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光の入らない部屋と笑わない少女

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「おはようございまーす!」

 朝、疲れた顔をした私のいる部屋に入ってきた伊藤さんは、両手に沢山紙袋を持っていた。

 リナちゃんたちと静かな朝食を取った後、控え室でぐったりしていた私の元に、迎えに行った九条さんと伊藤さんが顔を覗かせた。ちなみに九条さんは全然疲れているそぶりは見えない。

 伊藤さんは相変わらずの癒しオーラをまとい笑顔で私を見た。それだけで心が安らぐ。あれだ、伊藤さんって動物の癒し動画と同じものを感じる。

「伊藤さん……! おはようございます……!」

「おはよー! あらら疲れてるねぇ光ちゃん。九条さんと光ちゃんにも差し入れ買ってきたよ、エナジードリンクでも飲んでおきな! 九条さんには着替えとかも持ってきましたよ、もう、光ちゃんみたいに自分で用意してくださいよー」

 狭い部屋に一人男性が増えて更に狭くなるが、そんなこと何も気にならなかった。持っていた袋から、食べ物や飲み物などを取り出して並べる。勿論ポッキーはあって、九条さんは一番にそれを手に取って封を開けた。

「今回はエサ要員じゃないらしいから僕ウキウキで来ちゃったよ」

 伊藤さんは笑顔で言う。彼はかなり『引き寄せやすい体質』らしく、霊を誘きよすために現場に来ることが時々ある。とてもよく効く御守りで普段は寄せ付けないようにしてるらしいのに、あえてそれを置いてくるらしい。体を張っている。

 九条さんはポッキーをかじりながら言う。

「むしろ今回は相手がやや得体の知れない感じがありますから、決して御守りは離さないでください。危害が及ぶ可能性もありますから」

「はーい」

「伊藤さんには私と黒島さんがお手上げのコミュニケーションを」

「僕子供好きですよ~」

 想像通りの言葉だった。勝手なイメージだけれど、好きであってほしいと思った。

 伊藤さんは困ったように頬をかく。

「……とは言っても、今回は大分訳ありみたいですからねぇ。僕もお役に立てるかどうか。あ、お菓子は色々買ってきました! 経費で」

「はい、ありがとうございます」

「おもちゃとかも考えたけど、九条さん曰く興味なさそうっていうから。話せないっていうし、あんまり期待出来ないと思いますけど……」

 自信なさげな伊藤さんに、私は微笑みかける。

「大丈夫ですよ、伊藤さんがダメならきっと人類みんなダメです」

「めちゃくちゃ大袈裟だね」

 つい笑ってしまう。だって本当にそう思う、伊藤さんほど柔らかい人って見たことないもの。

 ……とは言っても、さすがにあのリナちゃん相手では伊藤さんのパワーも無駄になるかなぁ。そう私は思っていた。

 この後、伊藤さんパワーに驚愕することとなる。





「うちのスタッフです、伊藤です」

「おはようございます! 伊藤です、岩田さん電話でお話ししましたよね」

 リビングに入り、まず伊藤さんは岩田さんに挨拶をした。岩田さんは疲れた顔でダイニングテーブルに座っていた。立ち上がり、丁寧に頭を下げる。

「ああ。電話で対応して頂いた……岩田友子です」

「僕は全然視えないタイプなので雑用ですが、よろしくお願いします」

「はい、お願いします」

 伊藤さんは簡単に挨拶だけを済ませると、早速奥の赤いソファに座るリナちゃんを見た。リナちゃんはいつものように犬のぬいぐるみを持ったまま、テレビのアニメを眺めていた。

 伊藤さんは買ってきたお菓子を確認し、ゆっくりリナちゃんに近づいた。そして特に許可を取る事なく、彼女の隣にぽすんと腰掛けたのである。

 岩田さんと九条さんと私は、それを無言で見ていた。岩田さんは特にハラハラしながら見ているようだった。

 伊藤さんはしばらく何も言わずにリナちゃんの隣でアニメを眺めていた。そしてCMに入ったところで、隣のリナちゃんに笑いかけた。

「これ知ってるよ、確か真ん中の赤い女の子がロンドちゃん、だっけ? リボンが可愛いよね」

 リナちゃんはゆっくりゆっくり、伊藤さんに振り返る。いつもの無表情で彼を見上げた。

 「あ、初めまして。僕は伊藤陽太、九条さんたちのお友達だよ。よろしくねリナちゃん!」

 屈託のない笑顔で告げた。リナちゃんは何も返さずただ伊藤さんを見上げている。

 笑顔の伊藤さんに無表情のリナちゃん。大変チグハグなコンビがそこにいる。

「このお家で起こっている不思議なことを調べにきたよ。解決したくて。リナちゃんがもし困ってることがあるなら、助けられたらいいなぁ」

「…………」

「あ、僕青のマロンちゃん好きだなー。リナちゃんはやっぱり、ロンドちゃんが好き?」

 アニメについて、調べてきたのだろうか。気がきく彼ならありえると思った。

 そしてそのアニメトークに気が緩んだのだろうか。まさかのリナちゃんは、ほんのわずかにだが小さく頷いたのだ。

……え、今、頷いた!? フィナンシェないのに!?

 私は目を擦って二人を見つめ直した。嘘だ、まさかそんな!

 伊藤さんはニコニコしながら続けた。

「そっかー可愛いよね! あ、そうそう、お土産持ってきたんだ。甘いものは好き?」

 リナちゃんは再び小さく頷いた。

「よかった! チョコレートとかケーキとか、僕も好きだからたくさん買っちゃった。一緒に食べていい?」

 頷く。

「あ、食べ過ぎはダメだよね、あとで歯磨きしようね~」

 しっかり頷いた。

 ……信じられない。

 私は驚愕の目で彼を見た。

 伊藤さんは凄い人だ、優しいし可愛らしいし、気がきくし温かいオーラだし。大体の人は彼に会うとほほが緩むはずだと分かってはいる。

 でもでも、まさかあのリナちゃんもこんな短時間で打ち解ける!? まだ会って数分じゃない、せめて時間かかって打ち解けるなら分かるけど!
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