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光の入らない部屋と笑わない少女

不気味な夜

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 突如プツン、とモニターの画面が真っ暗になった。ガチガチに固まった恐怖の顔の自分がそこに映る。情けないほど震えている。

 はっとして顔を上げると、コンセントを握りしめていた九条さんが厳しい顔で私を見ていた。

「……あ、九条、さ……」

「中々面白いことになっていたようですね、何度も呼びかけたのに全く返事も返ってこないとは」

「え……? 全然、気づかなかった……」

 安堵感からか、一気に全身の力が抜ける。その場に崩れ落ちるように寝そべった。

 なんか、……疲れた……

 九条さんは抜いたコンセントを再びさした。

「何があったんですか、入られたわけではなさそうですね」

「……昨日の映像を見返していたんですけど……」

「着物を着た女性のシーンですか」

「はい」

 ぐったりしている私の隣で、九条さんは再びモニターの電源を付ける。

「それで何が」

「巻き戻して繰り返し見ているうちに、女の人がどんどん変化していったんです……最初は顔もよく見えなかったのに次第にクッキリ映るようになって、最後はこっちに歩み寄ってきて……」

「なぜ途中で私を待たなかったのですか」

「体がもう言うことを聞いてくれなくて」

「それはもはや入られる直前でしたね」

 九条さんは淡々と言いながら再び映像を再生する。私は飛び上がって注視した。だがしかし、再生された映像は昨晩見たものに戻っていた。リナちゃんが寝転ぶ瞬間一瞬だけ映り込む、ぼんやりとした女性。

 私ははあと息を吐く。

「戻ってる……」

「どんな顔でしたか」

「こう、一重のキリッとした目に赤い口紅を上品に乗せた美人さんで、こっちの身が引き締まるような厳かな感じが」

「昨夜から思ってましたが、これ普通の恨みや悲しみを抱いただけの霊ではないですね」

 私は隣の九条さんを見る。風呂上がりで髪が濡れたまま彼は続ける。

「まあ、彼女はどこか怒っているようには感じますがそれが原因で現世に残っているとは到底思えない」

「それは同感です。今まで見てきた霊たちの、こう、強い怒りや悲しみとかとまるで違うように思います」

 九条さんは考え込むように腕を組む。髪から水滴が落ち襟を濡らした。あまりに凄い勢いで水が落ちていくもんだから、少し気になった私は、近くの鞄からタオルを取り出し彼の肩にかける。もう少ししっかり拭けばいいのに。

「どうも」

「びしょびしょですね、もう少し拭いてください」

「そのうち乾きますから」

 想定内の返答に呆れながら、それでも真剣に考えている横顔は真面目でキリッとしていて、ちょっと見惚れてしまったのは否めない。

 九条さんは顔を上げて頬をかいた。

「とりあえず撮影を今夜も続行します。そして今日は岩田さんがうなされたら部屋に入りましょう。
 霊本人に要望を直接聞いてみることにしましょう、この様子を見るに我を失うほど怒ってるわけでも悲しんでるわけでもない。会話が成立する可能性も」

 そう彼は言った。




 再び夜が訪れる。

 九条さんと交代で仮眠を取り、空いた時間はめげずにリナちゃんに話しかけてみたりと働いたがその効果は一向に現れなかった。

 リナちゃんはピクリと動く事もしなかった。まあ、もはやこれは想定内だった。

 21時を過ぎると昨晩と同じように岩田さんとリナちゃんが寝室へ入り、映像も暗視カメラへと変えられた。私と九条さんは狭い部屋で買い出ししてきた夜食を食べながらそれを眺め続ける。

 もはや私は疲労と眠気で頭がフラフラしてくるぐらいなのだが、九条さんは驚くほどシャキッとしていた。どうして事務所ではあんなに昼寝ばかりしてるんだろう。

『少し寝ていてもいいですよ』なんて珍しく私を気遣ってくれた彼の言葉に甘える事なく、私は目を擦りながら夜を越えていった。


 午前2時32分。それは昨夜と全く同じ時刻。

 突如カメラは唸り声をキャッチした。無論、岩田さんのものだった。

 私と九条さんは待ってましたとばかりに画面に食いつく。岩田さんの低い苦しそうな声がスピーカー越しに響いてくる。

「行きますか? 九条さん」

「岩田リナの行動だけ少し見ましょう。昨晩の様子を見るにうなされるのはしばらく続くはず」

 腕を組みながら瞬きもせずに画面をじっと眺めている九条さんに頷き返すと、私も画面をしっかり見つめた。

 今のところ、あの女の人が映る様子は見られない。

「……あ」

 小さな少女は、昨晩と同じようにゆっくりと起き上がった。そして足を下ろしてベッドから降り、また無言で苦しんでいる岩田さんを覗き込んだ。

「毎晩、こうなんでしょうか……」

「その可能性は高そうですね」

 もはや悲しい。どうして大好きなはずのお母さんにこんな事をしているんだろう。

 あの子の心の中に何がいるんだろう?

「行きましょうか」

 九条さんが立ち上がろうとした瞬間だった。画面で動かなかったリナちゃんが、ふいに顔を上げたのである。

 昨晩と違う行動に、私と九条さんはピタリと止まり画面に注目する。岩田さんはまだうなされている最中だ。

 リナちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。こちらは暗視カメラだから向こうの様子は見れるが、あっちでは殆ど部屋は真っ暗なはずだ。

 そしてふと、彼女はこちらをみて止まる。

 暗視カメラ特有の瞳が光るその映像にどきりとした。それは不気味の他何者でもない。

 リナちゃんはぺた、ぺた、とこちらに歩み寄る。

 私はつい少し後ずさった。隣にいる九条さんの袖を無意識に握ってしまう。

 リナちゃんは無表情でカメラに近寄る。手にはやっぱりいつものぬいぐるみを持っていた。そしてカメラに顔を寄せ、至近距離からこっちを見つめる。

 モニターの画面いっぱいに、少女の顔が映る。

「…………くじょうさ」

 もはや震える手で彼の袖を力強く握る。九条さんは何も言わずに険しい顔をしていた。

 ガタン、と画面が少し揺れた。リナちゃんがカメラを蹴るか握るかしたのかもしれなかった。

 暗闇の中で浮かぶ少女の顔は無だ。瞬きすらせず、ひたすらこちらを見つめている。そして次の瞬間、突然ぽっかりとその口を大きく開けたのだ。



「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



 意味のない、低い声が口から漏れた。
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