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目覚めない少女たち
証言2
しおりを挟む証言② 調理室
私は調理部に所属してます。週に一、二回放課後に調理をする部活で、ゆるい活動です。
その日は確かブラウニーを焼いて、解散した後のことでした。あの、大体二時間もあれば終わる部活動なんです。時刻は多分夕方の六時くらいだったと思います。
片付けも全て終わって、部活の友達と帰宅するために学校を出たとき、忘れ物に気がついたんです。調理室に置きっぱなしにしてしまったエプロンでした。
友達はその場に待っててもらって、急いで調理室に走って行きました。もちろんもう誰も残っていない調理室に駆け込んで、置きっぱなしにしていたエプロンを取ったんです。
よし、と思って、何も考えずに振り返りました。
ごつん、と顔面に何かがぶつかって。
びっくりして顔を引くと、目の前に革靴が見えたんです。私の視線の高さに、革靴です。
人って驚くと思考回路停止するんですね……私はぽかんとしたまま、そのままゆっくりと上を見上げました。
革靴、白い靴下、プリーツの紺色のスカート、長い黒髪。それをぶら下げる、白い紐が見えました。
女の子が紐で首を吊っていました。ゆらゆらと小刻みに揺れる姿が今も忘れられません。
私は声の限り叫んで、そこから飛び出しました。その、その時は本物の首吊り死体だと思ったんです。調理室に入るときは見えなかったのにとか、そんなこと気にする余裕もなくて。
職員室に駆け込んで、目の前にいた東野先生に伝えて二人でまた調理室に走りました。先生もかなり緊迫した様子で走っていました。
でも、調理室に戻ると誰もいませんでした。首吊りも何も。
二人で色々確認して、それでも何も見つからなかった。東野先生はその時は、不思議だけど何かの見間違いじゃないかということになりました。絶対見間違いなんかじゃないと思うんですけど。
納得できないまま帰宅しました。待っていた友達には話したけど、半分信じてないような感じでした。
ただ、それから他にも首吊り死体を見たという生徒がいて一気に噂が広まったんです。今では、あの目を覚まさない生徒たちも首吊りの霊に呪われたんだとかみんな噂してます……。
「ふむ……」
九条さんが腕を組んで唸る。山田さんは話し終えてほっと息をついていた。九条さんはすぐに質問を浴びせる。
「その目撃した時には、目覚めない生徒がいると知っていましたか」
「あ、はい……確か、一番最初に目覚めなくなった子が眠り始めて三日後だったと思います。ちょうどその日の朝、その子の噂を聞いたんです」
「首吊りの顔は見えましたか」
「いいえ、後ろ姿でした。長い髪の女の子で……」
「声や音は何か聞こえましたか」
「いや何も……」
「質問を変えます。今現在目覚めない四名の生徒たちをご存知で?」
山田さんは首を振った。
「全員クラスも違うし、名前も今回初めて聞きました」
九条さんが黙り込む。その沈黙を、山田さんは気まずそうにして待っていた。もじもじと座りながら必死に手を動かしている。
そんな彼女がいじらしくて、私はなるべく柔らかい声で話しかけた。
「びっくりしちゃいますね、そんなの見たら……」
「あ、ほんとに。今でも鮮明に思い出せるんです、本当にリアルで、幽霊だっていうのも信じられないくらいで」
話していて思い出してしまったのだろうか。彼女は自分の腕をさすった。普段視ない人が視えると、突然の恐怖に怯えてしまうのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。
それでも、九条さんはお構いなしにいくつか山田さんに質問をし続けた。彼女も慣れてきたのか、次第にはっきりした声でハキハキと答えるようになる。
この学校について、いじめの有無、教師たちについてなど、まるで尋問のように質問を繰り返す九条さんにやや呆れる。たっぷり二十分、山田さんは九条さんの質問に応え続けた。
「なるほど、よくわかりました。たくさん答えて頂いてありがとうございました」
ようやく質問し終えたらしい。山田さんもほっと息をつく。それ以降どこかをみてぼうっとし始める九条さんに変わり、私が山田さんにフォローする。
「すごく助かりました、長々とありがとう」
「い、いえ役立ったのか……」
「もし他にも首吊りを見た知り合いがいたら、ここに来てもらえるよう言ってくれる? 休み時間とかでもいいし」
「あ、はい、わかりました」
山田さんは立ち上がってペコリとお辞儀した。私も深くお辞儀する。
彼女はそのまま教室から立ち去っていく。扉がパタンと閉められた。
まだ十五、六の少女に容赦ない質問の嵐をぶつけた九条さんに少々小言を言ってやろうと向き直った瞬間、再び教室にノックの音が響いた。
「あ、はい!」
私が返事をした瞬間、勢いよく戸が開く。そこから入ってきたのは、四人の女生徒だった。
「あのーー! 首吊り見た人はここで証言しろって聞いたんですけど!」
山田さんとはまるで違うテンションで入ってきた子達に、目をチカチカさせた。顔を見るに、まるでタイプの違う子たちだとすぐにわかる。中央にいる子はセミロングの髪で、目立ちはしないもののうっすら化粧を施しているのが見えた。可愛らしい顔立ちの子だった。
多分、私の学生時代の頃最も遠くにいたキラキラグループの女の子たちだ。こういう第一印象は、同じ女ならではの印象なのだろうか。
九条さんがチラリとこちらを見る。その瞬間、四人は色めき立つように小さな声をあげた。
さては。私は察する。九条さんをどこかで見て知っていたな? 顔だけは文句なしのポッキー星人に会うのを楽しみに来たに違いない。
彼女たちは目をキラキラさせて九条さんを見ていた。
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