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真夜中に来る女
信じる心
しおりを挟む「……あの、八重さんも、眠れそうな時は眠ってくださいね」
ようやく出た言葉はそんなありふれた声かけだった。だがようやく彼女は少し微笑む。
「ありがとうございます」
「えっと、朝食も何か食べれました? 食欲なくても、力をつけないと」
「そう、ですね……もう少ししたら何かつまもうと思います。今はどうしても食べられなくて……」
苦笑する彼女にかける言葉を探していると、八重さんの手元にあった携帯電話が鳴り響いた。すぐにそれを手に取り、私の方を向く。
「少し、電話いいでしょうか」
「もちろんです! どうぞ」
八重さんはそのまま通話に出た。ほんのわずかにだが、電話の向こうから男の人の声が聞こえてくる。何を言っているのかまではわからなかった。
「うん……うん、大丈夫。ちょっと風邪がね、長引いていて。うつしても大変だから。うん、大丈夫、それは何も心配いらないよ。うん……ごめんね、もうちょっと仕事は休んでおくね……」
京也さんだろうか。八重さんの話す様子からしてそうだろうと思った。いつにも増して八重さんの表情は柔らかく、嬉しそうに見えた。
数分話した後、八重さんは電話を切った。必要最低限の会話だ。
「京也さんですか? ゆっくり話されて大丈夫ですよ」
「ええ、仕事を休んでるし心配してくれていて……お見舞いに来るって言ってくれたんですけど、流石に今家に呼ぶのもあれなので。大丈夫です」
「そうですね、今家には呼べないですね……」
八重さんは携帯を指先でさする。
「心配性で。電話やLINEの連絡もよくくれるんです。今回の件を話してみたい気もするけどやっぱり……」
「そうですね、今はまだ……どう伝えていいかもわかりませんね」
彼女は困ったようにため息をついた。
それに、伊藤さんは呪詛の原因に京也さんが絡んでいるかもしれないと言っていたし。本人に呪詛のことを言えるはずもない。
「彼は……浮気とかする人じゃないです」
私の心の声を読んだかのように八重さんが突然言った。びくんと反応する。
「本当に優しくて一途な人です。だから、その、京也のことを好きな女性がいてとかなら分かりますけど、京也が二股をかけてたからその相手が、とかではないと信じてます。それに、私たちには……」
言いかけた八重さんが、一瞬言葉をつぐむ。
けれどすぐにふ、っと微笑んで言った。
「信じてますから。京也のこと」
悲しい響きに言葉をのんだ。
結婚する相手を信じ抜く。それは当然のことだ。疑われているなんて八重さんも気分がよくないに違いない。
私は大きく頷いて八重さんの言葉に同意した。
「そうですよ。京也さんを信じましょう。呪詛を祓ったら結婚して二人で暮らしていくんですから、信じるのは当然のことです。私も信じてますよ」
力強く言うと八重さんが微笑んだ。どうか早くこの事件が片付いて、幸せになってほしい。心の底からそう思った。
昼も過ぎた頃まで麗香さんと九条さんは寝返りをうつこともなく爆睡していた。当然だと思う、ここ最近ゆっくり休めていない。精神的にも限界がきている。
八重さんとまさこさんとほぼ無音の時間を過ごし、時折場の空気を変えるために小さな音量でテレビをつけたりした。まさこさんは明るいバラエティを選んで流しているようだが、生憎今はお笑いを見て笑顔になることはない。
簡単に昼食でも、とまさこさんが立ち上がろうとした時、部屋に電話の着信音が鳴り響いた。今度は八重さんではなく、眠っている九条さんのポケットから聞こえてきたのだ。
普段寝起きの悪い九条さんだが調査中のみはすぐに覚醒してくれる。その時も、ほんの二、三コールで彼は目を覚ましすぐに上半身を起こした。ソファで寝ていた麗香さんも同時に目を覚ます。
九条さんは後頭部を寝癖でぐちゃぐちゃにしたまま携帯をポケットから取り出した。
画面を見つめた後、彼は無言ですっと立ち上がる。
「麗香、少し離れます」
「ええ、いいわ。私もちょうど起きたから」
九条さんは未だ鳴り響く電話に出ることなく、そのままリビングから出て行った。
伊藤さんだろうか、と思う。昨日は伊藤さんの報告をみんなで聞いたけれど、昨日とは少し状況が違う。八重さんの精神面も心配だし、今日は八重さんに聞かれるのを避けたのかもしれなかった。
「ごめんなさい、お水もらえる?」
起きてきた麗香さんの声にまさこさんが反応する。私は少し迷った挙句、無言で席を立って控室へ向かった。伊藤さんの報告を聞きたかったのだ。
リビングを出てすぐ近くにある和室の扉をそっと開けた。中から九条さんの話し声が聞こえる。
少しだけ顔を出すと、九条さんがすぐに私に気が付いた。
「待ってください伊藤さん、ちょうど光さんがきましたので。一緒に報告を聞きます」
やはり伊藤さんだったらしい。私は慌てて部屋に入り、出入り口をしっかり閉じて確認した。八重さんの耳に入ったらショックなこともあるかもしれないと思ったのだ。
九条さんの隣に座り込むと、携帯からあの爽やかな声が響いてきた。
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