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目覚めない少女たち

九条さんの学生時代

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 九条さんの運転する車に揺られ、私たちは一ノ瀬高校へ向かっていた。彼の車に乗るのはもう何度目か分からないほどで、その乗り心地にもだいぶ慣れてきてた。

「学校という場所についてどう思いますか」

 ハンドルを握ったまま九条さんが尋ねてくる。私は少し考えて答える。

「いいイメージはありませんね。経験上、よくないものを見ることが多いです。病院とかよりよっぽど」

「同感です。
 人が大勢集まるということも勿論ですが、やはり若くてパワーのある場所ですから、霊達も集まりやすいんですよね。楽しそうな声に惹かれてくる場合もありますし、昔から学校に怪談話が絶えないのにはちゃんと理由があります」

 自分の学生時代を思い出し、少し憂鬱になる。いじめられていたわけではないが、『どこか変わった子』の印象を払拭することは出来なかった。

 廊下や教室、様々なところに霊は溢れるくらいいる。それを避けて歩く私はまっすぐ歩くことさえ出来ない不器用な子だった。

 仲のいい友達は結局できないまま学生時代を終えたのだ。彼氏なんて、想像上の生き物くらいに感じていた。

 九条さんがいう。

「しかし……眠った後目覚めない、というのは聞いたことのない現象ですね。これは興味深い。まあ、それが怪奇によるものかどうかさえ分かりませんけど」

「そうですねえ……憑かれたとしても、眠り続けるなんて聞いたことないですね……あとは首吊りって言ってましたね。三木田さんの話によれば自殺者もいないっていうし、なんで首吊り……?」

 首を傾げて考える。これがここ最近、学校内で首を吊った人がいたというなら話は早いのだが。

 でも首吊りの霊だなんんて。私は身震いをする。やだなあ、グロテスクな格好だったらどうしよう。何かの本で、首吊り遺体って時間が経つとえげつないことになるっていうし……。私はやや寒気を感じた腕をさすりながらいう。

「気味悪いですね首吊りの霊なんて……私見たことありませんよ。樹海とか行けばたくさん見えるのかも」

「道端で首吊りの霊を見ることは確かにあまりありませんね」

「前から思ってたんですけど、九条さんって霊を怖いとか嫌だなとか思うんですか? いつでも平然としてますよね」

 隣の運転席を見る。整った横顔は、無表情で前だけを見ていた。

「まあ、私は霊たちも影としか見えないので。光さんのように鮮明に見えるのよりマシなのかもしれませんね」

「あ、そっか……」

「ただ、道端を歩いていて耳元で突然話しかけられたりすると驚きます」

「ひえええ! そ、そんな体験いや! そんな時どうするんですか? びっくりしますよね?」

「一瞬驚きますが無視を貫きます」

 すごいなあ、と感心した。きっと私なら叫び声をあげたりして、頭のおかしい子認定されること間違いない。

 ふと、頭の中に思い浮かんだ疑問をぶつけた。

「九条さんってどんな学生だったんです?」

「このままですよ。普通のそこいらにいる学生です」

「このままだとしたらそこいらにいない」

 冷静に少し低めの声で突っ込んだ。こんな美形の無表情、なのにど天然な男がそこいらにいてたまるか。

 しかし当の本人は心外だ、というように答える。

「何がですか。至って普通の人間ではないですか」

「え、本気で言ってますか?」

「まああらゆる点で不器用なのは自覚してますけど、これくら不器用な者は大勢いますよ、伊藤さんが器用すぎるだけです」

「不器用っていうか、なんてゆうか」

「はあ」

「……いいです、説明し難い」

 九条さんは不思議そうに少しだけ首をかしげた。

 どうやら自分が最高に変人だということの自覚はあまりないらしい。普通の人は5歳児向けのゲームに一日中ハマったりしないんだなあ。

「あ、見えましたねあれです」

 九条さんがいう。私が目を向けると、なるほどとても立派な校舎が見えてきた。

 高校自体は古くからある学校だが、ここ数年で立て替えたらしい、新しくきれいで、おしゃれな外観をしている。白い壁が眩しいほどだ。

「なんていうか、首吊りの霊を見るってなれば古い校舎を想像しちゃうけど新しいんですよねえ。アンバランス」

「古い校舎となれば雰囲気も出るのですがね。さあ駐車して一旦三木田さんと合流しましょう。さまざまな手配が間に合っているといいのですが」

 九条さんは車を駐車場へと入れ、空いている場所に停める。とりあえずは私も荷物を持たずに車から降りた。広々とした駐車場には多くの車が見える。遠くから笛の音が鳴り響き、一気に懐かしさに襲われた。体育の授業で使われているのだろうか。

 校舎の裏側のようだが、果たしてどこから入ればいいのかと二人で当たりを見渡す。その時、一人の男性が校舎からできてきたのが見えた。

 年は三十歳くらいだろうか。上下紺色のジャージを身に纏っていた。短髪で肌も健康的に焼けており、服の上からでもわかるガタイの良さからして、体育教師かもしれなかった。

 彼は私たちめがけて小走りで近寄ってくる。白い歯を見せて、彼は笑顔で話しかけてきた。

「こんにちは! もしかして九条さんですか?」

「ええ、そうですが」

「よかった! ご案内します」

 ハキハキと通る声に爽やかな笑み。九条さんや伊藤さんとはまた違うタイプの、でも女性に非常にモテそうな人だった。スポーツマンタイプ、というやつか。

 彼は丁寧に頭を下げて、自己紹介をした。

「僕はここに勤めてます、東野といいます。体育教師をしています。三木田より九条さんたちの案内係を任されまして。専用の部屋も準びしてますから」

 東野さんはやはり体育教師のようだ。私は当たっていたことになぜか喜ぶ。九条さんは一つ頷くと、いつものように抑揚のない声で言った。

「今回調査を承りました九条です」

「あ、黒島です」

 慌てて私も続く。東野さんは私を見て、一瞬意外そうな表情をした。が、すぐに笑う。

「よろしくお願いします! こちらへどうぞ」

 東野さんに言われるがまま三人で足を踏み出した瞬間、懐かしいチャイムの音が鳴り響いた。



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