上 下
21 / 448
光の入らない部屋と笑わない少女

新依頼

しおりを挟む

 自分が食べるだけだと思って味見すらしてない適当な物。唐揚げなんて昨日の残り物だし。

 それでも昼食がない九条さんの願いを断れるわけもなく、私は持っていた箸を置いておずおずと弁当箱を差し出した。

「あ、味の保証はしませんけど……」

 声が小さくなっている自覚はある。だって、こんな形で手料理を食べられるなんて思ってもみなかった。

 そこまできて私は箸がないことを思い出す。事務所裏に割り箸でもないだろうか。

「あ、そうだ、箸を探して」

「どうも頂きます」

 九条さんはそう言って、置いてある私の箸を手に取った。そして私がぽかんとしてる間に、ひょいっと唐揚げを頬張ったのだ。

「…………」

「美味しいですね」

「…………」

「卵焼きも貰いますね」

 信じられない。

 この人。

 人の弁当分けてくれと言ったり箸を勝手に使ったり、人との距離感をまるではかれない。まだ知り合ってそんなに時間も経ってない相手なのに?

 自分の顔が熱くなるのを自覚する。照れるな、自分。九条さんは100%何も思ってないんだから。中学生でもあるまいし!
 
 固まってる私の横で彼は瞬時に食べ終える。そして机の上にあるラップに包まれたおにぎりを一つ手に取った。

「一つください」

「…………もう、お好きに……」

「ありがとうございます」

 そう言って九条さんは再びソファに戻り腰掛けると、テレビを見ながらぼんやりと私の作ったおにぎりを食べ始めた。

 悔しい、こういうシーンが無駄にドキドキさせられるんだから。慣れなきゃダメだ、九条さんにとっては通常運転なんだから。

 九条さんが置いていった箸を手に取り一瞬止まるが、なるべく平然を装ってそれで卵焼きを食べてやった。

 とりあえず、念のため明日はもうちょっとちゃんと作ろう。そう心に決めながら。







「ただいま戻りましたぁ~」

 伊藤さんの声が響いて私は顔を上げる。九条さんのポッキーをしこたま食べてやってる時だ。マイペース男へのちょっとした嫌がらせのつもりだったけど、戸棚のポッキーは少し食べたくらいでは何も変わらなかった。

 外はだいぶ寒かったのか、伊藤さんの鼻はほんのり赤くなっていた。ソファでテレビを眺めていた九条さんを見て、伊藤さんは安心したように言う。

「九条さん起きてたんですね!丁度よかった。さっき依頼の電話が来たんですよ」

 伊藤さんはそう言うと素早くコートを脱いで適当に置くと、パソコン前に座り込んで何かを入力し始めた。
 
 九条さんはテレビを切ってスッと立ち上がる。ようやくやる気が出てきたらしい。私も持っていたポッキーを置いて伊藤さんの側に近寄る。

 九条さんが伊藤さんに尋ねた。

「電話での依頼ですか」

「ええそうなんです。なんだかどうやらね、小さなお子さんがいるらしくてあまり外に出られないらしくて。直接来てくれないかと言われました。……あ、ここここ!」

 伊藤さんがパソコンの画面を指さす。どうやら、依頼人から聞いた住所を検索していたようだ。

 3人で顔を寄せ合って画面を眺めた。そこには、至って普通のマンションが映っていた。

「ここから結構近いところですよ、普通のマンションですね」

「依頼の内容は」

「それも来てから細かく話しますと言われたんですけどねぇ。
 6歳の娘さんについてらしいです。どうも様子がおかしいってのと、あとは夜にうなされるとか。寝ていると誰かの視線を感じて息苦しく、金縛りもあうようです」

「娘、ですか……」

 九条さんが腕を組んで考えるように唸る。

「どうやらシングルマザーなんですって。それで、娘さんの様子もおかしいから一人にさせておけなくてこちらに来れないとか。親とか頼れる人もいないって」

「なるほど」

 シングルマザー、という単語に少し心が揺れた。頼れる人もいない。それはまさしく、私と母の関係にソックリだったからだ。

 私もずっと母と二人の生活で、ほかに頼れる人なんていなかったから。

 伊藤さんはポケットからメモ用紙を取り出す。名前や住所、電話番号が書いてある。

 『岩田 友子』

 カチャカチャとキーボードを叩く音が響く。

「とりあえずこのマンションはそこそこ新しいですし誰かが死亡したとか、出るとか変な噂は見当たりませんけどね~……」

「まだあまりにも情報が少ないですね、まずは詳しく聞くところから始めないと」

 九条さんはそう言うと、私の方を見た。

「黒島さん、行けますか」

「あ、はいっ!」

 勢いよく返事をする。本採用されてからのはじめての依頼だ、気合を入れるなと言う方が無理だ。

 少し胸がワクワクした。正直今まで霊絡みで恐ろしい体験を多々してきたのに、結構自分は図太いと思う。それとも慣れたのだろうか。

 役に立ちたい。そう強く思っている。

「あーじゃあ僕、すぐに伺っていいか一度電話してみますから、その後に」

「分かりました。相手の許可が降りたら私と黒島さんで行くことにしましょう。黒島さんは準備をしてください」

「はい、着替えやポッキーの準備ですね」

「さすがです、ポッキーは忘れてはなりません」

 霊を観察しに行くのにポッキーが必需品だなんて笑えるが仕方ない。九条さんにとっては本当に重要な存在なのだ。

 伊藤さんが携帯を取り出して電話を掛けようとしているところに、私はふと思いついて話しかける。

「伊藤さん、裏にある美味しそうな焼き菓子とか貰ってもいいですか?」

「え?うん全然いいよ。お歳暮で貰ったやつだしいくらでも。調査中つまんでね」

「ありがとうございます。私じゃなくて、依頼人のお子さんに……物で釣るわけじゃないですけど、手土産あるとなしじゃ違うかなぁって」

  どんな事情があるかはまだ分からないが、6歳の女の子に話を聞くならば少しでも仲良くなれた方がいいと思った。見知らぬ男女が家に入ってきてはびっくりするだろう、一人は能面のような男だし。

