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食べ物に罪はない
しおりを挟む言われた通り、二人で沙織の家に荷物を取りに行った。移動中、彼から細かな質問をされ、正直に答えた。今回ばかりは高橋さんの名前も出し、彼女に言われた様々な発言まで教えてしまった。
インターホンを鳴らして沙織を呼び出すと、扉が開いた瞬間彼女は時が止まったように固まった。そりゃそうだ、私の隣りには成瀬さんが立っていたのだから。
しかしすぐに状況を察したのか、驚きでふらふらしつつも沙織は私に親指を立てた。やったね、ご飯くんと結ばれた! おめでとう! というところだろうか。
成瀬さんは丁寧にあいさつをして(勿論仕事モードで)簡単に沙織に状況を説明、荷物を取りに来たことを告げた。成瀬さんが私と大和のことを勘違いしていたことを、沙織はどうやら感づいていたようだった。もしかして大和とのキスを見られたかも、というところまで予測していたらしい。探偵か。
私が荷物をまとめている間も、何やら二人で色々と話し込んでいるようだった。沙織のアパートを出た直後には、彼女から変なスタンプと共にメッセージが届いていた。
『成瀬慶一ゲットおめでとう!! 話せばわかった、これはいい男!
これで君もあの元カレからの呪縛に悩まなくてすむ! 今夜は燃えるね(ハート)』
家に戻った時、時刻は二十二時を回っていた。何もないあのマンションに戻ってくる。私は心臓を痛いほどに鳴らしながら帰宅した。持ってきた荷物をとりあえずリビングの隅に置き、ちらりと成瀬さんを振り返る。
彼は特に意識している様子はなかった。むしろ他ごとを何か考えているように真剣な表情でいる。私一人舞い上がっているんだろうか。
「あ、あの、成瀬さ」
「そうだ、お風呂先入ってね。あ、風呂沸かしたいかな? 俺いつもシャワーでさ」
「でしょうね、成瀬さんが浴槽洗ってる姿想像つきませんから」
「そこのところは任せるから、どうぞお先に」
自然な言い方でそう言われ、私は小声でお礼を言った後着替えを持って洗面所に行った。まあとりあえずね、お風呂ぐらいは入らないとね。
物が圧倒的に少ない洗面所で服を脱ぎ、そっと浴室へのドアを開けてみる。よくあるタイプの風呂場なのに、自分はなんだか恥ずかしくてたまらなかった。顔が熱い自覚がある、何を一人で盛り上がっているんだ私は!
とりあえずお湯を出して温まる。さてシャンプーを、と思ったところで、昨日は沙織に借りたので自分は持っていないことに気が付いた。
となれば……
「お、お借りしてもよろしいでしょうか……」
一人で返事のない質問を述べた後、置いてあったシャンプーを手に取った。特にこだわりもなさそうな、メジャーなところのシャンプーである。多分、薬局とかに一番目立つところに置いてあったから買った、とかだと思う。
ああでも、普段成瀬さんが使ってるシャンプーを借りるのって、なんか一気にこう、特別感が増すというか。私はにやける顔を抑えながら頭皮を洗いまくった。力が強すぎて皮膚を傷めるかと思った。それぐらい気合の入ったシャンプーだ。
それをお湯で洗い流し、気分が高揚したまま棚を見たとき、一気に冷静にさせられた。
コンディショナー……ない。
シャンプーしかない!
棚に置いてあるのは本当に必要最低限のもののみ。そりゃそうだ、あの成瀬さんがコンディショナーなんてしてるわけないじゃないか! めんどくさいもんね、ひと手間増えちゃうもんね! ってことは、シャンプーだけであの髪質を持っているのか? それ、狡い。
「うわあー! コンビニで買ってくればよかったあ!」
私は半泣きでそう呟いた。
もしかしたら大事な夜になるかもしれないのに、髪の毛キシキシだなんて! めそめそしながら体を洗い、お風呂から出る。服を着た後、以前一度使ったことがあるドライヤーを利用して髪を乾かした。水分が飛べば飛ぶほどわかる、コンディショナーの愛おしさ。指通りも悪いし広がってる。ああ、でもこれは自分のミスだなあ、成瀬さんが持ってるわけないって安易に想像ついたのに。
私はがっくり気分を落としながらリビングへ戻った。入浴する前の気分の盛り上がりはどこへ行ったやら。
てっきりソファで寝ているのかと思いながらドアを開けると、成瀬さんは珍しく寝そべっていなかった。彼はソファの上に胡坐をかき、ノートパソコンを膝の上に乗せていた。私を見てニコリと笑う。
「あ、おかえり」
「お、お先に頂きました……」
成瀬さんが家の中なのにちゃんと起きてるなんて、珍しい。こう見ると仕事中の成瀬さんを思い出してドキドキしてしまった。軽快なリズムでキーボードを叩いている。仕事の残りだろうか。
「成瀬さん、コンディショナー持ってないんですね」
「あーそういえばそうだったね、なくて困った?」
「困りました、髪の毛に指が通りません! 成瀬さんはどうしてそんなにサラサラヘアなんですか!」
「はは、俺は短いからねーごめんごめん気づかなくて。明日薬局で買ってきてあげるよ」
当然のように明日もここにいることが確定している。まあ分かっていたことだけれど、やっぱり成瀬さんの家に何泊もするなんていまだに心の準備が追いついていない。
もじもじしている私をよそに、彼はあっと声を上げて顔を上げた。
「飯まだ? えーとなんかあったかな」
「成瀬さんこそまだですよね? 以前私が持ってきておいた冷凍の物とか何かありませんかね」
「残ってるかも」
「見てみますね」
簡単に何か作りますね、なんて言えないのが特殊なところだ。成瀬さんの家には当然ながら食材なんてないし鍋すらないからね。チャーハン一つも作れない家ってのも珍しいものだ。
私は悩んだけど、捨てるのも勿体ないから高橋さんのカレーを頂くことにした。ぱっと見本格的でおいしそうだったしね。成瀬さんに食べてもらうつもりだったなら大分気合入ってるだろうし、食べ物を粗末にするのはよくないことだ。
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