88 / 448
真夜中に来る女
暗い家
しおりを挟むもう乗り慣れた九条さんの車の助手席に座り、伊藤さんからもらった住所をナビで入力して出発する。九条さんはスムーズなハンドル捌きで車を運転していく。
私たち二人は長く時間を共にするが、その間盛り上がって雑談をするわけではない。それはやはり九条さんというマイペースな人と笑いながら談笑するのは中々難しいことで、小一時間沈黙が流れることも普通だ。時々思い出したようにプライベートな話もしたりはするが、ずっと盛り上がり続けるのは不可能。初めは流れる沈黙を気まずく思ったこともあるが、今は慣れた。
今回も出発してから三十分以上、私たちは黙って目的地に向かっていた。時々九条さんとどうでもいい会話を二、三交わした程度だった。
伊藤さんが言うには長閑な場所だと言っていた。田舎は嫌いではないが、近くに人気がない場所とは視える者としてはやや薄気味悪いことも事実だ。
「とりあえずはカメラを設置して撮影ですか?」
私は尋ねる。力の強い霊は高性能なカメラに映る事が多い。それは何度か仕事をこなしてきた私も経験済みだ。大体最初は撮影しながら様子を伺う。
九条さんはハンドルを握りながら頷く。
「ですね。夜中にやってくることは確実でしょうから、その時会話ができれば解決も早いかもしれませんが」
「律儀に毎日来るって言ってましたもんね」
「一点、疑問があるのですが」
赤信号になり車が停車する。ウィンカーの音が車内に響いている。
「女が現れたのは二週間以上も前だと言っていました。それから毎晩。一度警察に相談したとは言っていましたが、それにしてもうちに相談に来るのに時間が空きすぎてる気がしますが」
「まあ……警察に見えないって言われた段階でこの世のものじゃないってわかったはずですし、私ならすぐにでもお寺なりなんなりいくとは思いますけど、考え方は人それぞれですから」
「あれほど気に負って顔色を悪くするほどなら、もっと早く来てもいいと思うんです」
「まあ、そうですね……かなり切羽詰まった感じではありましたね。その間自分たちでお札貼ったり塩盛ったりして対応頑張ったんじゃないですか」
首を傾げて考える。普通のみえない人が心霊調査事務所だなんて来るのは気が引けるだろうし、相談に来るのに悩んでも仕方ないと思うのだが。
「それならいいのですが……」
九条さんはそれだけ言って黙り込んだ。赤信号が変わり車が動き出す。辺りはだいぶ古い道になっていた。車道に引かれた白線はだいぶ禿げ、辺りも家より木々や畑などの光景が増えてきた。
窓からその光景を眺めながら、なるほど確かに長閑な場所だ、と思う。
「もうそろそろ見えてきてもいい頃です」
車通りもだいぶ減ってきた道を進みながら九条さんが言った。私は目の前のナビをじっと眺め辺りを見渡す。
家はそう密集していない。目的の場所は見つかりやすいと思うのだが……
田んぼのある細い道を進みながらじっと眺めている時、私は地図と見比べて指を刺した。
「あ、九条さんあ」
言いかけてふと止まる。小さめな戸建ての家が目に入ってきた途端、どこか不思議な気持ちになったからだ。
家は確かに少し古そうなものだった。だが造りとしてはよくあるタイプのお家だ。二階建ての黒い瓦、薄い茶色の壁。別段目立つ家ではない。
それなのに、その家だけ周りから浮いているような、黒い何かがあたりにあるような感覚に陥った。こんなこと今までは感じたことがなく、自分で焦る。
「く、九条さん、あの家では」
私が言うより前に、彼も気づいていたようだ。ハンドルを握ったままどこか鋭い目をしているように見える。
「あの表現しにくいんですけど……なんか、いやーな感じがするんですが……」
ありきたりな言い方しかできないのに歯痒さを感じながらも告げる。彼は頷くこともなくじっと考え込むようにして低い声で言う。
「やはり、心していきましょう。特に光さん入られないように」
「はい……」
そう言われましても、自分でコントロールできないだが。心の中で嘆いていると、車がとうとう家の前まで到着する。車を駐車すると、その音を聞きつけてきたのか大川さんたちが家から出てきた。ほっとしたような顔つきだ。
私たちは車から降りる。家を目の当たりにし、ぶるりと悪寒が走った。なんの変哲もない家なのに、なんでこんな嫌なんだろう。
娘の八重さんが丁寧に頭を下げる。
「遠いところわざわざすみません……狭い古い家ですが、どこでも入っていただいて構いませんどうぞ」
ぐっと息をのみながら招かれるままに玄関へ向かう。そこは古い家ならではの、すりガラスの引き戸だった。まさこさんがガラガラと戸を引いて開ける。見えた家はやはりよくあるタイプのお家だ。
右手に茶色の靴箱、玄関すぐ前には少し角度の大きな階段。古びた板の廊下。
九条さんがすぐさま家に入りその後ろを続く。途端、不思議な匂いに包まれた。埃のような、砂のような、土のような……。それは決して人の家の生活臭ではなく掃除の手抜きによるものでもないと気づいた。
これは、生きている者の匂いではない。
直感で私はそう感じ心臓がやや鼓動を早くする。家の中はどこか暗くも見えた。上を見上げると電気はしっかり付いていた。
まさこさんが私たちに言う。
「居間はこちらです、すぐにお茶でも……」
「その前に家の中を調べさせて頂けますか。何か、いたとしたら私たちには見えるかもしれないので」
「あ、は、はい」
九条さんはそう言い放つと靴を脱いだ。私もそれに続き彼の物と一緒に靴を揃えると、恐る恐る廊下を進んでみる。
「光さん、とにかく細かく見ていってください。何か少しでも見つけたら教えてください」
「あ、はい」
いつもよりどこか声が厳しく聞こえる九条さんに背筋を伸ばしながら、私はまず玄関を一度ゆっくり見渡した。不安そうに私たちを見ている親娘の姿が目に入ったくらいで、あとはなにもみえない。
九条さんは無言で二階へ登っていった。この雰囲気で一人で二階へ行けるとは彼はやはり度胸が座っている。私はごめんだと思った。
23
お気に入りに追加
531
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。