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聞こえない声
そばに置いておく
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手元にある本を必死に投げながら這いつくばって部屋の出口を目指そうと動く。せめて外にさえ出れば、人が通るかもしれない!
そんな淡い期待はすぐに砕かれる。両足を縛られた私が菊池さんから逃げれるわけもなく、腕を思い切り引っ張られ仰向けにさせられた。背中に冷たい床の温度を感じる。見上げると、目に色を無くした菊池さんの顔が目に入り心底ゾッとする。
彼は私に馬乗りになると、先ほど私の手を縛っていた細い紐を手にする。必死にそこから抜け出そうと暴れるも、これが男女の力の差なのかまるでびくともしない。
私を見下げながら菊池さんは冷たい声を出す。
「本当馬鹿だね、後悔しても遅いよ」
そう言うと私の首にロープを巻きつけた。危機感が最上級にまで達し、彼の頬を爪で傷付けながら暴れるが手を休めることはなかった。首にロープの感触を感じる。
まだ力を入れられていない状態だが、それでも首回りにロープが巻きついたことで一気に圧迫感を感じた。死への恐怖が私を襲う。
「や、めて……お願い……」
無意味と分かっている許しを乞う。菊池さんがゆっくり顔を寄せ囁いた。彼の低い声が耳に届く。
「言ったよね、僕黒島さん一目惚れだったんだ」
「…………」
「顔好きなんだよね。だから安心して。
顔だけはそばに置いておいてあげる」
顔 だけは そばに 置いておく??
「……まさかあなた、私以外にもこんな」
真意を聞こうとした瞬間、息苦しさで声は消された。
力の込められた細いロープは私の首に食い込んでいく。嬉しそうに笑う菊池さんの顔だけを見ながら私は必死になんとかしようと指先でロープを触るも、ただ爪で自分の首を傷つけただけだった。苦しさで目の前がチカチカと点滅する。
ああ、死ぬんだ。そう思った。
冬には自分で死のうとしたくせに、今はそれが恐ろしくてたまらなかった。死にたくないと叫びたい。きっとそれは皮肉にも、ここ最近自分はそれなりに幸せだったからだ。
友達だってほとんどいないし家族もいないけど、それでもやりがいのある仕事に素敵な仲間、それと温めている恋心。それはやはり私の人生の幸せだった。
大切な人たちの顔が頭に浮かぶ。声にならない声で、助けを求める。菊池さんの顔はもうぼんやりとぼやけて見えなくなっていた。手足が痺れてくる。
助けて、まだ
死にたくない。
突如、ほとんど消えかかっていた自分の意識が戻る。同時に首の圧迫感は解放され、勢いよく酸素が肺に流れ込んだ。
目の前でにこやかにしていた菊池さんが吹っ飛んだのが見える。そして菊池さんの背後から足を蹴り上げた九条さんの顔が突然目に入った。咳き込みながら呆然とそれを見ている。
九条さん? なんでここに? 本物??
混乱しながらとにかく酸素を全身に行き渡らせるように呼吸だけを繰り返した。起き上がる気力もなく、目だけで床に転がり込んだ菊池さんをみる。
九条さんは見たことのない怒りの表情で菊池さんを無理矢理起こしそのまま思い切り顔を殴った。人が人を殴るなんて現場を初めて見た。ドラマで見るよりずっと痛そうな音が部屋に響く。本などでぐちゃぐちゃになった床に菊池さんは再び倒れ込んだ。
「光さん!」
珍しく切羽詰まった声の九条さんが私に駆け寄る。すぐに抱きかかえてくれた。なんだか全身に力が入らない私はそのまま身を任せている。
「わかりますか光さん? しっかり!」
「は、い。大丈夫、です」
かろうじて声はでた。大丈夫、意識もあるし、力は入らないけど多少は手足も動く。
「なんとか、生きてます」
私の返事をきいた九条さんははあとため息をつく。
「間に合ってよかった……」
背中を支えてくれる彼の腕に力が入った気がする。私は聞きたいことが多すぎて何から聞けばいいのか迷っていると、視界にもぞもぞと動く姿が目に入った。
立ち上がった菊池さんだった。彼は鬼の形相で九条さんの背後から彼の首に腕を回す。九条さんの首が彼にとらわれる。
「! くじょ」
彼の危機に声を上げた瞬間だった、菊池さんはなぜか再び吹っ飛んだ。九条さんは慌てる様子もなく、チラリとだけ背後をみる。
