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オフィスに潜む狂気
新しい道を進もう
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伊藤さんは自信なさげに言った。
「あとはやっぱり、長谷川さんに全ての事情を話して心から反省して供養してもらう、というのも一つの手だと思いますけど……相手があれじゃ無理ですかね」
私と九条さんは苦々しくため息をつく。あの長谷川さんに? まず霊の存在を信じてないし、私たちを詐欺師呼ばわりしてる彼女を説得できる気がしないのだが。
九条さんも困ったようにいう。
「のぞみさんが自殺しているのは事実ですが、その原因が長谷川さんだという明確な証拠はないんですよね。花田さんが言ったように退職してから自殺している、という点は長谷川さんからすれば特に自分のせいではないと思わせそうですし。下手すれば名誉毀損などと言って訴えてきそうです」
「「うわあ、ありそう……」」
つい私と伊藤さんの言葉が重なった。確かに、あの人が悪かった、と反省してる姿が想像つかない。
伊藤さんは腕を組んで考え込むようにいう。
「遺書でもあればよかったんですけど、今のところその存在があったとの情報はないですし、あっても流石に僕たちが拝借できるものでもないですし……」
「遺書……」
私はポツリと呟く。
なんだか、なあ。のぞみさんのことはよく知らないけれど、花田さんは真面目でいい子って言ってた。伊藤さんが調べてくれた写真を見てもそれが伝わってくる柔らかそうな女の子。
自殺するにしても、たった一人残してしまうお父さんに遺書ぐらい残しそうなものなのに。ああでも、そっか、病んでたらそんなことも考える余裕ないのかな。
ぼんやりと頭の中で親子のことを考える。それは自分がかつて母一人子一人の生活をしていたせいだろうか。あの二人が人ごととは思えない。
二人三脚で生きてきた時、片方をなくして苦しむ気持ちは痛いほどにわかる。
だからこそ、どうか二人とも安らかに眠って欲しいと思う。私に何かできることはないのだろうか。せめてのぞみさんが死ぬ直前の様子だけでも知りたいと思った。彼女が何を長谷川さんに思い、どうしてこの世に終わりを告げようと思ったのか。
……私も死のうとしたことがあるから、少し理解できることもあるかもしれないのに。
このまま除霊されて、のぞみさんの無念はそのままになる。拓郎さんはそれを見てどう思うかな。復讐なんてしなかったことは嬉しいかもしれないけど、でも絶対悲しいしやりきれないはずだよ。
もやもやとした気持ちと戦っている時、ふと頭にある人の言葉がよみがえっった。背景は銭湯のお湯だなんて締まりのない光景の中で聞いたセリフだ。
『じゃあ入られないようにするには簡単。マイナスなことを考えないようにする。逆も然り』
逆…………。
入られないようにする、の逆ってつまり。
故意的に入らせる??
そう思った瞬間、突然心臓がどくどくと大きく波打った。だって今まで考えたことなかった、わざと霊に入らせるだなんて。
これまでは油断した時にいつのまにか入られてて、そしてそれはあまりに苦しかったり辛かったりすることばかりだ。九条さんが無理矢理叩き起こしてくれたりするほど、私自身も危険が伴うこと。麗香さんみたいな力のある人ならまだしも、私のように祓う能力もない人間じゃ危険しかない。
そう思っていると同時に、どこかざわざわと心の中でもう一人の自分が意見してくる。
知りたいんじゃないのか。のぞみさんの気持ちを。近づきたいんじゃないのか、のぞみさんに。このままでは多分無念のまま二人は消えることになる。
私にできることがあるのなら。
そう心で思った瞬間、ぐっと拳を握った。ちらりと九条さんを横目で見たが、彼に相談するのはやめた。そんなの反対するに決まってる。彼は意外と仲間思いだから、危ないことは避けるようにいつも気遣ってくれている。
言わないでおこう。上手くいくかもわからないし。
一人でゆっくり深呼吸した。手汗をかいた拳が少し気持ち悪い。
意識を集中させるために、資料室の隅に畳んだまま置かれている脚立を見ることにする。その一点をじっと見つめながら、あえてマイナスなことを考えてみることにする。
あれでも、いざ考えろ! ってなると難しいかもしれない……自分の思考って操るの大変なのかも。
