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家族の一員

笑み

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 私は今一度動画を少し戻してみる。さっき住職が話していたシーンになった。

『声をし……聞き、物で、なく一人の人……として扱ってあげ、です。彼らを尊、す、ことが……大事な、です』

「あれ?」

 さっきはちゃんと聞こえたはずなのに。この安いイヤホンがいけないのかな。

 それでもなんとなくイヤホンを外す気にならなかった私は、再度動画を戻してみた。住職がこちらをしっかり見て話をしている。

『声をし……聞き、物で、な、……一緒に……として扱ってあげ、です。彼ら……遊ぼ……ことが、大事な、です』

「え?」

 自分の口から声が漏れる。聞いていた音声から、全く別の声が耳に届いた気がした。穏やかな住職の声とは全く違う、高くて舌足らずな……

 そう気がついた時、私は慌てて動画を止めようとした。ところが、停止ボタンを押してもまるで止まってくれない。それどころか、なぜか動画が勝手に早戻しされている。再度またあのシーンに戻ってきている。

『声をし……聞き、……一緒に……として……あたしと……あげ、です。彼ら……遊ぼ……事な、です』

 もはや住職の声はほとんど聞こえていないようなものだった。目が離せない画面の中の彼は、なんだか生気のない人形のように見えてくる。うつろな目に無理矢理吊り上げられた口角。こんな顔してたっけ、住職って?

 スマホをいくら強い力でタッチしても電源を落とそうとしてもいうことを聞いてくれなかった。私はついにそれを放り投げ、同時に耳についていたイヤホンも一緒になって吹き飛んだ。耳にあった圧迫感が無くなり解放感を感じる。


「一緒にあたしと遊ぼうよ」


 耳に生ぬるい吐息を感じた。



 喉から悲鳴を上げて全身を跳ねさせた瞬間、そのままソファから落ちて尻餅をついた。その時目の前にあったテーブルに足を派手にぶつけてしまい、その拍子に置いてあった人形がゆらりと倒れる。その時の音が、まるで人間が頭をぶつけたような大きな鈍い音に聞こえて私は震え上がった。

 慌てて起き上がった時、心配そうな声が頭上から降ってくる。

「大丈夫光ちゃん?」

 その声をきいただけで全身が安心感で包まれるのを自覚した。顔を上げると、心配そうに私を覗き込んでいる伊藤さんがいた。

 さらにその隣には九条さんが立っている。

「すごい音したね、落ちたの?」

「は、はい……何か動画見てたら、変な声が聞こえてきて!」

 私は必死になって今あったことを説明した。振り返ると、画面が真っ暗になっているスマホがソファの隅に落ちている。腕を組んで考え込んだ九条さんがいう。

「声、ですか……私はまるで聞こえなかったのですが」

「やっぱり私と相当相性がいいんでしょうか。遊ぼう、って……相手は子供ですし、遊んでほしいのかな」

 私はボソボソと一人で話す。今更テーブルにぶつけた足が痛み出してそこをさすった。ちらりと見てみると、ほんのわずかにだが出血している。それに気がついた伊藤さんが声を上げる。

「あれ、ぶつけた?」

「あ、大丈夫ですちょっとだけだから」

「いやいや、女の子なんだから! ちょっとそこ座って」

 慌てた様子の伊藤さんにそう強く言われ、私は素直にソファに腰掛ける。テーブルの上には倒れたままの人形がうつ伏せになっていた。

 伊藤さんが何やらどこかへ去ったあと、九条さんが私の隣に座り込む。ソファが少し沈んだ。私は隣の彼にいう。

「すみません、何か大事に」

「いえ。それにしても遊ぼう、ですか。何をして遊びたいんでしょうね。私子供相手はサッパリで」

「普通の子供じゃないですから……おままごととかじゃないだろうし。霊に言われると一気に嫌な響きですね」

 私は右足の膝を覗き込みながら言う。テーブルの足に思い切りぶつけた膝は擦りむいたようで皮膚が捲れていた。地味な痛みをジンジンと感じる。やだなあ、派手にぶつけちゃった。

 私に倣うように九条さんも下を覗き込む。なんとなく恥ずかしくなって手で隠した。

「痛みますか」

「す、少しだけ」

「困ったものですね。あなたに怪我をおわせてしまうとは」

 そう言った九条さんはすっとテーブルに向かって手を伸ばした。そしてうつ伏せに倒れたままの人形をそっと取ったのだ。私は無言で隣を見つめる。

 九条さんは優しい手つきで人形を持つと、それを正面から眺めた。品定めするような目つきで、じいっと見つめている。

 倒れたためかやや乱れてしまった黒髪を、彼はそっと撫でて直した。艶のある髪がわずかに揺れる。何となくその光景が気になり、私は無言でそれを見つめていた。

「お待たせー!」

 リビングにそんな声が響き渡る。視線を戻すと、伊藤さんが救急箱らしきものを持って歩み寄ってきた。私は笑顔で受け取ろうと手を差し出す。

「すみません、ありがとうございます」

 が、伊藤さんは私に渡すことなく、ひょいっと箱を遠ざけた。不思議に思い見上げてみると、彼は笑顔で言う。

「手当してあげるよ」

「 !? い、いいです自分でできます!」

「そんな遠慮しないで~」

「は、恥ずかしいんでいいですって!」

 私があたふたと慌てているのに、伊藤さんは譲らず目の前にしゃがみ込んだ。機嫌よく救急セットを開いて中を漁り始める。

 困った視線で隣を見てみると、九条さんが未だに人形の髪を直そうと撫でていた。


……あれ?


 周りの光景に、一気に違和感を覚える。

 私はゆっくりと視線を動かした。

 救急箱を漁る伊藤さん。待って、この救急箱どうしたの? ゴミ箱も包丁すらもない九条さんの家に救急箱? よくて絆創膏程度では?

 気遣いがすごい伊藤さん、私が嫌がってるのに無理矢理手当てするかな。足にできた擦り傷を??

 そして九条さん、一体いつまで人形を撫でているの? それはそれは大事そうに、愛おしそうに……

「光ちゃん?」

 下から声が聞こえて見下ろす。よく知っている可愛らしい顔が心配そうに私を見上げている。しっとりと自分の額に汗がでる。

「い、伊藤さん」

「なに?」

「九条さん」

「はい」

「これは、夢ですか?」

 そう私が声に出した瞬間、二人の動きが同時にピタリと止まった。静止画のように全く動かなくなる。

 音のない時間が流れる。交互に伊藤さんと九条さんを見つめると、ゆっくりと彼らが首を動かし私を見た。揺れない瞳が私を捉える。

 二人は満面の笑みだった。


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