上 下
64 / 448
目覚めない少女たち

生徒会室

しおりを挟む


 日も暮れて生徒や教師たちもいなくなり、最後に挨拶に来てくれた東野さんから夜間についての注意事項などを聞かされた後、私たちはすぐに動き出した。

 台車を使って撮影機材を移動し、その録画を開始したのだ。とはいっても、私も九条さんも今回はあまり録画に期待はしていなかった。出現場所がこれほどばらついており、そんなタイミングよく霊を捉える可能性は低いと思っていたからだ。

 あとは自分たちの足。これにかける。

 カメラを設置したあと、軽く夕飯を食べた私たちはただひたすら校内を歩こうという話になっていた。どこかでまた首吊りと遭遇するのを探し続ける、というわけだ。根気の必要なことだがこれが仕事なので仕方ない。

 キャリーケースに入っていた簡素な食事とおやつを食べた私たちは、早速校内探索へ出かけていた。



「九条さん私ね、今心で自分を褒め倒してるんです」

「どうしてですか」

「個人行動をやめてくれって九条さんに懇願したこと。間違っても受け入れなくて正解でした」

 私は普段より幾分か低い声でそう言った。

 もうとっくに夜を迎え、誰もいなくなった学校内は覚悟していたそれ以上に不気味だった。電気はついているので明るさは十分だというのに、どんよりと影が集まっているように見える。廊下には昼間同様よくない者も集まっているし、ここを一人で歩けだなんて拷問だと思った。

 真っ暗な外が窓から見える。誰もいないグラウンドが寂しい。私たちの歩く足音がやけに響き渡る。

「前、病院も調査で行ったじゃないですか。あれも不気味だなあと思ってたけど、断然こっちの方が嫌です。病院は看護師さんとか人がたくさんいましたもん」

 夜になると冷え込んできたため、腕をさすりながら言った。九条さんと探索を始めてかなり経つが、今のところ首吊り霊は出会えていない。

 ただ暗く広い学校を歩き回っているだけ。こんな形になる調査も初めてだった。普段はどこかのお宅に呼ばれることが多かったからだ。

 歩いて霊を見つけましょう、その顔を見ましょうだなんて、正気の沙汰とは思えない内容だ。

「逃げたいですか」

 九条さんが隣から聞いてくる。

「え?」

「普通なら逃げ出してると、伊藤さんが言ってました」

 隣を見れば、九条さんのまっすぐな瞳が私を映していた。なぜか分からないが、その顔をみてどきりとする。慌てて視線を逸らした。

「ええと、逃げ出したくはなりますけど?
 それはこの場から逃げたいってだけで、その、仕事そのものから逃げたいわけじゃないっていう……何言ってるんだろう、意味わかります?」

 自分でもよく分からない言葉を並べてしまって焦る。夜の学校自体は逃げたくなるほど嫌いだが、仕事を辞めたいわけではないって伝えたかったのに。

 私が死ぬ覚悟を改められたのは間違いなく九条さんのおかげで、仕事は怖いけどいつだって必ず九条さんがフォローしてくれてるから頑張れてる。

 めちゃくちゃ変人だけど、悔しいことに頼りにはしているのだ。

「そうですか、ならよかったです」
 
 私のしどろもどろな説明に納得した九条さんは、それ以降は何も言わずに廊下を歩き続けた。彼なりの、私へのフォローのつもりだったのかもしれない。

 それから無言でただ廊下を歩き、時折教室を覗き込んでみるも、なかなかタイミングよく首吊りは見えない。ただ疲労感が体に溜まっていく一方だ。夜も更ければ眠気が出てくる。ああ、化粧を落として顔を洗いたいなあなんてぼんやり思っていた。

「一旦控え室に戻って休息を挟みますか。気がつけばもう日付がかわりました」

「え、もうそんな時間でした?」

 九条さんがポケットから携帯を取り出して私に見せる。確かに、数字は零時を回っていた。

 携帯も持っていないし、腕時計というものも付けていないので時間の把握ができない。給料入ったし、どちらか手に入れようか。

 隣であくびする声が聞こえた。

「今朝早く起きてしまったので眠いです、昼寝もしてませんし。ゲームって怖いですね」

「ああ、あの……」

 子供向けの体験ゲームね。

 そう言おうとして口をつぐむ。いや別に言ってやってもいいけど、なんとなく本人には黙っておいてあげようという心が働いた。

「朝方になれば撮影機材の回収もありますし……休憩してもう一度散策したあとは仮眠をとりましょうか、体力が持ちません」

「あの、もし寝るとしたらどこで寝ます?」

「控え室の椅子でも机でも並べるか、ああ、それが嫌なら光さんは保健室でも」

「絶対いや」

 即答した。保健室って。夜中に保健室で一人寝るって! 冗談じゃない!

 私はううんと唸りながら反省する。

「こうなれば簡易的な布団か毛布も準備がいりますね……もうキャリーケースパンパンなんですけど」

「あれ以上荷物増やす気ですか、女性は大変ですね」

「手ぶらの九条さんが変なんです」

 呆れながら話して足をすすめている時、突然九条さんがはっとしたような顔つきになった。同時に、彼の足が止まる。

 私も釣られて足を止めた。九条さんはゆっくりと、すぐ隣にある部屋を見た。

 その緊迫した顔に一気に不安が押し寄せる。私も恐る恐る、彼が見る方へ視線を向けた。

『生徒会室』

 プレートには、そう書かれていた。

「く、くじょ」

「しっ」

 声をかけた私に、彼は人差し指を立てて止める。ぐっと言葉を飲み込んだ。九条さんの特技は霊の声を聞くこと。私には聞こえない何かが響いてきたとみて間違いない。

 彼はゆっくり扉の前に移動する。教室は引き戸だが、そこは押すタイプのドアだった。九条さんは無言でドアノブを握る。

 私はそれを背後から眺め、緊張と恐怖で大きく鳴り響く心臓をなんとか抑えようと努力する。

 ドアノブがゆっくり下げられた。

 ぐっと力を入れてそれを押した九条さんだったが、ドアはわずかに揺れるも開きはしなかった。九条さんは少しだけ首を傾げる。

 鍵がかかっているんだろうか。

 彼は無言で再びドアを押した。その時、一瞬だがドアがわずかに開いたのを私は見逃さなかった。

 鍵がかかっているわけではない。ドアが、開かないんだ。

 この扉の一枚向こうで、誰かがドアノブを握って押さえている場面を想像してゾッとする。でも首吊りの霊が、そんなことをするだろうか。例えばふざけて侵入した生徒たちが隠れているとか、そういう展開だったらいいのに。いやそうであってほしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】わたしの娘を返してっ!

月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。 学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。 病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。 しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。 妻も娘を可愛がっていた筈なのに―――― 病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。 それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと―――― 俺が悪かったっ!? だから、頼むからっ…… 俺の娘を返してくれっ!?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。