ」

 そう声を掛けると、彼らは声もなくただ涙をこぼした。

 黙っていた伊藤さんが私たちのそばに寄ってほっと息を吐いて微笑んだ。私は預かっていたお守りを彼に返し、どこか軽くなったように感じる体に満足した。












 それから私は九条さんの家から自宅に帰り、久しぶりにゆっくり羽を伸ばした。彼らの提案で仕事も三日休みをもらい、疲れた体を休ませたのだ。

 帰宅して体重を測ってみたらびっくり。三日間で四キロも痩せていた。食事はそれなりに取っていたはずだというのに、まさかこんなに落ちているなんて。思えば住職もげっそり痩せてたなあ、なんて思い出す。

 頂いた休暇で美味しいものを食べ、たっぷり眠った。気晴らしに買い物もして楽しむと体重はすぐに元に戻った。よかったけど残念でもある。女心は複雑だ。

 ちなみに電話で麗香さんにことのあらましを説明すると、よかったわね、と言いつつどこか拍子抜けしてるような言い方だった。気になって詳しく話を聞いてみると、どうやら北海道の除霊を必死にこなして早めに帰ってくるよう無理していたらしく、頑張って損した、と膨れていたのだ。

 私のためにそう努力してくれていたことを知らなかったので素直に嬉しかった。それを告げると、『別にあんたのためじゃなくてその人形が見たかっただけなんだから』ってツンデレのお手本みたいな発言をされて笑った。





 


 久しぶりに事務所に出勤し、私は清々しい気持ちでその扉を開けた。休暇を終え、体調もバッチリ元に戻っている。HPマックスで出勤する。

 まだ早朝だ、それでも伊藤さんは既に来ていた。一番乗りだと思い込んでいた私は驚きで目を丸くする。彼は座って何やらパソコンを打ち込んでいた。私を見てほっとしたように微笑む。

「おはよう!」

「おはようございます伊藤さん、早いですね。おやすみありがとうございました!」

「いやいや、当然だよ。今回は光ちゃんほんと災難だったからね~」

「伊藤さんだって九条さんだって、寝ずに色々調べたりしてくれたので……本当に感謝しています」

 私はしっかり頭を下げてお礼を言った。二人とも私のために必死に動いてくれて無事あそこまで辿り着けたのだ。それがなかったからと思うとゾッとする。

 伊藤さんは笑って首を振った。

「全然だよ、気にしないで。それよりやっと光ちゃんの顔に元気が戻ってきてて安心したよ」

「え。私そんな酷い顔してました?」

「げっそりって感じだったね」

「実は帰宅して体重測ったら四キロ痩せてて……」

「ええ! あの短期間でそればやばいよ」

「でももうすっかり戻っちゃいました。このおやすみの間めちゃくちゃ食べたんで」

 私は笑いながらコートを脱いで掛ける。二人でたわいない話を交わしていると、伊藤さんがふと思い出したように言った。

「そういえば住職ね。入院の原因もやっぱりあの人形だったみたいでね。あれ以降順調に回復してるみたいだよ。退院もそう遠くないみたい」

「あ、そうだったんですか!」

 病室にいた彼はガリガリに痩せて正気を失っていた。多分人形に魅入られていたせいなのだ。もう解決してしまった今、彼は元の状態に戻っていくのだろう。

 そうなれば再び住職として働き出すのかな。力はやっぱり凄い人らしいし、九条さんが言うように世のために頑張ってほしいと思う。

 伊藤さんも同じように考えていたらしく、私の心を読み取るようにして言う。

「まあ今回はダメなことしちゃったけど、元気になったらまた困ってる人のために働いてほしいね」

「はい、私もそう思ってました」

「けど結果がよかったからこう言えるんだけどさ。こっちは完全にとばっちりだしね。家にすら帰れなくて大変だったよねえ」

 言われて苦笑する。そうそう、九条さんの家に居候して、お風呂にぶち込まれて冷水掛けられて。目が覚めたら隣に人形いたり、散々だった。

 私は朝の掃除をするために布巾をキッチンで軽く濡らしてテーブルを拭く。いつ来客があるか分からないので、一応事務所の清潔は保っておかねば。手を動かしながら話す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。