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聞こえない声

いざ中へ

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 トンネルの向こう側に見える出口の光はなんだか心細い。私はキョロキョロとあたりを見回しながら、何か変なものがいないか必死に探した。

 すると突然、九条さんが言った。

「首を切断するって、どういう時だと思いますか」

「え、こんな状況でそんな話題ですか?」

「気になったので」

 最悪だ、と思ったが仕方ない、これは仕事の会話なのだ。私はううんと唸って考える。

「やっぱり、捨てるときに便利だからですかね」

「私ずっと考えてたんですけど。捨てやすくするために、というならばバラバラにしますよね。思えばあの霊は首はないけれど手足はあった」

「……あ、確かに」

「となれば、捨てやすさや隠しやすさは考えられていない」

「じゃあやっぱり、恨んでるからですかね」

 私が言うと、隣の九条さんはやや視線を厳しくさせた。真っ直ぐ向こうの光を見つめながら言う。

「殺人は何があっても許されることではないですが、境遇によっては恨みなどで誰かを殺すという衝動は人間の本質を考えるとわかる気がします。
 しかしその後、首を切断するなどの感情は到底理解できませんね。一体何があればそこまで人を憎めるのか……」

「それはそう、ですね」

 ニュースの報道では捕まった犯人が一体どういう人間なのか、なぜそんな考えに至ったのかまでは細かく知らされない。もちろん周りにそんな異常者はいないし、きっとそう言うことをする人の気持ちなんて一生わからないだろうと思った。

 そんなに人を憎むことって、何があるんだろう。私だって恨んだことはあるけど、殺そうなんて思わなかったしな……

「とりあえず中へ入ってみますか。ここにいても何も感じませんし」

「はい、そうしましょうか……」

 私たちは踵を返して車に戻る。入り口だけであんなに不気味だなんて、中に入ったらどうなるんだろう。変なもの見なければいいけど……。
 
 凸凹したアスファルトを踏みながら進んでいる時、私はふっとある疑問が思い浮かぶ。そのまま九条さんに言った。

「一点、疑問があるんですが」

 彼は首を傾げて私を見た。

「なぜ菊池さんは最初からここにきたことを言わなかったんでしょう」

「と、いうと?」

「こんな場所に来てすぐ直後に怪奇が起これば、ここで拾ってきたと誰でも思い浮かべます。だったら最初から、心霊スポットに行った後から不思議な現象が起きている、と相談に来ればいいのに。菊池さん、どうして言わなかったのかなって」

 思い起こしてみる。菊池さんは最初、「誰かに見られている気がする」という相談内容でうちに来た。とりあえず家にまでお邪魔してあの霊達を見たわけだけれども、最初からここで連れてきたってわかってたんんじゃないかな。

 九条さんは表情を変えずに言う。

「光さん、最初に比べて鋭くなったというか、洞察力が上がりましたよね」

「え、ほんとですか?」

「ええ。
 まあ、今回はなんとなく見当がつきますが」

「なんですか?」

 私が尋ねるも、九条さんは少し沈黙を流した。不思議に思いその横顔を眺め続けながら歩き、到着した車に乗り込む。シートベルトを締めながら彼はいった。

「まあ、心霊スポットに行くなんて軽薄な行動を咎められると思ったのではないですか」

「ああ、なるほど……」

 確かに菊池さんが心霊スポットに行くって意外だもんなあ。まあ映画の聖地巡礼だから肝試しとはちょっと違う……いや一緒か?

 九条さんが無言でエンジンをかける。私も慌ててシートベルトをしめ、目の前をしっかり見つめた。ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

「行きましょう」

 そう言った九条さんは、車を発進させた。





 ゆっくりゆっくりと動き出した車は、どんどんトンネルの口へ近づいていく。まるで食べられるようにその穴へ吸い込まれていく様は、どうしても恐怖感を覚えた。車体が入った瞬間、一気に暗闇が当たりを包む。

 車のヘッドライトがついた。そこまで長いトンネルではなさそうだが、でも奥の方に見える出口の光が心細い。

 特に後ろに他の車がくることもないので、九条さんはスピードを上げずに通過していく。見ただけでわかる古びた壁達は、不気味さも勿論だが崩れたらどうしようという不安も煽いだ。誰かの悪戯だろうか、時々壁にはスプレーで落書きされていた。

 ドキドキする心を落ち着かせながらただ前を見ていた。ほんの少しずつだけど大きくなってくる出口の光が恋しくてならない。

 なんだかこのトンネルは、圧迫感を感じた。言葉では言い表せられない苦しさ。ひどく狭いものというわけでもないし、ぱっと見よくある古いトンネルなのに、やけに息苦しさを感じてしまう。

 沈黙を流しながら暗闇を進むと、突然強い耳鳴りに襲われた。キーンと響くその音の不快感に顔をしかめる。それでも目を閉じることなく、私はしっかり外を眺めた。

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