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目覚めない少女たち
探索
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九条さんは表情ひとつ変えずに答えた。
「特にいませんが」
「えーー!! こんなにカッコいいのにですかあ! どれくらいいないんですか? あ、最近別れたとかですか?」
「さあ、結構前でしたから」
「ええ! 結構前からいないんですか! しんじらんなーい! 理想高いとかですかね?」
「どうでしょうか」
「今彼女候補はいますか?」
「特に」
どきりと心臓が鳴ったあと、勝手に一人しょんぼりと落ち込んだ。いやいや、そりゃそうだ。私なんて彼女候補なわけもないし、霊が視えるポッキー管理者としか思われてない。それより、今は彼に候補がいないことに喜ぶべきだ。
……それより。ちらりと二人を見比べた。
九条さんと働き出して一ヶ月以上経つと言うのに、私はまるで聞けていない情報をこうも簡単に引き出している。積極性、と呼べばいいのだろうか。私にはないパワーだ。
世間話のようにして色々聞くことすら臆病だ。以前彼女がいないことだけは聞いたことがあったけれど、それっきり。好みのタイプとか、過去の恋愛歴とか何も知らない。
恋愛は、難しい。
「えーじゃあ……」
「では、我々はやることが山積みですので。他に目撃した友人などがいましたらここへくるよう伝えてください。今日はありがとうございました」
淡々と話を切り上げた九条さんに少しほっとする。可愛い女子高生にちやほやされたら普通男性なら喜びそうなのに、変わらないテンションが嬉しかった。
澤井さんは不服そうに頬を膨らませたが、意外に素直に出口に向かっていく。
「じゃ、他の目撃者連れてまた来ますからね!」
最後にそう堂々宣言すると、澤井さんはようやく扉を開けて外へと出ていった。廊下で待っていた友人たちがすぐにきゃあきゃあと騒いでいるのがここまで聞こえてくる。
ああ、若いなあ……なんてさっきも思ったことを心で呟くと、隣に座る九条さんを見た。
「さて、目撃場所はバラバラでしたね」
「え? あ、ああそうでしたね……」
ぼうっと他事を考えていた自分は慌てて同意する。いけない、仕事中なのに。
困ったように眉をひそめた九条さんは天井を仰ぐ。
「一応撮影は実行しますがどこに設置するか……あまり期待できそうにない。映ればいいのですが……」
「もう少し証言も欲しいですね……」
「しかし、三名の話から少しは共通点が見えましたね。
目撃の時刻は放課後、丁度これからです。誰も首吊りの顔は見えていない。髪の長い女生徒であることも同じ、と」
そう一人納得したように話すと、彼はガタリと立ち上がった。
「さっきよりは生徒たちも人数が減っているはず。光さん、ちょっと探しに行きませんか」
「え、探しって」
九条さんはスタスタと歩きながら扉へ向かう。
「首吊りを繰り返す女生徒、どこで会えるでしょうね」
いつのまにか、夕日が差し込む時間帯になっていた。澤井さんの証言でも確か夕方での目撃情報だった。結構明るいうちから出現するようだ。
私たちは教室から出て、来る時より大分寂しくなった廊下を歩く。みな帰宅したか、部活に励んでいるのだろう。
それでもまだ頻繁に人とすれ違う機会はある。隣を通る生徒たちは、誰しもが好奇の眼差しでこちらを見ていた。九条さんさんのビジュアルが目立つこと、さらには首吊り霊の調査に来た者たちだなんてそりゃ見てしまうだろう。
磨き抜かれた廊下を無言で歩いていると、廊下に時折嫌なものが視える。しゃがみ込んだ老婆に壁に向かって歩き通り抜けていくサラリーマン。やはり学校とは色々なものが集まって来る。
なるべくそれらとは目を合わせないように、私は自然を装って歩いていく。学生だった頃に比べれば成長したなと思った。
「やはり色々いますね」
ポツンと九条さんが言う。隣を見上げ、その白い肌を眺めた。そうか、一緒に視える九条さんが隣にいることも、冷静でいられる一つの理由なのかもしれない。