マイナスなこと。ええっと、伊藤さんは優しいこと言ってくれたけど友達全然いない。私のスマホには連絡先が三人しかいない。持つ意味ほぼなし。
あとは報われない片想い。顔はいいのに主食ポッキーでマイペースすぎる人への恋なんて全然実りそうにない。もうほんとなんなの、美容室すらマトモに行かず人に前髪切らせる男の何がいいんだろう。私って男の趣味変なのかな。
……思えば思うほどたくさん出てきた。全然難しくない。そういえば元々自分はネガティブ思考なんだよな。
そう自分自身に呆れた時、ふと先ほど思った内容を思い出した。
男の趣味、か。
以前唯一付き合っていた男性は別れた後、私の実の妹と付き合いだした。妹は元々は連絡先を知っていたけど今はもうわからなくなってしまったし、連絡の取りようがない。
二人は、元気にしてるかなあ。
私に初めて告白してくれた人で初めて付き合った人だった。私とは正反対で明るくて、あの頃は本当に幸せだったな、なんて。今は他に好きな人ができたから未練なんてないけれど、それでもやっぱり過去の眩しい時間を思い出すと胸の奥が痛む。
懐かしさと苦しさは紙一重。
彼と別れたあとどんな噂が出回ったのか知らないが、職場でわかりやすい嫌がらせを受けた。仕事に行くのが憂鬱で仕方ない気持ち、私は痛いほど分かる。自分の仕事もちゃんと出来ないし、そこに不要な人間なのだと思った。
じっと部屋の隅を見つめ続ける。小さなペン立てには誰も使っていなさそうなマジックにボールペン、ハサミが立っていた。ああ、そうだな。ここの会社にくるとやっぱり会社員だった頃の自分を少し思い出してしまう。
でも、過去のこと。全て過去の話だ。私は心の中で強く断言した。
今はもう新しい道で生きていこう。そう決心したんだから。
「あとはやっぱり、長谷川さんに全ての事情を話して心から反省して供養してもらう、というのも一つの手だと思いますけど……相手があれじゃ無理ですかね」
私と九条さんは苦々しくため息をつく。あの長谷川さんに? まず霊の存在を信じてないし、私たちを詐欺師呼ばわりしてる彼女を説得できる気がしないのだが。
九条さんも困ったようにいう。
「のぞみさんが自殺しているのは事実ですが、その原因が長谷川さんだという明確な証拠はないんですよね。花田さんが言ったように退職してから自殺している、という点は長谷川さんからすれば特に自分のせいではないと思わせそうですし。下手すれば名誉毀損などと言って訴えてきそうです」
「「うわあ、ありそう……」」
つい私と伊藤さんの言葉が重なった。確かに、あの人が悪かった、と反省してる姿が想像つかない。
伊藤さんは腕を組んで考え込むようにいう。
「遺書でもあればよかったんですけど、今のところその存在があったとの情報はないですし、あっても流石に僕たちが拝借できるものでもないですし……」
「遺書……」
私はポツリと呟く。
なんだか、なあ。のぞみさんのことはよく知らないけれど、花田さんは真面目でいい子って言ってた。伊藤さんが調べてくれた写真を見てもそれが伝わってくる柔らかそうな女の子。
自殺するにしても、たった一人残してしまうお父さんに遺書ぐらい残しそうなものなのに。ああでも、そっか、病んでたらそんなことも考える余裕ないのかな。
ぼんやりと頭の中で親子のことを考える。それは自分がかつて母一人子一人の生活をしていたせいだろうか。あの二人が人ごととは思えない。
二人三脚で生きてきた時、片方をなくして苦しむ気持ちは痛いほどにわかる。
だからこそ、どうか二人とも安らかに眠って欲しいと思う。私に何かできることはないのだろうか。せめてのぞみさんが死ぬ直前の様子だけでも知りたいと思った。彼女が何を長谷川さんに思い、どうしてこの世に終わりを告げようと思ったのか。
……私も死のうとしたことがあるから、少し理解できることもあるかもしれないのに。
このまま除霊されて、のぞみさんの無念はそのままになる。拓郎さんはそれを見てどう思うかな。復讐なんてしなかったことは嬉しいかもしれないけど、でも絶対悲しいしやりきれないはずだよ。
もやもやとした気持ちと戦っている時、ふと頭にある人の言葉がよみがえっった。背景は銭湯のお湯だなんて締まりのない光景の中で聞いたセリフだ。
『じゃあ入られないようにするには簡単。マイナスなことを考えないようにする。逆も然り』
逆…………。
入られないようにする、の逆ってつまり。
故意的に入らせる??
