上 下
211 / 448
聞こえない声

そばに置いておく

しおりを挟む
 手元にある本を必死に投げながら這いつくばって部屋の出口を目指そうと動く。せめて外にさえ出れば、人が通るかもしれない!

 そんな淡い期待はすぐに砕かれる。両足を縛られた私が菊池さんから逃げれるわけもなく、腕を思い切り引っ張られ仰向けにさせられた。背中に冷たい床の温度を感じる。見上げると、目に色を無くした菊池さんの顔が目に入り心底ゾッとする。

 彼は私に馬乗りになると、先ほど私の手を縛っていた細い紐を手にする。必死にそこから抜け出そうと暴れるも、これが男女の力の差なのかまるでびくともしない。

 私を見下げながら菊池さんは冷たい声を出す。

「本当馬鹿だね、後悔しても遅いよ」

 そう言うと私の首にロープを巻きつけた。危機感が最上級にまで達し、彼の頬を爪で傷付けながら暴れるが手を休めることはなかった。首にロープの感触を感じる。

 まだ力を入れられていない状態だが、それでも首回りにロープが巻きついたことで一気に圧迫感を感じた。死への恐怖が私を襲う。

「や、めて……お願い……」

 無意味と分かっている許しを乞う。菊池さんがゆっくり顔を寄せ囁いた。彼の低い声が耳に届く。

「言ったよね、僕黒島さん一目惚れだったんだ」

「…………」

「顔好きなんだよね。だから安心して。
 顔だけはそばに置いておいてあげる」


 顔 だけは そばに 置いておく??



「……まさかあなた、私以外にもこんな」

 真意を聞こうとした瞬間、息苦しさで声は消された。

 力の込められた細いロープは私の首に食い込んでいく。嬉しそうに笑う菊池さんの顔だけを見ながら私は必死になんとかしようと指先でロープを触るも、ただ爪で自分の首を傷つけただけだった。苦しさで目の前がチカチカと点滅する。

 ああ、死ぬんだ。そう思った。

 冬には自分で死のうとしたくせに、今はそれが恐ろしくてたまらなかった。死にたくないと叫びたい。きっとそれは皮肉にも、ここ最近自分はそれなりに幸せだったからだ。

 友達だってほとんどいないし家族もいないけど、それでもやりがいのある仕事に素敵な仲間、それと温めている恋心。それはやはり私の人生の幸せだった。

 大切な人たちの顔が頭に浮かぶ。声にならない声で、助けを求める。菊池さんの顔はもうぼんやりとぼやけて見えなくなっていた。手足が痺れてくる。

 助けて、まだ

 死にたくない。




 突如、ほとんど消えかかっていた自分の意識が戻る。同時に首の圧迫感は解放され、勢いよく酸素が肺に流れ込んだ。

 目の前でにこやかにしていた菊池さんが吹っ飛んだのが見える。そして菊池さんの背後から足を蹴り上げた九条さんの顔が突然目に入った。咳き込みながら呆然とそれを見ている。

 九条さん? なんでここに? 本物??

 混乱しながらとにかく酸素を全身に行き渡らせるように呼吸だけを繰り返した。起き上がる気力もなく、目だけで床に転がり込んだ菊池さんをみる。

 九条さんは見たことのない怒りの表情で菊池さんを無理矢理起こしそのまま思い切り顔を殴った。人が人を殴るなんて現場を初めて見た。ドラマで見るよりずっと痛そうな音が部屋に響く。本などでぐちゃぐちゃになった床に菊池さんは再び倒れ込んだ。

「光さん!」

 珍しく切羽詰まった声の九条さんが私に駆け寄る。すぐに抱きかかえてくれた。なんだか全身に力が入らない私はそのまま身を任せている。

「わかりますか光さん? しっかり!」

「は、い。大丈夫、です」

 かろうじて声はでた。大丈夫、意識もあるし、力は入らないけど多少は手足も動く。

「なんとか、生きてます」

 私の返事をきいた九条さんははあとため息をつく。

「間に合ってよかった……」

 背中を支えてくれる彼の腕に力が入った気がする。私は聞きたいことが多すぎて何から聞けばいいのか迷っていると、視界にもぞもぞと動く姿が目に入った。

 立ち上がった菊池さんだった。彼は鬼の形相で九条さんの背後から彼の首に腕を回す。九条さんの首が彼にとらわれる。

「! くじょ」

 彼の危機に声を上げた瞬間だった、菊池さんはなぜか再び吹っ飛んだ。九条さんは慌てる様子もなく、チラリとだけ背後をみる。

 痛そうに手をさする伊藤さんがいた。

 「あ、伊藤さん……!?」

 彼は私の呼びかけに少しだけ微笑んで見せた。ホッとしたような、それでいてどこか寂しそうな顔にも見えた。

 けれど彼は何も言うことなく、すぐに菊池さんに向き直る。床に倒れ込んだ菊池さんは未だ諦めず、顔を真っ赤にさせながら立ち上がる。伊藤さんは顔を引き締めた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説家になるための戦略ノート

坂崎文明
エッセイ・ノンフィクション
小説家になるための戦略ノートです。『弱者のランチェスター戦略』を中心にして、小説を読んでもらうための『ウェブ戦略』なども交えて書いていきます。具体的な実践記録や、創作のノウハウ、人生戦略なども書いていきたいと思います。最近では、本を売るためのアマゾンキャンペーン戦略のお話、小説新人賞への応募、人気作品のネタ元考察もやってます。面白い小説を書く方法、「小説家になろう」のランキング上位にいく方法、新人賞で大賞を取る方法を考えることがこのエッセイの使命なんでしょうね。 小説家になろうに連載されてた物に『あとがき』がついたものです。 https://ncode.syosetu.com/n4163bx/ 誤字脱字修正目的の転載というか、周りが小説家デビューしていくのに、未だにデビューできてない自分への反省を込めて読み直してみようかと思います。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。