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真夜中に来る女

現れた人

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 そこに立っていたのは一人の美女だった。

 栗毛色のロングヘアは綺麗に巻かれている。耳には揺れるピアスが光っていた。黒いTシャツの上にはグレーのジャケットとパンツ。長い足の先はヒールの靴を履いている。

 小顔で目鼻立ちがはっきりした人だった。マスカラで伸ばされた睫毛が揺れる。

 突然現れたその人に目をチカチカさせながら、依頼人の人だろうかと思い声をかける。

「あの、依頼でしょ」

「ナオーーーー!」

 女性は私の声も無視してそう叫んだ。それと同時に、黒いソファで横になっている九条さんに勢いよく飛び乗ったのだ。

「!?」

 ただ唖然としてその光景を見た。美女がお腹の上に乗った瞬間、九条さんは苦しそうにむせて目を覚ました。不愉快そうに眉をひそめた顔で目の前の美女を見、驚いた様子もなくため息をつく。

「久しぶりじゃない仕事なんて。いつぶりかしら? 今回はどんな相手なのかワクワクしてるのよ」

 目をキラキラさせながらテンション高くそう話した。彼女は九条さんの上に馬乗りになっている。苦しそうに彼は言った。

「麗香、重い」

 不満そうなその発言を聞いて、なぜか彼女は嬉しそうに笑った。

 私はといえば、だ。

 その嵐のような光景をただぽかーんとして眺めていた。突然現れた美女とその奇行は勿論、それよりもっと驚いたのは九条さんだ。

 名前で呼んで、……敬語を使ってなかった。

 彼が敬語を外している姿を見たことは未だかつてなかった。それは相手が幼い子供だとしても、九条さんは必ず敬語を使っていたのだけれど。

 ……初めて、敬語を話していないのを見た。

 瞬きすら忘れて呆然としている私の顔を困ったように伊藤さんが見てくるのに気がついていたが、それにすら何も返せない。

 女性は九条さんの上から降りて笑いながらいう。

「相変わらず無愛想ね」

「最悪の寝起き」

「寝たらなかなか起きないナオを起こしてあげたんじゃない。感謝して欲しいわ」

 ナオ、という呼び方を聞いてそういえば九条さんは下の名前が尚久だったっけと思い出した。何だか『九条』の存在感が大きすぎて忘れていた。

 いやいやそんなことどうでもいい。お互いを名前で呼び合うこの二人って……?

 九条さんがゆっくり起き上がるのを見ながら、女性がふとこちらを見た。なぜかびくっと反応する。だが彼女が初めに見つけたのは伊藤さんだった。

「あ、伊藤さんも久しぶりー!」

「朝比奈さんお疲れ様です」

 伊藤さんが挨拶を言ったのを聞いて、脳内が残念なくらい停止していた私はようやくこの人が朝比奈さんだと気がついた。ぎょっとして彼女を二度見する。

 まさか、この人が朝比奈さん!? 除霊するの!?

 改めて見てもまるでそんな人にはみえない。妖艶な美女だし若い、私が想像していた除霊師のイメージとはことごとく違った。失礼だが、信じられないと思った。話によればかなり有名な人だと聞いていたし、まさかこんなオシャレな美人が来るだなんて……

 頭が大混乱でぐるぐる回っている私を見つけた彼女は、大きな瞳をさらに大きくさせた。

「あれっ、新しい子入ったの?」

「あ……」

「そうなんです、入ったんですよー。黒島光ちゃんです。凄く優秀な子ですよ!」

 言葉をなくしてオロオロしている私をフォローするように伊藤さんが紹介してくれた。慌てて頭を下げる。

「く、黒島光です」

「女の子じゃん! かっわいいー。朝比奈麗香です、よろしくね」

 朝比奈さんはにっこり笑って私に右手を差し出した。正面から改まって見るとやはりとても綺麗な人だった。それは顔立ちだけれはなく、隅々まで磨き抜かれた女性らしさを感じられるからだ。

 薄いピンク色のネイルを眺めながらおずおずとその手を握る。

「麗香って呼んで!」

「あ、よろしくお願いします……」

「大変じゃない、ここで働くの? 特にあの男がさー。ポッキーばかり齧ってマイペースでねえ?」

 麗香さんは九条さんの方をみて笑って言った。言われた本人は頭をかきながら言う。

「麗香、聞こえてる」

「あは! 聞こえるように言ったのよ」

「相変わらず騒がしい」

「失礼ねー」

 不満げに頬を膨らませる麗香さんに、私はなんとか愛想笑いを作って尋ねた。

「あ、く、九条さんと親しいんですね……」

「え? まあ付き合いは長いのよね、同業者として何度も仕事は一緒にしてるし、一時期付き合ってたし」



ん???



 せっかく作った愛想笑いは石化した。聞き間違いをしたのかと思った。麗香さんは平然と笑っていて、私の隣では心配そうにこちらをみてくる伊藤さんの顔が視界に入ってくる。

 え、それって、つまりの。

 元カノ……??



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