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聞こえない声

真夜中

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「……まさかこんな形で九条さんを家に呼ぶなんて思ってなかったよ」

 ヘナヘナと力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。

 片付ける暇も誤魔化す暇もなかった。こんなことなら、忙しくてもちゃんとピカピカにしておくんだった。

「って、いまさら。フラれたくせに」

 一人で低い声で呟いた。そう、色々あってなんだか忘れてたけど、『別に他の男と付き合っても構わない』なんて完全に興味ありません宣言をされたのだ。分かってたことだけど、やっぱり落ち込んでしまう。

 諦めるべき相手だ。散らかった部屋見られてもいいじゃないか、もうただの同僚になるんだから。

 深いため息をついて立ち上がる。とりあえず久しぶりにゆっくりできそうだし、冷凍しておいた肉でも使って夕飯の準備でもしようか。

 キッチンに立とうとしたところ、近くにおいた鞄の中から音が聞こえた。着信だと気づいて急いでそれを取り出す。伊藤さんか九条さんだろうと画面を見てみると、菊池さんだった。

 少しだけ迷ったが、私は通話ボタンを押して電話に出る。

「もしもし」

『あ! 黒島さんですか?』

 どこか焦ったような声だった。背後はガヤガヤと雑音が混じっている、外にいるのだろうと安易に想像がついた。

「はい、そうです」

『あの! 大丈夫ですか? 事情はききました、僕のせいですみません……!』

 彼が勢いよく頭を下げる様子が目に浮かぶように、申し訳なさそうな謝罪が聞こえてくる。私は笑って答えた。

「菊池さんが謝ることじゃないですから」

『いえ。女に付けられていたのを知ってたのに、外で黒島さんに告白をしたのは軽率でした。そこまで考えが及ばず……本当に僕のせいです。すみませんでした』

 暗い声で聞こえる謝罪にこちらも恐縮してしまう。だって、菊池さんだって被害者なわけであって、彼が責任を感じるのはおかしいのに。

「本当に。本当に気にしてませんから、そんな謝らないでください!」

『あの女の人には見覚えがないので、正体を突き止めるのに中々協力できないのがつらいんですが……あの、何かできることあったら言ってください! パシリでもなんでもしますからね!』

 鼻息荒くして言ってくる菊池さんに、ついぷっと吹き出してしまった。パシリって。この人ってなんか憎めない感じがあるよなあ。

「ありがとうございます」

『今おうちですか? 危険ですから一人で家とか出ない方がいいですよ!』

「は、はい……伊藤さんや九条さんに散々釘を刺されたので大丈夫です。大人しくしておきます」

『それならよかった。困ったことあればなんでも言ってください。いつでも駆けつけ……あ、すみません! 下心で言ってるわけじゃ! あ、ちょっとはあるのかな? でもほんと、役に立ちたいって気持ちがほとんどですから!』

 混乱してるように言ってくる菊池さんに、ついに声をあげて笑ってしまった。この人って意外と天然なんだろうか? しばらく笑った後、目に浮かんだ涙を拭きながら言った。

「ありがとうございます。何かあれば相談しますね」

『はい。そうしてください。本当に今回はすみませんでした……』

「もういいですよ。それより菊池さんもストーカー女に何かされないとも限らないので気をつけてくださいね」

『ありがとうございます』

 いくらか会話を重ねた後、私たちは電話を切った。誰かと笑いながら電話をしたなんていつぶりだろう。九条さんはモーニングコールか用がある時ぐらいしかしてないもんな。

 ううん、菊池さんに告白の返事……九条さんには完全脈なしって示されたし。困ったな、まだ全然考えてないや。とりあえずストーカー事件が解決してからでいいかな。

 まずは目先の事件を考えることにして、私は再び夕飯を作るために立ち上がった。とりあえず護身用に凶器になりそうなものを机の上に出し、料理をするためにキッチンに立った。







 私は眠りについていた。時刻はどれくらいなのだろう、体感的には真夜中という感じだ。辺りは真っ暗、時々外から車の走る音が聞こえるぐらいで、静まり返った夜だった。

 すやすやと死んだように眠り、疲れた体はぐったりベッドに預けていた。

 自分以外誰もいない部屋はようやく片付けてスッキリしていた。ベッドの近くに置いてあるローテーブルには、護身用のためにカッターナイフやアイロン、ハサミといった武器がいくつか並べてある。

 夢すら見ることなく熟睡していた私だが、ある瞬間眠りながらふと冷静に考え事をしている自分がいた。

 それは不思議な感覚だった。間違いなく眠っている。なのに脳は起きている。目は閉じたままなのに聴力だけはちゃんと活動しており、かすかに聞こえるエアコンの稼働音を聞き取っている。

 暑い夏の夜は薄いタオルケットで眠っていた。腹部だけかかっており、両手両足は投げ出すようにして寝ている。仰向けに寝ている自分は枕にしっかり頭を乗せて目を閉じていた。

 すると次の瞬間、自分にかかっているタオルケットがゆっくりと引っ張られるのを感じた。誰かがそうっと引っ張っているような動きだった。それに気付いているのに私はそのまま睡眠を続けている。
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