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味がしないのは君のせい
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「お、お礼を言うのはこちらです」
「え? 何かお礼言われるようなことしたっけ俺。叱られてばっかかと思ってた」
「私と高橋さんが揉めてるとき……成瀬さんが庇ってくれました」
やや小声でつぶやくと、成瀬さんは思い出したようにああ、という。
「別にそんな」
「あの状況、私が圧倒的に悪にされちゃって……声を荒げたのは私が悪かったんですけど。でも、誰も何も聞かず高橋さんを信じてたから、成瀬さんが話を聞いてくれて嬉しかったです。ありがとうございました」
私は頭を下げる。成瀬さんは静かに水を飲みつつ答えた。
「別に大したことしてないよ。俺は普段から言ってるけど、佐伯さんは真面目で人の成功も喜べるいい人って分かってるからさ。故意に誰かを攻撃するなんて考えられないんだよね。厳しいならそれなりの理由があると思うし。でも、ちょっと安心したな」
「何がですか?」
「なるべく中立を保つつもりだったのに、佐伯さん贔屓になってた自覚があるから。俺と親しいって知られたくないのに、余計なことしちゃったかなって」
目を細めてそう言った顔を見た途端、心臓が突然暴れだした。
痛い。胸が痛い。さっきまでリラックスしてたのに、急に全身に力が入ってしまった。
一体どうしたというんだ、私は。
「い、いえ、全然大丈夫です! 感謝してるんです、本当に!」
「ならよかった。その後は困ってない?」
「指導係も変わったし、平穏な毎日です」
「そう。二人が揉めてた原因は何となく想像つく気もするけど……ここは知らないフリをしておくね」
先回りされ言われてしまった。成瀬さんには感づかれているかな、と思っていたのだ。
元カレが身近な子と浮気した、ということだけ伝えてあるが、その情報さえ知っていれば、私と高橋さんの関係は気づくだろう。今日言おうか迷っていた。
別にあえて言わなくていいよ、と伝えてくれているのだ。なんて気遣いが出来る人だろう。
ただ……成瀬さんには言ってしまいたかった気持ちもある。いやいや、話の内容が重すぎる、成瀬さんに申し訳ない。
しかし成瀬さんは、少し迷ったように私に尋ねた。
「ただ、一個だけ聞きたかったんだけど」
「え? はい」
「元に戻る可能性は、あるの?」
ふんわりとした聞き方だが、私は瞬時にそれを理解した。ハッとして目を丸くする。
正面にいる成瀬さんは、真剣な瞳の色で私を見ていた。その眼差しにまたもや自分の心臓は痛み、強く首を振った。
「いいえ! 絶対にありません」
一言ずつ噛みしめるように、私は断言した。
私は大和とよりを戻すことはない。絶対にだ。気持ちは完全に消え失せているし、想像すらつかない。
今はそれより、……それより。
真剣な顔だった成瀬さんが、ふわっと笑った。そこで自分もハッとし、彼から目をそらす。今、考えていたことを消し去るように、慌てて水を流し込んだ。
「そっか、佐伯さんに彼氏できたら俺、もうご飯もらえなくなっちゃうからね」
「なんだ、ご飯の心配してたんですか」
「うん、ご飯の心配も」
「も?」
「こうして佐伯さんと二人で過ごす時間がなくなるのも」
ついに心臓が壊れたかと思った。もはやドキドキしすぎて吐くんじゃないかと思うぐらいに暴れだした時、タイミングよく料理が運ばれてきた。私は話題が途切れたこと、料理に意識が移ったことで、この胸の痛みが少し落ち着いたことにほっとした。
置かれたピザは凄くおいしそうで、普段ならすぐにかぶりつくところだが、私はなぜかお腹がいっぱいだった。さっきまで空腹だったはずなのに、今は全身が何かに満たされ、食欲なんて吹き飛んでしまっていたのだ。
「え? 何かお礼言われるようなことしたっけ俺。叱られてばっかかと思ってた」
「私と高橋さんが揉めてるとき……成瀬さんが庇ってくれました」
やや小声でつぶやくと、成瀬さんは思い出したようにああ、という。
「別にそんな」
「あの状況、私が圧倒的に悪にされちゃって……声を荒げたのは私が悪かったんですけど。でも、誰も何も聞かず高橋さんを信じてたから、成瀬さんが話を聞いてくれて嬉しかったです。ありがとうございました」
私は頭を下げる。成瀬さんは静かに水を飲みつつ答えた。
「別に大したことしてないよ。俺は普段から言ってるけど、佐伯さんは真面目で人の成功も喜べるいい人って分かってるからさ。故意に誰かを攻撃するなんて考えられないんだよね。厳しいならそれなりの理由があると思うし。でも、ちょっと安心したな」
「何がですか?」
「なるべく中立を保つつもりだったのに、佐伯さん贔屓になってた自覚があるから。俺と親しいって知られたくないのに、余計なことしちゃったかなって」
目を細めてそう言った顔を見た途端、心臓が突然暴れだした。
痛い。胸が痛い。さっきまでリラックスしてたのに、急に全身に力が入ってしまった。
一体どうしたというんだ、私は。
「い、いえ、全然大丈夫です! 感謝してるんです、本当に!」
「ならよかった。その後は困ってない?」
「指導係も変わったし、平穏な毎日です」
「そう。二人が揉めてた原因は何となく想像つく気もするけど……ここは知らないフリをしておくね」
先回りされ言われてしまった。成瀬さんには感づかれているかな、と思っていたのだ。
元カレが身近な子と浮気した、ということだけ伝えてあるが、その情報さえ知っていれば、私と高橋さんの関係は気づくだろう。今日言おうか迷っていた。
別にあえて言わなくていいよ、と伝えてくれているのだ。なんて気遣いが出来る人だろう。
ただ……成瀬さんには言ってしまいたかった気持ちもある。いやいや、話の内容が重すぎる、成瀬さんに申し訳ない。
しかし成瀬さんは、少し迷ったように私に尋ねた。
「ただ、一個だけ聞きたかったんだけど」
「え? はい」
「元に戻る可能性は、あるの?」
ふんわりとした聞き方だが、私は瞬時にそれを理解した。ハッとして目を丸くする。
正面にいる成瀬さんは、真剣な瞳の色で私を見ていた。その眼差しにまたもや自分の心臓は痛み、強く首を振った。
「いいえ! 絶対にありません」
一言ずつ噛みしめるように、私は断言した。
私は大和とよりを戻すことはない。絶対にだ。気持ちは完全に消え失せているし、想像すらつかない。
今はそれより、……それより。
真剣な顔だった成瀬さんが、ふわっと笑った。そこで自分もハッとし、彼から目をそらす。今、考えていたことを消し去るように、慌てて水を流し込んだ。
「そっか、佐伯さんに彼氏できたら俺、もうご飯もらえなくなっちゃうからね」
「なんだ、ご飯の心配してたんですか」
「うん、ご飯の心配も」
「も?」
「こうして佐伯さんと二人で過ごす時間がなくなるのも」
ついに心臓が壊れたかと思った。もはやドキドキしすぎて吐くんじゃないかと思うぐらいに暴れだした時、タイミングよく料理が運ばれてきた。私は話題が途切れたこと、料理に意識が移ったことで、この胸の痛みが少し落ち着いたことにほっとした。
置かれたピザは凄くおいしそうで、普段ならすぐにかぶりつくところだが、私はなぜかお腹がいっぱいだった。さっきまで空腹だったはずなのに、今は全身が何かに満たされ、食欲なんて吹き飛んでしまっていたのだ。
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