「ですね……ちょっと嫌なのもいますけど、まあよくあるレベルですかね」
「あなたはハッキリ視えてしまいますからね。無理はしないでください」
「あ、ありがとうございます」
気遣いの言葉に一人微笑むと、ふと九条さんが足を止める。
「ここ、調理室ではないですか」
「え? あ、そうですね!」
目の前のプレートには『調理室』と書かれていた。中の様子を伺うも、何も聞こえてはこない。今日は山田さんが所属している調理部はお休みらしい。
私たちは無言でその扉を開いてみた。なかなかの広さがある教室だ。銀色のシンクたちが光っている。
私は天井を見上げた。特に何もない真っ白な天井だ。ここから紐と女の子がぶら下がってきたのか……。
九条さんと二人キョロキョロとあたりを見回す。だが特に何も収穫はなさそうだった。至って普通の調理室だ。
「何も感じませんが……光さんはどうですか」
「私も別に……むしろ廊下の方が嫌でした」
「さて、まずは首吊りと出会うまでに時間がかかりそうですね。困りました」
九条さんは眉をひそめて再び廊下へ出る。
「とりあえず台車と校内の見取り図が欲しいので一旦職員室へ行こうと思います、あとは出るのをひたすら待つ……夜、学校内の探検でもしましょうか」
そう言い放った九条さんの言葉に、納得した瞬間嫌な予感がする。私は勢いよく彼の顔を見上げた。
「どうしました」
「いえ、流れとしては特に文句はありませんし妥当だと思いますが……
夜の校内探索、まさか別行動じゃないですよね?」
恐る恐る訪ねた。九条さんはキョトンとして私を見る。
「二手に分かれた方が効率的でしょう」
勘弁してくれ! 私は心の中で叫び眩暈を覚えた。
昼間ならまだしも、夜の学校内を一人で歩きまわれと? 首吊りの霊が出ることもわかっているのに!?
「どうしました光さん」
「私無理です! 学校ですよ? 夜ですよ? 一人なんて怖すぎます!」
「これだけ様々な霊をみてきたのにまだ怖いんですか」
「ええめちゃくちゃ怖いですよ!」
「変わった人ですね」
「どの口が言ってるんですか?」
強く彼を睨みつけた。九条さんにだけは言われたくない台詞だ、この人以上の変わった人は存在しないだろうに。
「特にいませんが」
「えーー!! こんなにカッコいいのにですかあ! どれくらいいないんですか? あ、最近別れたとかですか?」
「さあ、結構前でしたから」
「ええ! 結構前からいないんですか! しんじらんなーい! 理想高いとかですかね?」
「どうでしょうか」
「今彼女候補はいますか?」
「特に」
どきりと心臓が鳴ったあと、勝手に一人しょんぼりと落ち込んだ。いやいや、そりゃそうだ。私なんて彼女候補なわけもないし、霊が視えるポッキー管理者としか思われてない。それより、今は彼に候補がいないことに喜ぶべきだ。
……それより。ちらりと二人を見比べた。
九条さんと働き出して一ヶ月以上経つと言うのに、私はまるで聞けていない情報をこうも簡単に引き出している。積極性、と呼べばいいのだろうか。私にはないパワーだ。
世間話のようにして色々聞くことすら臆病だ。以前彼女がいないことだけは聞いたことがあったけれど、それっきり。好みのタイプとか、過去の恋愛歴とか何も知らない。
恋愛は、難しい。
「えーじゃあ……」
「では、我々はやることが山積みですので。他に目撃した友人などがいましたらここへくるよう伝えてください。今日はありがとうございました」
淡々と話を切り上げた九条さんに少しほっとする。可愛い女子高生にちやほやされたら普通男性なら喜びそうなのに、変わらないテンションが嬉しかった。
澤井さんは不服そうに頬を膨らませたが、意外に素直に出口に向かっていく。
「じゃ、他の目撃者連れてまた来ますからね!」
最後にそう堂々宣言すると、澤井さんはようやく扉を開けて外へと出ていった。廊下で待っていた友人たちがすぐにきゃあきゃあと騒いでいるのがここまで聞こえてくる。
ああ、若いなあ……なんてさっきも思ったことを心で呟くと、隣に座る九条さんを見た。
「さて、目撃場所はバラバラでしたね」
