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目覚めない少女たち

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「非効率的なのは承知ですけど……夜一人にはさせないでください、本当にこれだけはお願いします!」

 私は手を合わせて拝んだ。昼間ですら廊下にこんなにウヨウヨ変なものがいるのに、夜なんて耐えられない。

 九条さんはふうと一旦息をつくと、仕方ないとばかりに許可した。

「まああなたは私より鮮明に見えてしまいますからね、恐怖心が強くなっても仕方ないですか。わかりました」

「はあ……命拾いした……」

「トイレもついていってあげましょうか」

「は、はあ!?」

「冗談です」

 真顔でよくわからない冗談を言った彼に呆れたとき、ちょうどすぐそばに職員室を発見した。九条さんはそのまま中へと入っていった。私のその背中に慌ててついていく。

 扉を開けて見えたのはどこか懐かしい光景だった。多くのデスクにコピー機。まだ多くの教師たちが残っていて作業していた。

 が、何名かはこちらを見た後怪訝そうな顔をする。首吊り霊の調査という得体の知れない私たちに、反感を持っているのは明白だった。

 遠くに座っていた東野さんが私たちに気づいてくれる。立ち上がり急足で駆けてきてくれた。

「どうされました」

「お借りしたいものが」

「はい、なんなりと!」

 東野さんは非常に優しく対応してくれた。そこで私たちは台車や校内の見取り図をお願いする。

 見取り図はすぐに手に入った。東野さんは近くにあった引き出しの一つから紙を取り出し、私たちに差し出す。

「これですね。どうぞ」

 受け取った紙を二人で見下ろした。なんの変哲もない、よくある平面図だ。

「生徒たちの教室は二階、三階、四階になっています。ですが三年生はもう卒業したので、そこの教室は使ってませんね」

「あ、そうか、三年生は卒業式も終えたんですね……」

 今が三月だということをすっかり忘れていた。あと少しすれば、今度は春休みに突入するシーズンなのだ。

 今現在いるのは一年生と二年生のみか。

「どこも基本出入りは自由にしてもらってかまいませんが、部室とかは生徒たちも驚くので避けていただければ。あ、シャワールームもありますよ、使われるならご自由に」

「あ、シャワールームですか!」
 
 喜びの声をあげたのは私だ。九条さんは興味ないですとばかりに無言を貫いている。

 何日かかるか分からない調査だ、いちいち銭湯を探して足を運ぶのも億劫だ。現場で済ませれるならそれに越したことはない。

「合宿とかした時のためのものですけど、今は合宿もしてないし使ってませんから」

「多分使わせてもらうと思います、ありがとうございます」

「あとは台車ですね。外にある倉庫にあるから、一緒に行きましょうか」

 そう提案してくれた東野さんに続いて職員室を後にする。ちらりと後ろを振り返ると、やっぱり冷たい目でこちらを見ている人たちを目が合った。

 こういう目、慣れてる。でも、やっぱり辛い。

 東野さんは霊を目撃したということで職員の中でも浮いてしまったと言っていた。教育者たちが心霊調査事務所なんて怪しげな者たちを疎ましく思うのはわかるが、ともに働く仲間の言葉は信じてもいいのに。

 視えない者と視える者は、分かり合えることは難しい。





 東野さんに台車をお借りし、私たちは一度駐車場へ来ていた。中にある機材を、とりあえず一旦運び出すのだ。

 ただそれをどこに設置するかは未だ決めかねている。首吊り霊が出る場所はバラバラで、次にどこに出現するか見当がつかないからだ。

 私はとりあえずキャリーケースを取り出す。九条さんはトランクから大きなモニターを台車に移していく。

「誰も首吊りの顔を見ていないというのが、どうも引っかかります」

 ごちゃごちゃしたコード類を束ねながら、彼が言う。確かに、今までの目撃情報の共通点の一つだ。

 私はううんと考えながら答えた。

「まあ、顔が見えにくい霊って珍しいわけではないと思いますが」

 よくあることといえばよくあることだ。彼らはどう言うわけかその顔を隠したがることが多々ある。酷く俯いてたり、こちらに背を向けていたり。

 九条さんは一旦トランクを閉じる。彼の隣に行き、台車から少し落ちているコードを手に取ってしっかり乗せる。

「まあそれもそうですが……その首吊りの霊の正体が分かれば、前進できる気がするのです。それが一体誰なのか、重要なことですから。そこから目覚めない現象の原因がわかるかもしれない」

「でも最近自殺した生徒はいないっていうし……」

「ふむ、不可解ですね」

 車の鍵をかけた後、ゆっくり台車を押しながら九条さんが歩き出す。なんだか彼が台車を押してる姿って違和感だ、いつも荷物なんて持たずに歩いていることが多いから。

 私もキャリーケースを引きながら隣に並ぶ。

「まあ後で伊藤さんの情報収集の結果を聞きましょう。学校側が隠蔽してるだけで自殺者がいるかもしれない」

「はい」

「それと、もし首吊り霊に会った時はよろしくお願いします光さん」

「え、私ですか?」

 キョトンとして隣を見る。九条さんが無表情のまま言った。

「私は霊の姿がはっきり視えないので。首を吊ってる者の顔を確認できるのはあなただけです」

 げ。そんな下品な声が自分の喉から漏れた。

 いや、それはその通りなのだ。むしろ、私が事務所に貢献できる絶好のチャンスはこう言う時。九条さんほど頭も回らないし、しっかり霊の姿を見ることしか出来ない。

 ……でも。なあ。私は項垂れる。

 首吊ってる霊を発見して、冷静に彼女の顔を拝めるだろうか。後ろ姿だけでも怖いのに、首吊ってる顔って……だめだ、想像だけで寒気がしてきた。

 霊は何体見ても慣れることはない。多分、私は一生恐怖心が拭えないと思う。元々性格が臆病なのだろうか。

 はあと憂鬱のため息を漏らしながら校舎に向かって歩いている時、ふと何気なく上を眺めた。

 まだ新しい真っ白な校舎。近くにあるグラウンドからは学生たちのスポーツに励む声。なんてことない爽やかな場面に、一つ不審な点があった。

 均等間隔で並ぶ窓ガラス。閉まっているものもあれば、換気のためか開けられている窓もある。私たちが立つ場所から一番遠くにある窓に、紺色が見えた。

 ピタリ、と足を止める。九条さんが押していた台車の音も同時に止まった。

 一番上の階の窓だった。そこから紺色のスカートと、2本の白い足が見える。その足の下には、何もない。

 女生徒が窓に腰掛けていた。両足をこちらに放り出して。

「あ、ぶない!」

 俯く少女に向かって声をあげた途端、私の手首が強く掴まれる。はっとして隣を見ると、九条さんが真剣な眼差しで窓を見上げていた。
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