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オフィスに潜む狂気
トイレ
しおりを挟む営業部近くを見て回るも、安易に入れない場所も多く見回りはすぐに完了してしまった。これは仕事が終わった花田さんに案内してもらわねばならない。
私たちはそのまま一旦休憩にした。夜は長くなりそうなので今のうちに体を休めておこうという計画だ。
夏の日差しがようやく傾き暗くなってきたのは夜の七時過ぎ。早めの夕食も済ませた私と九条さんは、伊藤さんへの差し入れを手にようやく会社へ戻っていった。
先ほどみんなで座っていた場所を覗くも伊藤さんはすでにいない。恐らく情報を集めるために動いているのだろう。
私と九条さんはとりあえず営業部に顔を出した。
さてもうだいぶ人も少なくなった……かと思いきや、大企業ゆえなのか、まだ昼間とほとんど光景は変わらずみんな仕事に勤しんでいる。長谷川さんも同じで、パソコンを睨みつけながら一瞬こちらを見、あからさまに嫌そうな顔をして視線を戻した。
「まだまだみなさん帰る素振りありませんね……」
私は廊下で小声でいう。九条さんも頷いた。
「人が少なくなるにはもう少し待たねばなりませんね。とはいえ外は暗くなってきましたし、霊が顔を出すかもしれないのでとりあえずもう一度見回りを」
「あ! 九条さん、光ちゃん!」
背後から明るい声が聞こえてきた。振り返ると、疲れた顔なんて一切見せない伊藤さんが駆け寄ってきた。
「伊藤さん! お疲れ様です、これ夕飯に」
「わ、ありがとー! お腹すいたなって思ってたんだよね」
「すみません、私たちはゆっくり休憩させてもらってたので……」
「ううん、夜は光ちゃんたちが働くんだから当然だよ。あとで美味しくいただくね。さて、あまり時間もなかったから特に有力は情報はないんですけど、とりあえず分かったのはやっぱり他の部署では恐怖体験してる人たちなんていなさそう、ってことですね」
伊藤さんが言うのを、私と九条さんは黙ってきく。
「大きな会社とはいえこんな不気味な体験が噂になれば結構広がると思うので、恐らく営業部だけみたいなんです。それと最近この社員で亡くなった中年男性についてはいなさそうですよ。一番最近でも三年前に事故で亡くなった人がいたのが最後らしいです」
九条さんが腕を組んで考え込んだ。やっぱり、中年男性って誰かが拾ってきてたまたま居座っちゃっただけのパターンとかなんだろうか……。
「他のことはまだ調べられてないので、今から帰り道に聞き込みを……あ! あの人帰宅っぽい! 僕ちょっと行ってきますね~!」
伊藤さんはちょうど出てきた人の姿を見つけると慌てて駆け出した。笑顔で社員に話しかけている様子を見ながら、フットワークの軽い人だなあ、なんて感心する。
「……では、とりあえず我々はもう少し見回りをしましょうか」
九条さんが言う。私は返事をしようとしてあっと思い出した。
「すみません、トイレだけ行ってきます」
「はいどうぞ。この周辺だけ見てます」
九条さんに告げると急いで少しだけ離れたトイレに駆け込んで行った。暗くなってきたとはいえ、会社内はまだ照明が煌々と光っているし人も多い。まるで恐怖心も感じることなく私は進めた。
女子トイレはさすが、広いし磨き抜かれた綺麗なトイレだ。どこかの百貨店に来てるみたい。さすが大企業は違うなあなんて、こんなところを見て思わされる。
私は一番奥の個室に入り込んだ。他に人はいないようで、自分が扉を閉じた音だけがやたらトイレに響き渡る。しっかり鍵をかけた。
さて、今からは夜が長い。会社の調査なんて初めてだし、仮眠とかとる時どうするんだろう、寝る場所もないなあ。椅子に座ったまま寝るとかかな。こりゃ肩凝りそう。
そんなことを考えながら用を足し終わり、立ち上がって服装を整える。振り返って水を流そうとして、センサー式であることに気がついた。レバーに手を触れずに水を流せるこの文明の発達を私は最高に称えたいと常々思っていた。
すっとセンサー前に右手を出す。そのまま水の流れる音を待った。
……あれ?
うんともすんとも言わない状況に、何度か手を翳し直す。それでもやはり水は流れなかった。センサーの調子が悪いのだろうか。
首を傾げながら便器の横を観察した。こういうのはどこかに必ず手動で流せるボタンがあるはずだ。それは一体どこだろうか……
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