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目覚めない少女たち

平穏な事務所

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 季節は春を迎えようとしていた。

 過酷な冬をこえて暖かな日差しを感じることが増えていた。それでも夜になればぐっと冷え込む季節。テレビは新生活を迎える新社会人たちへ、ためになる家電や生活術などの特集を組んでいた。私は決して新社会人などではないが、その情報は非常に役立った。

 新しい場所に就職して一ヶ月が経つ。私が今現在勤めているのは、『心霊調査事務所』だなんていう変わった所。以前の自分なら、その怪しさに呆れ返っていただろうが、詐欺でもなんでもないちゃんとした所だと胸を張って言える。

 心霊調査事務所という名前は、事務所の前に看板があるわけでも、はたまた公式ホームページなどに載っているわけでもない。殆どが人から人へのクチコミか、ネット上にこっそり書き込まれる噂や評価を見て訪ねてくるという変わったところだ。それでも、ここに来て思っていた以上に依頼がきたことには驚かされた。

 無論毎日ひっきりなしに依頼が来るわけではない。それに依頼をこなすのには時間がかかるので次から次へとこなせるわけでもない。

 最長一週間。この一週間は結構堪えた。それは事件の内容のせいでもあるのだが、調査が終わって久々に家に帰ったその日は半日以上も寝てしまった。

 最短二十分。先日のことだった。ある家から、「怪奇現象が起こる」という依頼をもらって訪ねてみれば、その家の和室の扉を開けた瞬間、部屋の真ん中に女の霊が正座していたのは驚かされた。

 しかも、こちらが話しかけて話を聞いてみれば、自分が死んだことに全く気がついていないというパターンだった。まるで普通の人間のように、「ええ、そうなんですか!」だなんて反応して、そのまま消えていった。理解よすぎ。

 二十分での解決に、依頼主もやや疑わしい目で私たちを見ていたがその後怪奇現象は治ったらしい。楽な仕事だった。

 そう言った事件を、私が事務所に入って七件こなした。月にたった七件かと思ったそこのあなた、よく考えて欲しい。周りに怪奇現象に悩む人なんてなかなか出会ったことないでしょう? そうそう怪奇とは出会わない。それに悩む人たちが一月にこんなに来てくれたなんて私にとっては驚きだ。

 だが、どうもその月は依頼が多い方だったらしい。月によって数はバラバラだとのこと。それもそうだ。

 数をこなしたおかげで、少し調査の流れも分かってきたが、慣れてはいない。いつだって霊と会うのはドキドキするし怖いのは変わらない。

 それと、霊以上に慣れない相手と常に一緒なのもさらに私を緊張させる。




「おはようございます」

 目の前の扉を開くと、まだ事務所には誰もきていなかった。春を目前と言っても流石にひんやりとした気温なので、無人のそこに暖房をつけておく。

 私は持ってきた荷物を近くのテーブルに置き、とりあえずソファに腰掛けた。一人きりの空間で大きな伸びをする。

「おっはようございまーす!」

 背後から声が聞こえてきたので振り返る。そこにはいたのは、伊藤陽太さんだった。朝から爽やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。

「伊藤さん、おはようございます」

「おはよー相変わらず早いね。もっとゆっくりでいいのに」

「ここ数日は依頼ないから帰るのも早いし朝も早くに目が覚めちゃうんですよね」

「あーまったりできるうちにしといた方がいいよ。依頼入ったら光ちゃん大変なんだから」

「いえ、調査中ほとんど九条さんの指示に従ってるだけですから……」

「その九条さんがとんでもない野郎じゃない。光ちゃんじゃなかったら逃げ出してる人たくさんいるよきっと」

 伊藤さんはデスクの上に荷物を置くと羽織っていた上着を脱ぐ。困ったように話すその表情につい笑ってしまった。

「まあ、分かりにくいですよねえ九条さん。私も最初引いてたから分かります」

「僕は今でもよくドン引いてるよほんと」

 そんなことを言いながらも、いつも九条さんの世話を嫌な顔せずにしてるのは伊藤さんだ。根っからの世話焼きな性格もあるだろうけど、多分なんだかんだ九条さんという人間のことが好きなんだとは思う。

 正反対すぎていいコンビだと感じる。


 伊藤さんは近くに椅子に勢いよく座ると、くるりと回転して大きな欠伸をした。

「あれ、ところで九条さんへのコールは今日は済んでるんですか?」

 朝が弱い(弱いなんてもんじゃない)九条さんにモーニングコールをするのは伊藤さんの仕事だった。なかなか起きないらしく、何度もかけねばならないので、伊藤さんは事務所に来てからも携帯を片手に呆れていることが多々あるのだ。

 ああ、と伊藤さんは答える。

「珍しいこともあるもんでさ、今日ワンコールで起きたの。雪降るかな?」

「あはは! 確かに珍しいですねそれ」

「毎日こうであってほしいよほんと、もう」

 そう言いながら伊藤さんは目の前にあったパソコンの電源をつける。さて私も何か雑用でも、と立ち上がったときだった。

 事務所の扉が開く。ぬっと顔を出したのは噂の九条さんだった。

「あ、九条さん、おはようございます」
 
 私は声をかける。彼はまだ少し眠いのか、小声で挨拶を返してきた。

 黒いパンツに白いセーター。いつもこの人は白か黒の服しか身につけない。肌は白いし髪は黒いしで、全身モノトーンだ。

 そんな簡素なファッションでも気にならないくらい、彼は顔面というお洒落度が満点だ。眠そうなその表情ですら絵になる。そんな顔を見ただけで、密かに胸が鳴ってしまう自分がいた。

 九条さんはゆらりと事務所に入ってくる。相変わらず髪の毛は濡れていた。朝シャワーを浴びて髪も乾かさずに出社するからだ。

 背後から伊藤さんが声をかける。

「おはようございまーす! 今日珍しくワンコールで出ましたね、何かあったんですか?」

 九条さんは黒い革のソファに近づき、すぐに腰掛ける。ゆっくり首を回しながら答えた。

「ええ、というのも今日は朝の四時から起きてまして」

「え! なんでそんな早くから?」

「昨晩、暇だったので生まれて初めて携帯ゲームとやらをやってみたんです。それが思った以上にハマってしまいまして、多分その続きがやりたくて目が覚めてしまったようです」

 私と伊藤さんは顔を見合わせる。九条さんが、携帯ゲーム?

 それは確かに珍しいというか想像つかない姿だった。私からすれば、九条さんは仕事中も伊藤さんと情報を共有するために電話かメールをするくらいで、他に触っている姿は見たことがない。

 事務所に置いてあるパソコンにも、彼が触っている姿は見ない。

 九条さんといえば無趣味で何事にも無関心だ。ポッキーと仕事に関してだけ熱意があるが、そのほかは今までよく人間として生きてきたなと呆れてしまうほどの人だ。

 そんな九条さんがゲームにハマる! なかなか人間らしいではないか。
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