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オフィスに潜む狂気

三人揃って

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「伊藤さんは大体事務所待機で調べ物ですもんね……」

「まあ楽しいっちゃ楽しいけどたまに寂しいよね。あ、ごめん光ちゃんたちは現場でいつも大変なのに、僕だけお気軽な感じで」

「まさか! 伊藤さんの圧倒的コミュ力のおかげでいつも調査が進むんですから。私からすれば伊藤さんがやってることの方が難しいことですよ……コミュ力お化け」

「はは、お化けって!」

 紙袋に一通り荷物を入れ終えた伊藤さんは、思い出したように私に言った。

「そういえば。九条さん、前髪切った?」

「え……あ! は、はい、なんか頼まれちゃって。私が自分の前髪セルフカットしてるって口を滑らせたがゆえに……」

 背中を丸めて小さくなっていると、伊藤さんが大きな声で笑った。

「あはは! なんかもうさー、嫁って感じだよね光ちゃん」

「!? いえ、前も言いましたけどどちらかといえば伊藤さんの方が良妻って感じです!」

「だからそれはやめてって。まあでも、あんな突拍子もない人と一緒に働ける女の子光ちゃんぐらいだよ、ほんと」

 紙袋を手に持った伊藤さんが微笑んだ。なんだかその顔から、「よかったね、これからも頑張れ」……というメッセージが聞こえる気がするのは気のせいだろうか。

 いつのまにか私の秘めた想いはこの人に筒抜けらしいのだ。

 その優しい笑顔を見て思う。

……前もある人と噂したけど、本当にモテるのって伊藤さんだよなあ。今も多分、私が荷物多いの勘づいて声かけてくれたし。本当優しすぎる人だな。

「さて、荷物の準備は大丈夫ですよー九条さん、行きます?」

 伊藤さんは休憩室から外に出ると、そう九条さんに明るく声をかけた。





 思えば三人で九条さんの車に乗るという機会はあまりなかった。

 伊藤さんがいるだけで、いつも沈黙ばかり流れている車内はぐっと明るく賑やかになる。

 私は助手席に、伊藤さんは後部座席に座ったまま花田さんのいる会社を目指していた。

「伊藤さんが営業って、すっごく納得しちゃいました。天職ですよね」

 私はずっと思っていたことをいう。だって本当にそう思う。しかし当の本人はあっけらかんとして言う。

「えーそうかな? まあ楽しかったけど、向いてたかどうかはよくわかんないなー」

(すごいルーキーだったって言われてたのに……)

「でも僕がいる頃は本当、怪奇なんて何もなかったから、そのあとなんかあったのかな」

 腕を組んで伊藤さんが考え込む。ハンドルを握っている九条さんが言った。

「どうも今現在の部長とやらが中々の人物であることがうかがえましたが」

「あーみんな思いましたよねえ。僕がいた頃はいい人だったんですよ部長さん。今はだいぶ厳しい人みたいですね?」

「調査にも賛成していないようなので、やや注意が必要ですね」

 九条さんがふうとため息をつく。後ろにいた伊藤さんも困ったように続いた。

「依頼者側に非協力的な人がいるのって凄く困りますよね。調査の進行具合にも関わってくるし」

 二人の話を聞いて確かにな、と思った。思えば今までは、依頼者の人たちはみんな事件を解決したい気持ちで私たちに依頼してきていた。ややクセのある人や問題もある人もいたが、非協力的な人はいなかったのだ。
 
 それが今回、依頼者側に反対派がいるのか。しかも上司。伊藤さんがよくわからないパワーで調査は許可されたが、きっと私たちをよく思ってない人に違いない。

 いつのまに取り出したのか、伊藤さんはスマホを片手にその画面を見つめた。

「うーん、特に最近事件っぽいことは公にはなってませんねー。今更土地の問題とかもないでしょうし。公になってない何かがあったか、誰かが知らぬ間に拾ってきて居座ったか……」

 私はつい後ろを振り返った。この隙間時間にもう調べ物をして働いているとは。伊藤さんの仕事の速さはあっぱれだ。

 スマホを操作している彼に話しかけた。

「伊藤さんがいた頃なら、きっと職場の雰囲気とか凄くいいところなんじゃないかなって想像つきますけど……」

「え? うんいい人ばかりで雰囲気は凄くよかったよ。忙しかったけどみんな切磋琢磨してるって感じでさ」

 自分がその『いい人』のトップである自覚はないのだろう。私は想像した。花田さんも言ってたけど、伊藤さんというマスコット的な人がいなくなっちゃうと職場も雰囲気変わりそうだよな。もしかして、やめた後色々問題が起きていたりして……。

 そう考えているところに、九条さんの声がした。

「見えましたね、あれです」

 うちの事務所からも比較的近い場所にそれはあった。有名な会社なので私も知ってはいたが、とはいえ注目して見たことはなかった。改めて見ると、堂々と聳え立つ大きな造りに素直に感心してしまった。

 実は自分も少しながら会社勤めをしていた経歴がある。でもそことは比べ物にならないくらい、大きくて立派だ。

「さ、さすがですね……! 大きい、綺麗、立派!」

 見上げながら感嘆の声を漏らしてしまう。九条さんも頷いた。

「知ってはいましたが改めて見ると本当に立派ですね。私は会社勤めなんてきっと一生することがないと思うので別世界です」

 サラリと言った言葉に振り返った。九条さんが会社勤め……? 確かに全く想像つかない、てゆうか絶対無理だ!

 仕事中だというのにポッキー貪ってばかりいそう。あと多分入社一日目で寝坊してくる。

「あはは、九条さん入社一日目で寝坊してきそうですねー」

 私の心の声を伊藤さんが代弁した。つい吹き出してしまう。同じ思考だった!

 その上、当の本人も納得する。

「まあ、自分でも想像つきます」

 私と伊藤さんは笑った。絶対サラリーマンになんかなれないよね九条さん。そう思いながらチラリと隣を見る。

 ああでも、スーツとかは似合うだろうなあ。一度も見たことないけど。悔しいことに身長も結構高いし顔がこれだから、きっと女性たちが色めきだつ容姿になるに違いない。……なんて想像しちゃう私はやっぱり重症だ。

「さて、では車をとめてとりあえず営業部へ一度顔を出しましょうか」

 九条さんがそう言ってハンドルを切った。

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