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聞こえない声

恋愛は難しい

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「お帰りなさい遅かったですね」

「た、ただいま戻りました」

 帰る頃には日が落ちていた。私たちがアパートに帰ると、九条さんは部屋でモニターを見ていた。菊池さんが持っていたビニール袋を渡してくれる。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 大して重くもない袋を持ちますと言って持ってくれた彼にお礼を言うと、九条さんの隣にそれを置いた。

「えーと、何か映っていましたか」

「やはりこの部屋内は何も。廊下を撮影するには置き場がありませんからね……今回は撮影機材は役に立たなそうです。まあ素直に我々の前に現れてくれるので元々あまり必要ありませんでしたが」

「そうですか……」

「ということで、また出現するまで待機という形になりそうです。菊池さん廊下にまた滞在しますので、あなたはご自由に」

「あ、はい分かりました」

 菊池さんは何事もなかったように返事をする。さっきあんな会話をしたばかりなのに、全然普通の態度だ。私ばかり意識して恥ずかしい。

 いや、今は仕事中なのだ。私情を持ち込んではいけない。私はぐっと気合を入れて気持ちを切り替えた。

 九条さんと二人廊下にでた。また菊池さんが座布団やブランケットなどを手渡してくれるのを受け取り、扉を閉めると二人で床に座り込んだ。

 これで今日、首無しと会話ができないと再確認できれば調査は終了だ。これだけ何も分からない調査なんて初めてでちょっとモヤモヤするけれど仕方がないな。

「九条さん、どうぞ」

「ありがとうございます」

 袋から水とポッキーを取り出して彼に手渡す。早速封を開けて食べ始める彼の隣で、私はサンドイッチを開いた。多分時刻的には首無しが出るのはまだまだだよなあ。先は長いな。

「おにぎりとかスープとかもありますよ」

「後で頂きます」

「普通ポッキーは食後じゃないですか……」

「まずはこれで精神を落ち着けないと」

「ポッキーは何かヤバい粉でも入ってるんです?」

 私は少し笑ってそう言う。持ったサンドイッチを齧り、レタスのシャキッという音が少し響いた。ゆっくりそれを咀嚼していると、隣に座る九条さんが水を飲みながら言う。

「さて、おそらくですが会話は絶望的だと思うので、これが今回の仕事納めかもしれません」

「ですねえ。今日も大福くるかな……」

「そんなに可愛いんですか」

「この仕事を始めて唯一癒されてます」

「まあ犬の霊なら無害でしょうしね」

「今日の昼間あんなえげつない場所にも行ったから尚更です」

 思い出してはげんなりする。嫌な場所だった、心霊スポットって噂だけの所も多くあるけど、今回は本物だったもんな。

 九条さんはポッキーをじっと見つめながら言う。

「大福はどのような様子ですか」

「ええ、キョトンとしてる感じです。私たちみて誰だ? みたいな。つぶらな目が可愛いです」

「犬語が分かれば会話できたんですけどね」

「ぷはっ。それができたら流石に人間離れしすぎです九条さん」

 九条さんが犬と会話してる様子を想像して笑ってしまう。なんてシュール、しかも本人犬には嫌われるって言ってたし。

 でもきっと大福と喋れたとしても、九条さん敬語なんだろうなあ。この人子供相手にも敬語だったし。

 敬語を取ってたのは……麗香さんぐらいにだよね。

 そう考えた時、またさっきの菊池さんとの会話を思い出してしまった。ずんと心が落ちる。実りそうにない相手、ってわかってたけど、再確認するときついなあ。

「どうしました浮かない顔して」

「あ、い、いいえ」

 いい加減あきらめた方がいいって自分ではずっと思ってる。でも伊藤さんが言うように、これほど一緒に過ごしていれば諦めるのもなかなか難しい。だったら他に目を向けた方がいいよっていう助言も十分に理解できる。

 じゃあ、菊池さんと付き合うってこと?

……わかんないな。他に好きな人がいても付き合う、なんてこと。

 膝を抱えてレタスを齧る。人と人の感情はどうしてこうも上手く行かないんだろう。お互い好きになるってこんなに難しいことだったんだ。

 少し前まで、私にもそんな相手がいたんだけどな。

 ふと思い出す。今頃彼は何をしてるだろうか。妹とまだ付き合ってるのかな。最後の悲しい思い出で忘れそうになるけど、楽しい思い出もいっぱいあったんだよな。

 恋愛は難しい。特に、私には。
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