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聞こえない声
モーニングコール
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夏とは残酷な季節だと思っている。
夏派か冬派かとは一生決着のつかない議論であり、それぞれが魅力に溢れていることはお互いがわかっている。花火だって海だって夏祭りだって、確かに夏はイベントが素敵だ。
とはいえ冬だって、クリスマスだ正月だバレンタインだと盛り上がりに事欠かない。
結論から言えば、彼氏も友達もいない私にはイベントは全てどうでもいい。私は秋派だ。
ただとにかく暑さに弱いのと、虫が多いことが嫌だから夏は過酷。できれば外には出ずにずっと室内で過ごしたいと思っている。
私が働く心霊調査事務所は、借りているアパートからそこそこ近い場所にある。部屋を借りるときに仲介してくれた伊藤さんが気遣って探してくれたのだ。
怪しげな響きの心霊調査事務所だが、中は至って健全。詐欺なんてやらないし、この世にとどまる霊の気持ちを調べ、浄霊のお手伝いをする仕事だ。
私、黒島光は生まれつき霊がみえてしまう体質なので、ここの働き場所はある意味天職でもある。
事務所の責任者、九条尚久。私のように霊が視える人だが(ただしシルエットらしい)、プラスして霊と会話ができる特技を持つ。本人は国宝級イケメンだがそれをドブに捨てているぐらいの変人男。
伊藤陽太さん。事務所では唯一何も視えない人なのだが、持ち前のコミュ力や霊を引き寄せやすい体質で事務所に必要不可欠な存在になっている神。彼の前では私の女子力がミジンコに見えてしまうのが唯一の悩み。
だが二人とも優しく責任感も強い仲間で、視える私のことも受け入れてくれている。それは何より嬉しいことで、この人たちに支えられながら私はなんとか頑張って生活できている。
友達も彼氏もいないと言ったが、好きな人だけはいる。それが(なぜかは自分でもわからないが)あの変人の九条さん、だ。
決して顔に惹かれたわけではない。仕事中の冷静な判断力や時折見せる気遣いや優しさが私を掴んで離さなくなってしまっている。だがもう片想いして半年が経とうとしている。これっぽっちも脈など感じられず、一体この恋の行き場はどこなのだと自問自答する毎日だ。
「はあー……暑い」
可愛いリボンのついた靴で必死に足を動かす。すでに額から汗が滲み出ていた。そこそこな大通りに建つよくあるビルの五階。そこが私たちが働く事務所だ。
時々すれ違う人たちもみんな不快そうに眉をひそめて歩いていく。太陽は容赦なく働き者の日本人を照らすのだ。
少し歩みを進めたところでようやく目的地が見えた。ほっと息をつく。ビルに入りエレベーターに乗り込むと、五のボタンを押してあとはその箱に身を委ねた。
浮いた汗をカバンから出したタオルでそっと拭き取る。身だしなみを今一度確認し、ついた階へ足を踏み出す。
一番奥にある看板も何もない扉。私は鍵を持ち出し、それのロックを解除した。多分一番乗りだろうな、と思いながらドアを開く。
「おはようござー」
無人かと思い込んで覇気のない挨拶をしながら中へ入ると、そこに見慣れた人がいたので一瞬驚いて体がびくついてしまった。ソファに寝転がっているのは、九条さんだったのだ。
彼はうとうとした目でゆっくりこちらを見る。そしてあくびをしながら言ったのだ。
「おはようございます」
「お、おはようございます九条さん。ここに泊まったんですか?」
「はい」
「ここ最近調査も入ってなかったのに何で事務所に泊まったんです!」
「昨日帰宅した後、事務所にスマホを忘れたことに気づきまして。夜遅くにとりにきたんです。そしたらもう帰るのが面倒になってここで寝ました」
寝ぼけながら小声で説明した九条さんに呆れて項垂れた。出た、この人日常生活では本当にめんどくさがりやだ。一体どんな生活を送っているのか覗いてみたいと思う。
身長の高い彼にはやや狭そうな革のソファ。絶対寝心地なんてよくないはずなのに、定位置とばかりにいつもここに寝ている。私は何も言わずにとりあえず持っていた鞄を置いた。
いつのまにか九条さんはすでにすやすや夢の中にいる。白い肌に長い睫毛、悔しいくらい整った顔は黙ってれば最高に美形なのに。
はあとため息をついた時、彼の枕元にあるスマホが大きな音を出して鳴り出した。私はびくっと反応したが、当の本人はさっきまで起きていたというのにまるで動かない。
それでもなり続けるスマホに、もしやと思いゆっくり覗き込むと、やはり「伊藤陽太」の文字があった。彼はいつも伊藤さんにモーニングコールをしてもらっているのだ。
九条さんはまるで起きそうにないので、仕方なしに私はそのスマホを手に取った。電話に出るまで不憫にも伊藤さんはコールをし続けなければならないのだ。
「はいもしもし」
私がそう返事をした瞬間、電話の向こうの伊藤さんが息を飲んだのがわかった。
『……も、もしもし?』
「はい、伊藤さんおはようございます」
『ひ、光ちゃんだよね?』
さすが、少し話しただけで声で私だと気づいてくれるとは。どっかの誰かとは違ってすごい人だ。
「あ、はいそうです。えっと今九条さん」
『光ちゃん……どうして九条さんの家にいるの? ついにそういうことに?』
唖然として言ってくる伊藤さんに、私は一瞬むせ返った。私の片思いを知っている伊藤さん、まさかとんでもない勘違いをしているのでは!