 伊藤さんが感心したように腕を組んだ。

「あーやっぱり女の子ってそういう気の回り方が違うね~」

「気遣いの神様にそう言われるなんて」

「え?神様?」

「美味しそうなのちょっと持っていきますね」

「うんどうぞ~」

 私は事務所裏に入り、戸棚を開けた。ポッキーを取り出す時、他にも沢山お菓子があるのに気付いていたのだ。

 有名な焼き菓子が多く入っていた。まあ、本当なら頂き物をあげるなんて失礼だろうけど、買いに行く時間も無さそうだし仕方ない。

 美味しそうな物をいくらか近くにあった可愛らしい紙袋に詰めた。それから、調査に必要な物品も用意する。

 調査は泊まり込みが殆どだ。解決までにどれくらいの時間を要するかはその事例次第。次に自分の家に戻れるのはいつか分からない。

 そのため、お泊まりセットを持っていく必要があるのだ。下着や服の着替え、歯ブラシに洗顔、タオル。簡単に化粧品も用意する。

 無論、身だしなみに無頓着な九条さんは手ぶらだ。着替えなんてしなくても死なない、というのが彼の主張だ。イケメンの無駄遣いめ。

 大きな鞄に様々な物を詰めて出ると、丁度伊藤さんが電話を終えたところだった。

「すぐに来てくれって!僕はいつものごとく留守番してますから、何かあれば連絡くださーい」

 伊藤さんはそう言って、先程のメモを私に差し出す。住所をじっと見つめた。

 九条さんは行きましょう、と小さく言ってすぐに事務所を出ようとした。すると伊藤さんが慌てて付け加える。

「あ!一つだけ!
 どうも今回の依頼主さん、守秘について過敏です!何度も確認されました、今回の依頼について外に漏らさないようにって。何か事情があるのかもしれません」

 伊藤さんの言葉に、九条さんは少し考えるような素振りを見せたが、すぐに頷いて事務所の扉を開けた。私はその背中を慌てて追った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

てのひら

津嶋朋靖(つしまともやす)
ホラー
時は昭和末期。夜中にドライブしていた四人の若者たちが体験した恐怖。 夜間にドライブする時は気を付けましょう。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

ホラー小話

桃月熊
児童書・童話
軽い感じのホラーな作品集。 心理的ホラー多めです。

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
ミーナとレイノーは婚約関係にあった。しかし、ミーナよりも他の女性に目移りしてしまったレイノーは、ためらうこともなくミーナの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたレイノーであったものの、後に全く同じ言葉をミーナから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス1~3巻が発売中!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  第四巻は11月18日に発送。店頭には2~3日後くらいには並ぶと思われます。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍1~7巻発売中。イラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

今日の誤変換。

syarin
エッセイ・ノンフィクション
My誤変換集。 小説を書いている時に訪れる、作者のモチベやらリビドーやらを一瞬にしてリセットしてくれる、スマホの予測変換とタップミスの混合攻撃。 今までAndroid、iPhone、iPhone、と来て、Androidに戻ったせいなのか、端末がファーウェイなせいなのか、私が思うより少し下にアタリ判定される事が多く、しょっちゅうタップミスします。 1人で悶えていても何だか淋しいので今度から此処に貼り付けます。 全て運ですので不定期更新です。 良かったら、元ネタの小説も読んで頂けると嬉しいです。

怪異の忘れ物

木全伸治
ホラー
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた 「怪異の忘れ物」につきまして、 審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。 ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。 さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、 出版化は難しいという結論に至りました。 私どもはこのような結論となりましたが、 当然、出版社により見解は異なります。 是非、他の出版社などに挑戦され、 「怪異の忘れ物」の出版化を 実現されることをお祈りしております。 以上ご連絡申し上げます。 アルファポリス編集部 というお返事をいただいたので、本作品は、一気に削除はしませんが、順次、別の投稿サイトに移行することとします。 まだ、お読みのないお話がある方は、取り急ぎ読んでいただけると助かります。 www.youtube.com/@sinzikimata 私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。 ※タイトルに【音読済】とついている作品は音声読み上げソフトで読み上げてX(旧ツイッター)やYouTubeに順次上げています。 百物語、九回分。【2024/09/08順次削除中】 「小説家になろう」やエブリスタなどに投稿していた作品をまとめて、九百以上に及ぶ怪異の世界へ。不定期更新中。まだまだ増えるぞ。予告なく削除、修正があるかもしれませんのでご了承ください。 「全裸死体」、「集中治療室」、「三途の川も走馬灯も見なかった。」、「いじめのつもりはない」は、実体験の実話です。 いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。