痛そうに手をさする伊藤さんがいた。
「あ、伊藤さん……!?」
彼は私の呼びかけに少しだけ微笑んで見せた。ホッとしたような、それでいてどこか寂しそうな顔にも見えた。
けれど彼は何も言うことなく、すぐに菊池さんに向き直る。床に倒れ込んだ菊池さんは未だ諦めず、顔を真っ赤にさせながら立ち上がる。伊藤さんは顔を引き締めた。
そんな淡い期待はすぐに砕かれる。両足を縛られた私が菊池さんから逃げれるわけもなく、腕を思い切り引っ張られ仰向けにさせられた。背中に冷たい床の温度を感じる。見上げると、目に色を無くした菊池さんの顔が目に入り心底ゾッとする。
彼は私に馬乗りになると、先ほど私の手を縛っていた細い紐を手にする。必死にそこから抜け出そうと暴れるも、これが男女の力の差なのかまるでびくともしない。
私を見下げながら菊池さんは冷たい声を出す。
「本当馬鹿だね、後悔しても遅いよ」
そう言うと私の首にロープを巻きつけた。危機感が最上級にまで達し、彼の頬を爪で傷付けながら暴れるが手を休めることはなかった。首にロープの感触を感じる。
まだ力を入れられていない状態だが、それでも首回りにロープが巻きついたことで一気に圧迫感を感じた。死への恐怖が私を襲う。
「や、めて……お願い……」
無意味と分かっている許しを乞う。菊池さんがゆっくり顔を寄せ囁いた。彼の低い声が耳に届く。
「言ったよね、僕黒島さん一目惚れだったんだ」
「…………」
「顔好きなんだよね。だから安心して。
顔だけはそばに置いておいてあげる」
顔 だけは そばに 置いておく??
「……まさかあなた、私以外にもこんな」
真意を聞こうとした瞬間、息苦しさで声は消された。
力の込められた細いロープは私の首に食い込んでいく。嬉しそうに笑う菊池さんの顔だけを見ながら私は必死になんとかしようと指先でロープを触るも、ただ爪で自分の首を傷つけただけだった。苦しさで目の前がチカチカと点滅する。
ああ、死ぬんだ。そう思った。
冬には自分で死のうとしたくせに、今はそれが恐ろしくてたまらなかった。死にたくないと叫びたい。きっとそれは皮肉にも、ここ最近自分はそれなりに幸せだったからだ。
友達だってほとんどいないし家族もいないけど、それでもやりがいのある仕事に素敵な仲間、それと温めている恋心。それはやはり私の人生の幸せだった。
大切な人たちの顔が頭に浮かぶ。声にならない声で、助けを求める。菊池さんの顔はもうぼんやりとぼやけて見えなくなっていた。手足が痺れてくる。
助けて、まだ
死にたくない。
突如、ほとんど消えかかっていた自分の意識が戻る。同時に首の圧迫感は解放され、勢いよく酸素が肺に流れ込んだ。
目の前でにこやかにしていた菊池さんが吹っ飛んだのが見える。そして菊池さんの背後から足を蹴り上げた九条さんの顔が突然目に入った。咳き込みながら呆然とそれを見ている。
九条さん? なんでここに? 本物??
混乱しながらとにかく酸素を全身に行き渡らせるように呼吸だけを繰り返した。起き上がる気力もなく、目だけで床に転がり込んだ菊池さんをみる。
九条さんは見たことのない怒りの表情で菊池さんを無理矢理起こしそのまま思い切り顔を殴った。人が人を殴るなんて現場を初めて見た。ドラマで見るよりずっと痛そうな音が部屋に響く。本などでぐちゃぐちゃになった床に菊池さんは再び倒れ込んだ。
「光さん!」
珍しく切羽詰まった声の九条さんが私に駆け寄る。すぐに抱きかかえてくれた。なんだか全身に力が入らない私はそのまま身を任せている。
「わかりますか光さん? しっかり!」
「は、い。大丈夫、です」
かろうじて声はでた。大丈夫、意識もあるし、力は入らないけど多少は手足も動く。
「なんとか、生きてます」
私の返事をきいた九条さんははあとため息をつく。
「間に合ってよかった……」
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彼は私の呼びかけに少しだけ微笑んで見せた。ホッとしたような、それでいてどこか寂しそうな顔にも見えた。
けれど彼は何も言うことなく、すぐに菊池さんに向き直る。床に倒れ込んだ菊池さんは未だ諦めず、顔を真っ赤にさせながら立ち上がる。伊藤さんは顔を引き締めた。
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