夏派か冬派かとは一生決着のつかない議論であり、それぞれが魅力に溢れていることはお互いがわかっている。花火だって海だって夏祭りだって、確かに夏はイベントが素敵だ。
とはいえ冬だって、クリスマスだ正月だバレンタインだと盛り上がりに事欠かない。
結論から言えば、彼氏も友達もいない私にはイベントは全てどうでもいい。私は秋派だ。
ただとにかく暑さに弱いのと、虫が多いことが嫌だから夏は過酷。できれば外には出ずにずっと室内で過ごしたいと思っている。
私が働く心霊調査事務所は、借りているアパートからそこそこ近い場所にある。部屋を借りるときに仲介してくれた伊藤さんが気遣って探してくれたのだ。
怪しげな響きの心霊調査事務所だが、中は至って健全。詐欺なんてやらないし、この世にとどまる霊の気持ちを調べ、浄霊のお手伝いをする仕事だ。
私、黒島光は生まれつき霊がみえてしまう体質なので、ここの働き場所はある意味天職でもある。
事務所の責任者、九条尚久。私のように霊が視える人だが(ただしシルエットらしい)、プラスして霊と会話ができる特技を持つ。本人は国宝級イケメンだがそれをドブに捨てているぐらいの変人男。
伊藤陽太さん。事務所では唯一何も視えない人なのだが、持ち前のコミュ力や霊を引き寄せやすい体質で事務所に必要不可欠な存在になっている神。彼の前では私の女子力がミジンコに見えてしまうのが唯一の悩み。
だが二人とも優しく責任感も強い仲間で、視える私のことも受け入れてくれている。それは何より嬉しいことで、この人たちに支えられながら私はなんとか頑張って生活できている。
友達も彼氏もいないと言ったが、好きな人だけはいる。それが(なぜかは自分でもわからないが)あの変人の九条さん、だ。
決して顔に惹かれたわけではない。仕事中の冷静な判断力や時折見せる気遣いや優しさが私を掴んで離さなくなってしまっている。だがもう片想いして半年が経とうとしている。これっぽっちも脈など感じられず、一体この恋の行き場はどこなのだと自問自答する毎日だ。
「はあー……暑い」
可愛いリボンのついた靴で必死に足を動かす。すでに額から汗が滲み出ていた。そこそこな大通りに建つよくあるビルの五階。そこが私たちが働く事務所だ。
時々すれ違う人たちもみんな不快そうに眉をひそめて歩いていく。太陽は容赦なく働き者の日本人を照らすのだ。
少し歩みを進めたところでようやく目的地が見えた。ほっと息をつく。ビルに入りエレベーターに乗り込むと、五のボタンを押してあとはその箱に身を委ねた。
浮いた汗をカバンから出したタオルでそっと拭き取る。身だしなみを今一度確認し、ついた階へ足を踏み出す。
一番奥にある看板も何もない扉。私は鍵を持ち出し、それのロックを解除した。多分一番乗りだろうな、と思いながらドアを開く。
「おはようござー」
無人かと思い込んで覇気のない挨拶をしながら中へ入ると、そこに見慣れた人がいたので一瞬驚いて体がびくついてしまった。ソファに寝転がっているのは、九条さんだったのだ。
彼はうとうとした目でゆっくりこちらを見る。そしてあくびをしながら言ったのだ。
「おはようございます」
「お、おはようございます九条さん。ここに泊まったんですか?」
「はい」
「ここ最近調査も入ってなかったのに何で事務所に泊まったんです!」
「昨日帰宅した後、事務所にスマホを忘れたことに気づきまして。夜遅くにとりにきたんです。そしたらもう帰るのが面倒になってここで寝ました」
寝ぼけながら小声で説明した九条さんに呆れて項垂れた。出た、この人日常生活では本当にめんどくさがりやだ。一体どんな生活を送っているのか覗いてみたいと思う。
身長の高い彼にはやや狭そうな革のソファ。絶対寝心地なんてよくないはずなのに、定位置とばかりにいつもここに寝ている。私は何も言わずにとりあえず持っていた鞄を置いた。
いつのまにか九条さんはすでにすやすや夢の中にいる。白い肌に長い睫毛、悔しいくらい整った顔は黙ってれば最高に美形なのに。
はあとため息をついた時、彼の枕元にあるスマホが大きな音を出して鳴り出した。私はびくっと反応したが、当の本人はさっきまで起きていたというのにまるで動かない。
それでもなり続けるスマホに、もしやと思いゆっくり覗き込むと、やはり「伊藤陽太」の文字があった。彼はいつも伊藤さんにモーニングコールをしてもらっているのだ。
九条さんはまるで起きそうにないので、仕方なしに私はそのスマホを手に取った。電話に出るまで不憫にも伊藤さんはコールをし続けなければならないのだ。
「はいもしもし」
私がそう返事をした瞬間、電話の向こうの伊藤さんが息を飲んだのがわかった。
『……も、もしもし?』
「はい、伊藤さんおはようございます」
『ひ、光ちゃんだよね?』
さすが、少し話しただけで声で私だと気づいてくれるとは。どっかの誰かとは違ってすごい人だ。
「あ、はいそうです。えっと今九条さん」
『光ちゃん……どうして九条さんの家にいるの? ついにそういうことに?』
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