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聞こえない声
持ち帰り
しおりを挟むインターホンが鳴り響き、私はカバンを手に持った。そしてそのまま玄関にたどり着く。
しっかりしまっている鍵をあけてドアを開いた。白い服が目にみえ、ポケットに手を入れた状態で立っている九条さんの姿がある。彼はいつも通り無表情で挨拶をしようとした。
「おはようござ」
と、珍しく止まる。じっとそのまま私の顔を見つめたあと、少しだけ眉をひそめて言った。
「光さん、昨日より顔がどっと疲れていませんか?」
私は自分でも覇気がないと思っている顔で彼を見上げた。
「九条さんに気づかれるなら相当でしょうね」
「私もそう思います、何かあったんですか?」
「そうですね、何かあったというかめちゃくちゃなことがありました」
「というと?」
少し私を覗き込むようにして尋ねてくる。私は一つため息をつくと結論から言った。
「首なしについてこられました」
「なんですって?」
目を見開いて九条さんが驚く。説明しようとしたとき、隣の部屋の住民らしき人が九条さんの背後を通ったのに気がつく。こんなところで首なしの話もなあ。
「……とりあえず事務所に」
「いいえ、この部屋に出たというなら私にも一度見させてください。失礼します」
九条さんはそういうと返事も聞かず中に入り込み、玄関のドアを閉めた。まあ、そりゃそうなるか。部屋を片付けたので、昨日よりはいくぶんか冷静に九条さんを招き入れた。
「どうぞ」
九条さんはじっと廊下を観察する。そして靴を脱いで上がると、ゆっくりとした足取りで進んでいく。私はそれを眺めながら一足先に部屋へと入った。
鋭い目で辺りを見渡しながら歩む九条さんは、考えるようにして言った。
「まあ、思えば菊池さんも無関係な霊にどこかで懐かれてしまったパターンらしいですからね。菊池さんからもっと波長の合いそうなあなたに移っても不思議ではない」
「勘弁してくださいよ」
「しかし家に連れて帰ってくるとは予想外でしたね」
九条さんが部屋に足を踏み入れる。もうとっくに見られているとはいえ、やはりどこか気まずい。まあ今日は下着干してないしいっか。
ぐるりと部屋を見渡す。九条さんは一つ息を吐くと、腕を組んで言う。
「今は特に嫌なものは感じませんね」
「すっと消えてから、そのあとは音沙汰なくて」
「菊池さんのように足音を聞いてわかったのですか?」
「いいえ。入られまして」
彼は少し哀れむように私を眺めた。とりあえず立ち話もなんなので私は座り込む。九条さんも釣られて私の正面に座った。今更ながら、自分の部屋に九条さんがいるという違和感よ。
私は少しずつ昨日あった出来事を話す。
「昨日寝てたときです。突然両足を誰かに引っ張られて。こう、感覚は分かるんですけど痛みとかは何も感じないし動くこともできなくて。されるがまま引きずられてたどり着いたのは浴室です」
「……嫌な予感しかしませんね。まさか」
「そこでギザギザしたノコギリみたいなのを首に当てられて、こう、ギコギコと」
彼ははあーとため息をついて片手で顔を覆った。さすがの九条さんも、この体験は不憫だなと思ってくれたらしい。
「……無事に戻って来れて何よりです」
「はい、最悪の目覚めでした」
「犯人の顔は」
「そういういい情報はさっぱり。多分、殺された後に切断されたから、視界もないんです。そこで目が覚めたら、ベッドの足元の方に立ってる首なしがいて……」
「何かアクションはありましたか」
「何もです。ただじっと立ってるだけできえました」
「なんと言いますか、自分の家でそれを体験するのはあまりに不憫ですね」
「そう! それですよ!」
私はわっと両手で顔を覆う。
「自分の部屋という一番安心できる場所でまさかですよ! こんなの反則です!」
「霊を持ち帰るなんて初めてですからね。というか、今までは基本解決してないのに家に戻ることが少なかったからですが」
「まあ、それは置いておきます。それより九条さん、昨日入られた結果、私はあの首なしの思いが少し分かります」
九条さんが私を見た。私はしっかり彼の顔を見つめ直しキッパリという。
「多分、あの人は犯人に復讐したいとかじゃないんです。この世にとどまってる理由は、ただ大事な人と離れ離れにさせられた悲しみからです」
「大事な人?」
「詳しくはわかりません。でも首を切られる瞬間ずっと思ってたんです。大事な人に会いたいって。お別れも言えずにこんな終わりはあんまりだって悲しかったんです」
九条さんは黙って私の話を聞いている。そのまま続けた。
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