「え? あ、ああそうでしたね……」
ぼうっと他事を考えていた自分は慌てて同意する。いけない、仕事中なのに。
困ったように眉をひそめた九条さんは天井を仰ぐ。
「一応撮影は実行しますがどこに設置するか……あまり期待できそうにない。映ればいいのですが……」
「もう少し証言も欲しいですね……」
「しかし、三名の話から少しは共通点が見えましたね。
目撃の時刻は放課後、丁度これからです。誰も首吊りの顔は見えていない。髪の長い女生徒であることも同じ、と」
そう一人納得したように話すと、彼はガタリと立ち上がった。
「さっきよりは生徒たちも人数が減っているはず。光さん、ちょっと探しに行きませんか」
「え、探しって」
九条さんはスタスタと歩きながら扉へ向かう。
「首吊りを繰り返す女生徒、どこで会えるでしょうね」
いつのまにか、夕日が差し込む時間帯になっていた。澤井さんの証言でも確か夕方での目撃情報だった。結構明るいうちから出現するようだ。
私たちは教室から出て、来る時より大分寂しくなった廊下を歩く。みな帰宅したか、部活に励んでいるのだろう。
それでもまだ頻繁に人とすれ違う機会はある。隣を通る生徒たちは、誰しもが好奇の眼差しでこちらを見ていた。九条さんさんのビジュアルが目立つこと、さらには首吊り霊の調査に来た者たちだなんてそりゃ見てしまうだろう。
磨き抜かれた廊下を無言で歩いていると、廊下に時折嫌なものが視える。しゃがみ込んだ老婆に壁に向かって歩き通り抜けていくサラリーマン。やはり学校とは色々なものが集まって来る。
なるべくそれらとは目を合わせないように、私は自然を装って歩いていく。学生だった頃に比べれば成長したなと思った。
「やはり色々いますね」
ポツンと九条さんが言う。隣を見上げ、その白い肌を眺めた。そうか、一緒に視える九条さんが隣にいることも、冷静でいられる一つの理由なのかもしれない。
「ですね……ちょっと嫌なのもいますけど、まあよくあるレベルですかね」
「あなたはハッキリ視えてしまいますからね。無理はしないでください」
「あ、ありがとうございます」
気遣いの言葉に一人微笑むと、ふと九条さんが足を止める。
「ここ、調理室ではないですか」
「え? あ、そうですね!」
目の前のプレートには『調理室』と書かれていた。中の様子を伺うも、何も聞こえてはこない。今日は山田さんが所属している調理部はお休みらしい。
私たちは無言でその扉を開いてみた。なかなかの広さがある教室だ。銀色のシンクたちが光っている。
私は天井を見上げた。特に何もない真っ白な天井だ。ここから紐と女の子がぶら下がってきたのか……。
九条さんと二人キョロキョロとあたりを見回す。だが特に何も収穫はなさそうだった。至って普通の調理室だ。
「何も感じませんが……光さんはどうですか」
「私も別に……むしろ廊下の方が嫌でした」
「さて、まずは首吊りと出会うまでに時間がかかりそうですね。困りました」
九条さんは眉をひそめて再び廊下へ出る。
「とりあえず台車と校内の見取り図が欲しいので一旦職員室へ行こうと思います、あとは出るのをひたすら待つ……夜、学校内の探検でもしましょうか」
そう言い放った九条さんの言葉に、納得した瞬間嫌な予感がする。私は勢いよく彼の顔を見上げた。
「どうしました」
「いえ、流れとしては特に文句はありませんし妥当だと思いますが……
夜の校内探索、まさか別行動じゃないですよね?」
恐る恐る訪ねた。九条さんはキョトンとして私を見る。
「二手に分かれた方が効率的でしょう」
勘弁してくれ! 私は心の中で叫び眩暈を覚えた。
昼間ならまだしも、夜の学校内を一人で歩きまわれと? 首吊りの霊が出ることもわかっているのに!?
「どうしました光さん」
「私無理です! 学校ですよ? 夜ですよ? 一人なんて怖すぎます!」
「これだけ様々な霊をみてきたのにまだ怖いんですか」
「ええめちゃくちゃ怖いですよ!」
「変わった人ですね」
「どの口が言ってるんですか?」
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