上 下
158 / 448
オフィスに潜む狂気

新しい道を進もう

しおりを挟む
 伊藤さんは自信なさげに言った。

「あとはやっぱり、長谷川さんに全ての事情を話して心から反省して供養してもらう、というのも一つの手だと思いますけど……相手があれじゃ無理ですかね」

 私と九条さんは苦々しくため息をつく。あの長谷川さんに? まず霊の存在を信じてないし、私たちを詐欺師呼ばわりしてる彼女を説得できる気がしないのだが。 

 九条さんも困ったようにいう。

「のぞみさんが自殺しているのは事実ですが、その原因が長谷川さんだという明確な証拠はないんですよね。花田さんが言ったように退職してから自殺している、という点は長谷川さんからすれば特に自分のせいではないと思わせそうですし。下手すれば名誉毀損などと言って訴えてきそうです」

「「うわあ、ありそう……」」

 つい私と伊藤さんの言葉が重なった。確かに、あの人が悪かった、と反省してる姿が想像つかない。

 伊藤さんは腕を組んで考え込むようにいう。

「遺書でもあればよかったんですけど、今のところその存在があったとの情報はないですし、あっても流石に僕たちが拝借できるものでもないですし……」

「遺書……」

 私はポツリと呟く。

 なんだか、なあ。のぞみさんのことはよく知らないけれど、花田さんは真面目でいい子って言ってた。伊藤さんが調べてくれた写真を見てもそれが伝わってくる柔らかそうな女の子。

 自殺するにしても、たった一人残してしまうお父さんに遺書ぐらい残しそうなものなのに。ああでも、そっか、病んでたらそんなことも考える余裕ないのかな。

 ぼんやりと頭の中で親子のことを考える。それは自分がかつて母一人子一人の生活をしていたせいだろうか。あの二人が人ごととは思えない。

 二人三脚で生きてきた時、片方をなくして苦しむ気持ちは痛いほどにわかる。

 だからこそ、どうか二人とも安らかに眠って欲しいと思う。私に何かできることはないのだろうか。せめてのぞみさんが死ぬ直前の様子だけでも知りたいと思った。彼女が何を長谷川さんに思い、どうしてこの世に終わりを告げようと思ったのか。

……私も死のうとしたことがあるから、少し理解できることもあるかもしれないのに。

 このまま除霊されて、のぞみさんの無念はそのままになる。拓郎さんはそれを見てどう思うかな。復讐なんてしなかったことは嬉しいかもしれないけど、でも絶対悲しいしやりきれないはずだよ。

 もやもやとした気持ちと戦っている時、ふと頭にある人の言葉がよみがえっった。背景は銭湯のお湯だなんて締まりのない光景の中で聞いたセリフだ。



『じゃあ入られないようにするには簡単。マイナスなことを考えないようにする。逆も然り』



 逆…………。

 入られないようにする、の逆ってつまり。

 故意的に入らせる??

 そう思った瞬間、突然心臓がどくどくと大きく波打った。だって今まで考えたことなかった、わざと霊に入らせるだなんて。

 これまでは油断した時にいつのまにか入られてて、そしてそれはあまりに苦しかったり辛かったりすることばかりだ。九条さんが無理矢理叩き起こしてくれたりするほど、私自身も危険が伴うこと。麗香さんみたいな力のある人ならまだしも、私のように祓う能力もない人間じゃ危険しかない。

 そう思っていると同時に、どこかざわざわと心の中でもう一人の自分が意見してくる。

 知りたいんじゃないのか。のぞみさんの気持ちを。近づきたいんじゃないのか、のぞみさんに。このままでは多分無念のまま二人は消えることになる。

 私にできることがあるのなら。

 そう心で思った瞬間、ぐっと拳を握った。ちらりと九条さんを横目で見たが、彼に相談するのはやめた。そんなの反対するに決まってる。彼は意外と仲間思いだから、危ないことは避けるようにいつも気遣ってくれている。

 言わないでおこう。上手くいくかもわからないし。

 一人でゆっくり深呼吸した。手汗をかいた拳が少し気持ち悪い。

 意識を集中させるために、資料室の隅に畳んだまま置かれている脚立を見ることにする。その一点をじっと見つめながら、あえてマイナスなことを考えてみることにする。

 あれでも、いざ考えろ! ってなると難しいかもしれない……自分の思考って操るの大変なのかも。

 マイナスなこと。ええっと、伊藤さんは優しいこと言ってくれたけど友達全然いない。私のスマホには連絡先が三人しかいない。持つ意味ほぼなし。

 あとは報われない片想い。顔はいいのに主食ポッキーでマイペースすぎる人への恋なんて全然実りそうにない。もうほんとなんなの、美容室すらマトモに行かず人に前髪切らせる男の何がいいんだろう。私って男の趣味変なのかな。

……思えば思うほどたくさん出てきた。全然難しくない。そういえば元々自分はネガティブ思考なんだよな。

 そう自分自身に呆れた時、ふと先ほど思った内容を思い出した。

 男の趣味、か。

 以前唯一付き合っていた男性は別れた後、私の実の妹と付き合いだした。妹は元々は連絡先を知っていたけど今はもうわからなくなってしまったし、連絡の取りようがない。

 二人は、元気にしてるかなあ。

 私に初めて告白してくれた人で初めて付き合った人だった。私とは正反対で明るくて、あの頃は本当に幸せだったな、なんて。今は他に好きな人ができたから未練なんてないけれど、それでもやっぱり過去の眩しい時間を思い出すと胸の奥が痛む。

 懐かしさと苦しさは紙一重。
 
 彼と別れたあとどんな噂が出回ったのか知らないが、職場でわかりやすい嫌がらせを受けた。仕事に行くのが憂鬱で仕方ない気持ち、私は痛いほど分かる。自分の仕事もちゃんと出来ないし、そこに不要な人間なのだと思った。

 じっと部屋の隅を見つめ続ける。小さなペン立てには誰も使っていなさそうなマジックにボールペン、ハサミが立っていた。ああ、そうだな。ここの会社にくるとやっぱり会社員だった頃の自分を少し思い出してしまう。

 でも、過去のこと。全て過去の話だ。私は心の中で強く断言した。

 今はもう新しい道で生きていこう。そう決心したんだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説家になるための戦略ノート

坂崎文明
エッセイ・ノンフィクション
小説家になるための戦略ノートです。『弱者のランチェスター戦略』を中心にして、小説を読んでもらうための『ウェブ戦略』なども交えて書いていきます。具体的な実践記録や、創作のノウハウ、人生戦略なども書いていきたいと思います。最近では、本を売るためのアマゾンキャンペーン戦略のお話、小説新人賞への応募、人気作品のネタ元考察もやってます。面白い小説を書く方法、「小説家になろう」のランキング上位にいく方法、新人賞で大賞を取る方法を考えることがこのエッセイの使命なんでしょうね。 小説家になろうに連載されてた物に『あとがき』がついたものです。 https://ncode.syosetu.com/n4163bx/ 誤字脱字修正目的の転載というか、周りが小説家デビューしていくのに、未だにデビューできてない自分への反省を込めて読み直してみようかと思います。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。