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目覚めない少女たち

電話

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 その顔を見ただけで悟る。

……生きてる人間じゃ、ない?

 再び窓を見上げた。必死に目を凝らすも、ここからは顔までは認識できない。ただ、風が吹くたびにそのロングヘアが靡くのだけがわかった。

 その姿は、生きている人間としか思えないほど明確でリアリティがあった。九条さんに止められた今も、彼女に実体がないなんて信じられなかった。

 唖然としたまま窓を見つめる。次の瞬間、座っている女生徒の上半身が、ゆらりと前にゆっくり倒れ込んでいく。

「だ、だめ!」

 無意味だと知りながらも、私はつい叫んだ。その声も虚しく、ふわりと彼女の体が落下する。声にならない悲鳴を上げながら自分の口を両手で押さえた。

 しかし突如、その体が止まる。ぐんと力が加わったように女の子の背筋が不自然に伸びた。そして宙ぶらりんのまま、体は風に煽られるようにゆらゆらと揺れたのだ。

 首吊りだった。

 首から何か紐状のものが伸び、教室の中へ繋がっているようだ。体全てが校舎の外へ放り投げられ、たった一本の紐だけが彼女を支えていた。まるで人形のように何も反応を示さないその子は、脱力したまま紐に全身を支配されている。

 ゆらり、ゆらりとその体が揺れる下から、楽しそうな学生の笑い声が聞こえた。どこかの部活動か、はたまたただたむろしている子達か。明るいその声と光景があまりにアンバランスで、恐怖を覚える。

「く、じょうさん……」

 震える声で彼の名前を呼んだ。九条さんは鋭い視線で揺れる女生徒を眺めていた。





 九条さんとあわてて例の教室まで階段を登って向かっていったが、やはりそこにはもうすでに何もいなかった。教室の一番後ろの窓だけが開かれており、白い大きなカーテンが風に吹かれて揺れていた。

 無言でその窓に近寄り、九条さんがそこから外を眺める。

「あ、危ないですよ!」

 慌てて彼の白い服を引っ張った。

「あの距離では顔までは見れませんでしたね?」

 平然と、九条さんが尋ねた。

「は、はいすみません、見えてません」

「いえ仕方ありません、私もあれだけ距離があれば声も聞こえませんし。特徴はどうですか」

「今まで聞いてきた証言と一致します。制服をきた女生徒で、ロングヘア」

「それにしても飛び降りながら首吊りとは派手なことを。よほど死にたいらしいですね」

「もう死んでるんじゃ……」

「そこですが、一点不思議に思っています」

 彼は近くに置かれている机にもたれかかり腕を組む。

「以前もお話したことがありますが、自殺者は死後もその行為を繰り返すことはよくあります」

「ええ、聞きました……」

「その点で考えれば今回の霊も特に不思議な点はない。首吊り自殺を何度も繰り返している。
 しかし、首吊りと一言で言ってもやややり方が違いますよね」

 言われて確かに、と気づく。首を吊っているという点は同じだが、今までの証言と私たちが先ほど目にした光景、やや違いがある。

 ただ首を吊るだけではなく、飛び降りながらの首吊り。

「まあ大した差ではないと言われればその通りですが……ただどこかの教室の真ん中で首を吊るのと、勢いをつけて窓から飛び降りながら首を吊るのは私としてはだいぶ印象が違います」

「つまり、首吊りの霊は一体ではない、ということですか?」

 私が尋ねると、それも納得いかないとばかりに九条さんが黙り込んだ。彼の考えをそれ以上邪魔しないよう、私は黙り込む。

 ちらりと例の窓を見た。今は何もなく、爽やかな青空が見えるだけだが、さっきの光景はなかなか自分にはショックが大きかった。

 ……以前、私だって自殺しようとしてたくせに。

 それでも、ぶらんと揺れる女の子の体が脳裏から離れなかった。やや気分が悪い。まだ至近距離でなくてよかったと思った。あれを間近で見た日にはトラウマになるだろう。

「大丈夫ですか」

 ふとそんな声が聞こえて前を見る。九条さんが私の顔を覗き込んでいた。

「あ、はい……ちょっとショッキングな映像で」

 苦笑いしながら答える。今まで生きてきて嫌なものはたくさん見てきたが、いつまで経っても慣れないんだなあ。

 九条さんは無言で私を見たあと、近くの椅子を引いた。そして私の腕を引っ張ると、そこに座らされる。木の感触が懐かしい椅子だ。

「……え?」

「顔白いですよ。しばらく座って休んでは」

 そう短く言うと、九条さんはまた考え込むようにして腕を組んでどこかを見つめていた。

 気遣いが苦手分野な彼にしては珍しく気が利いている。私はそっと微笑んだ。

 誰もいない教室、いるのは自分と好きな人だけ。学生時代だったらなんて素敵なシチュエーションなんだろう、これが首吊り霊見た後じゃなけりゃよかったのに。

 一人でそんなことを思っていると、九条さんが突然ポケットから携帯電話を取り出した。その機械からわずかに振動する音が聞こえる。

「伊藤さんです」

 九条さんがそういうと、電話に出る。スピーカーにしてくれたようで、聞き覚えのある優しい声が私の耳にも届いた。
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