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真夜中に来る女
嘘
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「ナオと付き合ってた話。付き合ってたのは嘘じゃないけど、たった一ヶ月のことよ。ちなみに私が長いことかけて攻めまくってようやく落とした結果」
「……え」
「振られたのは私の方。別れたくないって駄々こねたのも私の方」
「え、ええ!」
目を丸くして麗華さんを見る。麗華さんがこちらをチラリとみた。顔がやや紅潮して見えるのは、お風呂で温まったからなのか、それとも。
口を尖らせて目を細めた。
「その一ヶ月の間もほとんど恋人っぽいことはしてないわ。連絡だって寄越さないし私が誘わないと食事だって呼び出さない。ま、それほど私に興味なかったんでしょうけど」
「ええ、そ、そんな……でも、どうして」
私にそんな嘘を?
これだけ才能がある美女をそんな邪険に扱った九条さんも疑問だが、まず第一になぜ麗華さんは私にそんな嘘をついたのだろう。
そう聞くと、キョトンとして目を丸くさせた。
「え。だって、好きなんでしょ。ナオのこと」
「……え、ええ、ええええ!」
「だからなんてゆうか。私もナオには未練があったし、ちょっと意地悪したくなって」
まさか! 私は一気に顔を真っ赤にさせた。
会って間もない麗華さんにまでバレてたの? 恥ずかしくて死んでしまいそうだった。慌てて両手で顔を覆って隠れる。
「あの、私そんなに分かりやすいですか……? 伊藤さんにも気づかれてるみたいなんですけど」
「あー伊藤さんはちょっと特殊だから気にすることないわよ。私はさっきも言ったようにちょっと未練のある相手だから、ナオに近くにいる異性が気になっちゃっただけ。
安心しなさい。世界中の人にバレてもナオにだけはバレないわよ、あんな鈍い人間他にいないから」
キッパリ言い切った麗華さんの顔を見る。確かに……そう納得してしまったのだ。でもそれって安心するところ? 私の好意まるで伝わらないっていうのもいかがなものなのか。
複雑な顔をしている私をみて麗華さんがふふっと笑った。
「あれは本当に苦労するわよ。嫌な相手を好きになったわね」
「まあ、自覚あります……」
「私もあなたも趣味変なのよ。他に男なんかいくらでもいるのに、特にあなたなんて伊藤さんとかいるじゃない。あれこそ真のモテる男よ、なんでナオに行ったの?」
「な、何でと言われましても」
真のモテる男、という称号に不服はない。第一印象は無駄に顔がいい九条さんが目立つだろうが、少しでも話してみればわかる。伊藤さんの方が圧倒的にモテるだろう。
可愛らしいルックスに優しさ、気遣いピカイチ。確かに本人は何も言わないがめちゃくちゃモテるだろうと思う。私自身、伊藤さんと付き合える人は幸せだろうなあと思うくらいだ。
確かに……伊藤さんは凄く素敵な人だし、むしろ少し前の私なら伊藤さんを好きになっていた気がする。
でも、なあ。
「九条さんには命を助けてもらった恩もあるといいますか……仕事面に関してはやっぱり悔しいほど頼りになるので。普段人間捨ててますけど、大事なところではちゃんとしてるっていうか。本当は優しいんだなって分かるし……」
「ふーん」
「あと伊藤さんは伊藤さんで好きになったら競争率凄そうだから苦労しそうです」
「あはは! それもそうね」
麗華さんはそう笑うと、湯船からざぶっと立ち上がった。もう十分すぎるほど温まった。私もそろそろと湯船から出る。
「応援はしないわよ。苦労しなさい」
「はあ、まあもう半ば諦めてるところもありますけど……」
麗華さんと並んで滑らないように歩き出す。麗華さんはまとめていた髪を触りながら言った。
「一個だけ教えてあげるけど」
「はい?」
「私はナオと知り合って長いけど。あいつが自分から女性を下の名前で呼ぶの、みたことないの。八重さんたちみたいに同じ名字が二人いるとかのパターンじゃなけりゃね。私のことだって付き合ってる一ヶ月の間に私が散々言ったから麗華って呼ぶようになったんだけど。だから驚いたのよ最初あなたを下の名前で呼んでるのみて」
少し微笑んで麗華さんが私に言った。
そういえば、初めて事務所で会った時、九条さんが私を呼んだらやたら驚いた顔で見てきたっけ……。
そうなんだ、他にはいないんだ。下の名前で呼ぶ女の人。
そう考えて頬が緩みそうになったとき、冷静に自分の中の自分が言った。
「多分、気まぐれですよあの人は」
それだ。
あのマイペース屋の気まぐれだ。
そこにきっと深い意味なんてない。あるわけがない。
私がそう冷たく断言すると、隣にいた麗華さんは大声で笑った。
「……え」
「振られたのは私の方。別れたくないって駄々こねたのも私の方」
「え、ええ!」
目を丸くして麗華さんを見る。麗華さんがこちらをチラリとみた。顔がやや紅潮して見えるのは、お風呂で温まったからなのか、それとも。
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「まあ、自覚あります……」
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「多分、気まぐれですよあの人は」
それだ。
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