そう思った瞬間、突然心臓がどくどくと大きく波打った。だって今まで考えたことなかった、わざと霊に入らせるだなんて。
これまでは油断した時にいつのまにか入られてて、そしてそれはあまりに苦しかったり辛かったりすることばかりだ。九条さんが無理矢理叩き起こしてくれたりするほど、私自身も危険が伴うこと。麗香さんみたいな力のある人ならまだしも、私のように祓う能力もない人間じゃ危険しかない。
そう思っていると同時に、どこかざわざわと心の中でもう一人の自分が意見してくる。
知りたいんじゃないのか。のぞみさんの気持ちを。近づきたいんじゃないのか、のぞみさんに。このままでは多分無念のまま二人は消えることになる。
私にできることがあるのなら。
そう心で思った瞬間、ぐっと拳を握った。ちらりと九条さんを横目で見たが、彼に相談するのはやめた。そんなの反対するに決まってる。彼は意外と仲間思いだから、危ないことは避けるようにいつも気遣ってくれている。
言わないでおこう。上手くいくかもわからないし。
一人でゆっくり深呼吸した。手汗をかいた拳が少し気持ち悪い。
意識を集中させるために、資料室の隅に畳んだまま置かれている脚立を見ることにする。その一点をじっと見つめながら、あえてマイナスなことを考えてみることにする。
あれでも、いざ考えろ! ってなると難しいかもしれない……自分の思考って操るの大変なのかも。
マイナスなこと。ええっと、伊藤さんは優しいこと言ってくれたけど友達全然いない。私のスマホには連絡先が三人しかいない。持つ意味ほぼなし。
あとは報われない片想い。顔はいいのに主食ポッキーでマイペースすぎる人への恋なんて全然実りそうにない。もうほんとなんなの、美容室すらマトモに行かず人に前髪切らせる男の何がいいんだろう。私って男の趣味変なのかな。
……思えば思うほどたくさん出てきた。全然難しくない。そういえば元々自分はネガティブ思考なんだよな。
そう自分自身に呆れた時、ふと先ほど思った内容を思い出した。
男の趣味、か。
以前唯一付き合っていた男性は別れた後、私の実の妹と付き合いだした。妹は元々は連絡先を知っていたけど今はもうわからなくなってしまったし、連絡の取りようがない。
二人は、元気にしてるかなあ。
私に初めて告白してくれた人で初めて付き合った人だった。私とは正反対で明るくて、あの頃は本当に幸せだったな、なんて。今は他に好きな人ができたから未練なんてないけれど、それでもやっぱり過去の眩しい時間を思い出すと胸の奥が痛む。
懐かしさと苦しさは紙一重。
彼と別れたあとどんな噂が出回ったのか知らないが、職場でわかりやすい嫌がらせを受けた。仕事に行くのが憂鬱で仕方ない気持ち、私は痛いほど分かる。自分の仕事もちゃんと出来ないし、そこに不要な人間なのだと思った。
じっと部屋の隅を見つめ続ける。小さなペン立てには誰も使っていなさそうなマジックにボールペン、ハサミが立っていた。ああ、そうだな。ここの会社にくるとやっぱり会社員だった頃の自分を少し思い出してしまう。
でも、過去のこと。全て過去の話だ。私は心の中で強く断言した。
今はもう新しい道で生きていこう。そう決心したんだから。
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