上 下
87 / 448
真夜中に来る女

調査へ出かける前の準備

しおりを挟む


 二人が一足先に家へ帰った後、一旦九条さんはソファに腰掛けてポッキーを摘んだ。いつもの光景なので、私は何も突っ込まず隣に腰掛けている。

 伊藤さんがパソコンを睨みながら九条さんに聞いた。

「古い家と言ってましたけど、二週間前から突然異変が続くとなれば家や土地の原因は低そうですよねえ」

「だと思います。ですが一応調べてください」

「はいはい今やってますよーっと。へえ、ここから車で一時間くらいですかね、結構長閑なところですよ。周りも田んぼと古い家が多そうな……こんな人気のないところに女が来たら怖いだろうな~」

 伊藤さんが独り言を言うように呟く。私は彼が見つめているパソコンの画面を見せてもらおうかと立ち上がろうとした時、九条さんが言った。

「光さん先ほどの二人どう思いますか」

「え? ええと、別に何か連れてきてるようには見えなかったです。でもなんていうか、今までの中でも一番こう……疲れているオーラというかなんというか」

「同感です」

 持っていたポッキーを私にずいっと差し出した。私としてはもう飽き飽きなその棒を受け取ってとりあえず口に入れる。

「まあ、毎晩毎晩訪問者が来れば寝られないでしょうし疲労が溜まるのもわかりますが、あれはそれだけではなく……霊の影響を受けている可能性も」

「影響、ですか」

「あなたも知っているかと思いますが、強い力を持った悪しき霊は生きてる人間に悪影響を及ぼします、死に至らせることも稀にある」

 どきんと心臓が鳴った。私は生憎そこまで強い霊と関わったことはないが、確かに今までの人生『かなりやばいやつ』もお目にかかったことはある。大概道端ですれ違うだけのものなので、実害は被ったことがないが……。

 いつにも増して鋭い目をした九条さんが続けた。

「気をつけて行きましょう。あなたは特に入られやすい」

「は、はい」

「伊藤さん、先ほどの二人についても調べられる範囲でいいので調べておいてください」

「はーい」

 九条さんはポッキーを全て食べ尽くすと、空になった袋を適当にテーブルの上に放って大きく伸びをする。私は無言でそのゴミを拾ってゴミ箱に捨てた。

 ついでに立ち上がり、仮眠室においてあった調査用キャリーケースを取り出す。そこであっと思い出し、ソファに座っている九条さんに声をかけた。

「九条さん、着替え持ってきてくれました?」

 このキャリーケースの中身はほぼ私の私物だ。着替えに洗面具、化粧品。ただその隙間に、九条さんのためのポッキーと彼の着替えも詰め込んでいる。前回は伊藤さんが経費で買ってきておいた着替えを入れておいた。その着替えはもう使ってしまったので、新しい着替えを持ってきてくださいとお願いしておいたのだ。

 が、彼は無表情でこちらを見る。

「忘れました」

「…………」

 想定内。

 調査に入ると清潔のことなんか後回しにするこの男、どうせ頭の片隅にも着替えのことなんかなかったに違いない。私は淡々と伊藤さんに言った。

「伊藤さんもう一部頂きます」

「はいそこの紙袋ね」

 私たちのやりとりを聞いて、九条さんが振り返る。私は紙袋を彼に見せつけて言った。

「伊藤さんが買ってきてくれてます。経費で。ちゃんと持ってきてくれないと事務所の経費で九条さんの服を買い続けることになります、次回はちゃんと持ってきてください」

 彼は呆れたように眉を下げた。

「ですから私別に着替えぐらいしなくても死にませんから」

「そんなの私だって死にませんよ、生きる死ぬじゃなくて必要最低限の清潔感の話です!」

「断言しますが、私は次回の調査の時も着替えなんて忘れてきますよ」

「悲しい断言しないでください」

 彼は困ったようにため息をつく。すると思いついた、というように私に言った。

「では光さん、今回着替えた後の私の服もあなたの分と一緒に洗っておいてくれませんか」

「え」

「それを次回持ってきてください、それでいきましょう。お願いします」

 解決、とばかりに彼は言い切ったが私はゲンナリする。とうとう食事だけじゃなくて洗濯までさせられるのか、付き合ってもないのに。いや付き合ってても自分でしてほしい。

 まあ一緒に洗濯するくらいいいけどさ……

 ……ってあれ、待ってほしい!

「い、いや九条さん! そ、それは」

「はい」

「ささ、さすがに、く、九条さんのパ……」

 言いかけて口ごもる。慌てている私をどうしましたと言わんばかりに彼は首を傾げて私を見ていた。すかさず、伊藤さんがパソコンを見ながら声を上げる。

「九条さん、それって光ちゃんに九条さんの下着洗えって言ってるんですよ」

「……ああ……」

 察しのいい伊藤さんの助言で、なんとか九条さんは気づいたらしい。私はほっと胸を撫で下ろす。服ぐらい洗って持ってきてもいいかと思ったけど、流石に下着となれば話は全然違ってくる。普段鈍い九条さんもそれはまずいと思ったのか黙り込む。

 伊藤さんは呆れたような声で続けた。

「じゃあ次回は調査の当日、僕か光ちゃんが着替えを持ってこいって連絡入れますから。それでいいですか?」

「はあ、わかりました。なんとか持ってくるようにします」

 一件落着したところで、九条さんが立ち上がった。私は慌ててキャリーケースを閉めて彼の元へ寄る。

「伊藤さん、情報はまた私の携帯に送ってください」

「はーい」

「夜中ということで時間はたっぷりありますが、撮影機材の準びもありますし下調べもしたい。早めに行きましょう光さん」

「あ、はい!」

 私たちは笑顔で手を振る伊藤さんに見送られ、ようやく事務所を出た。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。