完璧からはほど遠い

橘しづき

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その後の志乃と成瀬2

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「成瀬さーん? もう十一時になりますよ」

「うーんあと五分」

 私の呼びかけにも、彼は目を閉じたまま囁くので精一杯なようだった。気持ちよさそうに寝息を漏らしている。私はふうと息を吐いた。まあ、いいんだけどさ、日曜日だし。

 寝室を出てリビングに入る。あの様子じゃお昼ごはんの準備はまだまだしなくていいな、起きそうにない。

 さて時間が余っている。テレビでも見ようか、それとも? 考えたところで、ああお風呂掃除をやってしまおうと思った。私はそのままお風呂場に入っていく。洗剤を手に持ち、浴槽や床を洗い出した。

 成瀬さんと一緒に暮らすようになって少し。まだ慣れないぎこちなさがあるものの、楽しく過ごせている。

 彼は思ったより人間らしい生活を頑張ってくれているのが意外だった。ご飯はちゃんと食べてくれるし、掃除とかも分担してやってくれている。

 食事作りは絶対に私にお願いしたいと頭を下げられたので了承した。まあ、私もそのつもりだったし。

 部屋に掃除機をかける役割、そしてお風呂掃除をする役割は成瀬さんだ。言わなくてもちゃんとやってくれる。ほかにもゴミ出しや皿洗いなどなど。今までソファから一歩も動けなかった彼からは想像もつかない姿だった。

 ただ、一つ。やはりというか、彼は行動に移すのに大変時間がかかる。

 起き上がるのにかなりの気合を要するらしい。今日みたいに休みの日は昼まで起きてこれないし、平日だって一度ソファに腰かけてしまうと大変だ。動きたくないと嘆いている。まあ、今までの成瀬さんを見てれば安易に想像つく場面だとは思う。

 それでも掃除とか頑張ってくれてるのはありがたいし、生活費も私より多く入れてくれてるので何も不満はない。

 不満というより、心配だ。あれだけ動くのを嫌ってる人に頑張らせてしまって、無理してるんじゃないかなと思うのだ。私は今までの生活と大差ないけれど、成瀬さんは色々変わっているだろうから。

 


 と、いうわけで、休日くらい代わりに風呂掃除をやってあげよう、と思ったのだ。


 一通り掃除を終えリビングに入り時間を見てみると、正午が近くなっていた。ああ、いい加減お昼ごはんをなんとかしなきゃなと思っていると、背後からのそのそっという足音が聞こえてきた。

「ふああーおはよー」

 全然おはよう、の時間ではないのだが、成瀬さんはあくびしながら私にそう挨拶をしてくる。彼の前髪は寝ぐせで跳ねていた。笑って答えた。

「おはようっていうかこんにちはです」

「ほんとだー寝すぎた。はー歯磨きしてこよ」

 そう言って洗面所に消えていく。起きたばかりだし、昼食はもう少し経ってからかなあとソファに座って考えていると、しばらくして成瀬さんがやってきた。今度はしっかりした足音だった。

「ねえ、お風呂掃除ってした?」

「え? あ、さっき時間があったから」

 正直に答える。私はてっきり、ありがとうと感謝されるかと思っていた。成瀬さんは掃除が嫌いなはずだし。

 だが彼は予想外に、私の隣りに腰かけると、眉をひそめて言った。

「俺の担当だから、志乃はしなくていいんだよ」

「え、でも時間があったし」

「ぼーっと休んでればいいの。俺を甘やかしちゃだめだよ、そりゃなかなか起きなくて申し訳ないけど、起きたらちゃんとやるから」

「違うの、起きないから怒ってやったわけじゃないの! いつも頑張ってくれてるから」

「そんなの、ご飯いつも作ってくれてるし頑張ってるのは同じじゃん。
 そりゃ仕事が凄く忙しいとか、体調悪いときとかは協力し合えばいいよ。でもそうじゃないときに、どっちかが負担を大きくするのはよくない。志乃が大変になっちゃうよ」

 彼は真剣なまなざしでそう言う。私は俯いて答えた。

「だって……成瀬さん、無理してないかなあって。今まで動かない生活に慣れてたのに、ここにきて家事とかさせられて、こんな生活が嫌になったりしないかな、って」

 そう、私の本音はそこにあった。


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