上 下
58 / 448
目覚めない少女たち

証言2

しおりを挟む



証言②     調理室
 
 私は調理部に所属してます。週に一、二回放課後に調理をする部活で、ゆるい活動です。

 その日は確かブラウニーを焼いて、解散した後のことでした。あの、大体二時間もあれば終わる部活動なんです。時刻は多分夕方の六時くらいだったと思います。

 片付けも全て終わって、部活の友達と帰宅するために学校を出たとき、忘れ物に気がついたんです。調理室に置きっぱなしにしてしまったエプロンでした。

 友達はその場に待っててもらって、急いで調理室に走って行きました。もちろんもう誰も残っていない調理室に駆け込んで、置きっぱなしにしていたエプロンを取ったんです。

 よし、と思って、何も考えずに振り返りました。

 ごつん、と顔面に何かがぶつかって。

 びっくりして顔を引くと、目の前に革靴が見えたんです。私の視線の高さに、革靴です。

 人って驚くと思考回路停止するんですね……私はぽかんとしたまま、そのままゆっくりと上を見上げました。

 革靴、白い靴下、プリーツの紺色のスカート、長い黒髪。それをぶら下げる、白い紐が見えました。

 女の子が紐で首を吊っていました。ゆらゆらと小刻みに揺れる姿が今も忘れられません。

 私は声の限り叫んで、そこから飛び出しました。その、その時は本物の首吊り死体だと思ったんです。調理室に入るときは見えなかったのにとか、そんなこと気にする余裕もなくて。

 職員室に駆け込んで、目の前にいた東野先生に伝えて二人でまた調理室に走りました。先生もかなり緊迫した様子で走っていました。

 でも、調理室に戻ると誰もいませんでした。首吊りも何も。

 二人で色々確認して、それでも何も見つからなかった。東野先生はその時は、不思議だけど何かの見間違いじゃないかということになりました。絶対見間違いなんかじゃないと思うんですけど。

 納得できないまま帰宅しました。待っていた友達には話したけど、半分信じてないような感じでした。

 ただ、それから他にも首吊り死体を見たという生徒がいて一気に噂が広まったんです。今では、あの目を覚まさない生徒たちも首吊りの霊に呪われたんだとかみんな噂してます……。




「ふむ……」

 九条さんが腕を組んで唸る。山田さんは話し終えてほっと息をついていた。九条さんはすぐに質問を浴びせる。

「その目撃した時には、目覚めない生徒がいると知っていましたか」

「あ、はい……確か、一番最初に目覚めなくなった子が眠り始めて三日後だったと思います。ちょうどその日の朝、その子の噂を聞いたんです」

「首吊りの顔は見えましたか」

「いいえ、後ろ姿でした。長い髪の女の子で……」

「声や音は何か聞こえましたか」

「いや何も……」

「質問を変えます。今現在目覚めない四名の生徒たちをご存知で?」

 山田さんは首を振った。

「全員クラスも違うし、名前も今回初めて聞きました」

 九条さんが黙り込む。その沈黙を、山田さんは気まずそうにして待っていた。もじもじと座りながら必死に手を動かしている。

 そんな彼女がいじらしくて、私はなるべく柔らかい声で話しかけた。

「びっくりしちゃいますね、そんなの見たら……」

「あ、ほんとに。今でも鮮明に思い出せるんです、本当にリアルで、幽霊だっていうのも信じられないくらいで」

 話していて思い出してしまったのだろうか。彼女は自分の腕をさすった。普段視ない人が視えると、突然の恐怖に怯えてしまうのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。

 それでも、九条さんはお構いなしにいくつか山田さんに質問をし続けた。彼女も慣れてきたのか、次第にはっきりした声でハキハキと答えるようになる。

 この学校について、いじめの有無、教師たちについてなど、まるで尋問のように質問を繰り返す九条さんにやや呆れる。たっぷり二十分、山田さんは九条さんの質問に応え続けた。

「なるほど、よくわかりました。たくさん答えて頂いてありがとうございました」

 ようやく質問し終えたらしい。山田さんもほっと息をつく。それ以降どこかをみてぼうっとし始める九条さんに変わり、私が山田さんにフォローする。

「すごく助かりました、長々とありがとう」

「い、いえ役立ったのか……」

「もし他にも首吊りを見た知り合いがいたら、ここに来てもらえるよう言ってくれる? 休み時間とかでもいいし」

「あ、はい、わかりました」

 山田さんは立ち上がってペコリとお辞儀した。私も深くお辞儀する。

 彼女はそのまま教室から立ち去っていく。扉がパタンと閉められた。

 まだ十五、六の少女に容赦ない質問の嵐をぶつけた九条さんに少々小言を言ってやろうと向き直った瞬間、再び教室にノックの音が響いた。

「あ、はい!」

 私が返事をした瞬間、勢いよく戸が開く。そこから入ってきたのは、四人の女生徒だった。

「あのーー! 首吊り見た人はここで証言しろって聞いたんですけど!」

 山田さんとはまるで違うテンションで入ってきた子達に、目をチカチカさせた。顔を見るに、まるでタイプの違う子たちだとすぐにわかる。中央にいる子はセミロングの髪で、目立ちはしないもののうっすら化粧を施しているのが見えた。可愛らしい顔立ちの子だった。

 多分、私の学生時代の頃最も遠くにいたキラキラグループの女の子たちだ。こういう第一印象は、同じ女ならではの印象なのだろうか。

 九条さんがチラリとこちらを見る。その瞬間、四人は色めき立つように小さな声をあげた。

 さては。私は察する。九条さんをどこかで見て知っていたな? 顔だけは文句なしのポッキー星人に会うのを楽しみに来たに違いない。

 彼女たちは目をキラキラさせて九条さんを見ていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説家になるための戦略ノート

坂崎文明
エッセイ・ノンフィクション
小説家になるための戦略ノートです。『弱者のランチェスター戦略』を中心にして、小説を読んでもらうための『ウェブ戦略』なども交えて書いていきます。具体的な実践記録や、創作のノウハウ、人生戦略なども書いていきたいと思います。最近では、本を売るためのアマゾンキャンペーン戦略のお話、小説新人賞への応募、人気作品のネタ元考察もやってます。面白い小説を書く方法、「小説家になろう」のランキング上位にいく方法、新人賞で大賞を取る方法を考えることがこのエッセイの使命なんでしょうね。 小説家になろうに連載されてた物に『あとがき』がついたものです。 https://ncode.syosetu.com/n4163bx/ 誤字脱字修正目的の転載というか、周りが小説家デビューしていくのに、未だにデビューできてない自分への反省を込めて読み直してみようかと思います。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。