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すがすがしい気持ち
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私はすぐに付け足した。
「あ、でも当然ですけど会社の人には誰にも言わないでくださいね!」
「え? なんで?」
「成瀬さんのご飯作ってるなんてばれたら私殺されますよ!」
「なんで俺のご飯作ったら殺されるの?」
きょとん、としてこちらを見ている。まじか、自分がどれほど影響力のある人間か自覚ないタイプなのか。女子たちの壮絶な取り合いも気づいてないのかなあ。
「……とにかく、秘密です」
成瀬さんはあっと思い出したように言う。
「それは全然いいんだけどさ、彼氏とか大丈夫? いい思いしないでしょ」
言われてつい視線を下ろした。苦笑しながら答える。
「彼氏は今、いません」
「え」
「昨日からいません」
ほとんど忘れていた大和と高橋さんのことを思い出す。すると成瀬さんの声が少しだけ低くなった。
「それは昨日、佐伯さんが珍しいミスをやらかしたことと関係ある?」
どきっとする。
緩んでいた気持ちが引き締まる。そのことで散々迷惑かけたのだ。社会人としてみっともないと自分でも思う。
私は静かに頭を下げた。
「プライベートと仕事をごっちゃにさせるなんて、本当に情けないです。すみませんでした」
「まあ確かにプライベートを持ち込むのはよくないことではある。でも、私生活あってこその仕事だ。私生活が充実してなければ仕事も上手く行かないのは当然のこと。
何かあったの?」
「……私の身近な子と、浮気されまして」
苦笑いして答える。高橋さんの名前は伏せておいた。同じ部署内の人に言うのはよくない、と微かな理性が働いたのだ。正直言えば、言ってやりたい気持ちは十分ある。
でももしかしたら、私の彼氏だと知らなかったのかもしれない。そうすれば悪いのは大和一人であって、彼女は騙されていたとも言える。
「すみません、それで上の空だったのは確かです。ちゃんと自分をコントロールできないうちは、休むのも手だと改めて痛感しました。たくさんご迷惑をおかけして」
「よかったじゃん」
言いかけている途中でそんな言葉が届き、私は驚きで顔を上げた。雑炊を食べ終わった成瀬さんは、胡坐をかいていた。微笑を浮かべ、彼は私を見ている。
「そんなくだらない男だって気づけて。知らないまま時間を無駄にするところだったっしょ? 浮気なんてする男、ろくな奴じゃない。結婚なんてしてしまってたら大事」
「まあ、それは、確かに……」
「だから今気づけてよかったよほんと。
すごく悔しいだろうけど、一番の復讐は佐伯さんが幸せになること。元カレにも浮気相手にも、それが一番辛いはず。忘れて佐伯さんがキラキラしてるのが一番堪えるはず。
辛いけど踏ん張ってみな」
そうきっぱり言い切ってくれた言葉は、すとんと自分の心に収まった。今の成瀬さんは、間違いなくいつもの成瀬さんだ。凛とした声、自信に満ちた言い方、誰しもが頷いてしまう説得力。
胸が熱くなる。なぜか泣きそうになってしまったのを隠すように俯き、何とかお礼を言った。
そうか、そうだ。私が余裕な顔して幸せになることが一番の復讐なんだ。あんなふうにミスをやらかすなんて、それこそ駄目なパターン。
私は私として輝かなきゃならない。それが一番いい方法なんだ。
「成瀬さん、ありがとうございます、私なんか吹っ切れ」
顔を上げてお礼を言いかけたとき、言葉を止めた。つい今さっきまできりっとしていた彼はいつの間にか床に寝そべっていた。床に頬をぴったり当て、幸せそうに目を閉じている。
おい。
「ああ……お腹膨れたら眠くて幸せ……俺もうちょっと寝るわ。佐伯さんは……財布からタクシー代と食費とか取って行ってね…………」
「だからあ! 知り合いでも人に財布なんて預けちゃいけません! まだ治り切ってないんですよ、こんな床で寝たら悪化します、ベッドに戻って!」
「もう無理……一歩も動けない……」
「起きてええええ!」
全身脱力してしまっている成瀬さんを必死に起こし、何とか立ち上がらせ寝室へ向かわせた。彼はもう半分夢の中のようで、目を瞑ったままのそのそと歩いて寝室へ入って行った。
ベッドにダイブしたのを見送ると、私はぜえぜえ言いながら食べ終えた後片づけなどをし、簡単にメモ書きを残すと、ようやく成瀬さんの家から出た。この一晩で起こったすべてが、いまだに信じられなかった。あの成瀬さんを看病したどころか、とんでもない一面を見てしまった。多分、会社の人に言っても信じてくれないだろう。
外に出ると寒さで肌が痛んだ。ぶるっと体を震わせながら、すぐ近くにある自分のアパートを目指して歩く。白い空を見上げると、自分の息がのぼって行った。
ああ、でもなんだろう。
すっごくすがすがしいや。
ミスはしてしまったけど、それは何とか大事にならなかったし。色々ありすぎて大和のことは忘れていたし。成瀬さんに言われたセリフにも救われたし。
昨日とはまるで気分が違う。
少しだけ微笑んで、私は足を速ませた。月曜からまた新たな自分として頑張るんだ、そう意気込んで。
「あ、でも当然ですけど会社の人には誰にも言わないでくださいね!」
「え? なんで?」
「成瀬さんのご飯作ってるなんてばれたら私殺されますよ!」
「なんで俺のご飯作ったら殺されるの?」
きょとん、としてこちらを見ている。まじか、自分がどれほど影響力のある人間か自覚ないタイプなのか。女子たちの壮絶な取り合いも気づいてないのかなあ。
「……とにかく、秘密です」
成瀬さんはあっと思い出したように言う。
「それは全然いいんだけどさ、彼氏とか大丈夫? いい思いしないでしょ」
言われてつい視線を下ろした。苦笑しながら答える。
「彼氏は今、いません」
「え」
「昨日からいません」
ほとんど忘れていた大和と高橋さんのことを思い出す。すると成瀬さんの声が少しだけ低くなった。
「それは昨日、佐伯さんが珍しいミスをやらかしたことと関係ある?」
どきっとする。
緩んでいた気持ちが引き締まる。そのことで散々迷惑かけたのだ。社会人としてみっともないと自分でも思う。
私は静かに頭を下げた。
「プライベートと仕事をごっちゃにさせるなんて、本当に情けないです。すみませんでした」
「まあ確かにプライベートを持ち込むのはよくないことではある。でも、私生活あってこその仕事だ。私生活が充実してなければ仕事も上手く行かないのは当然のこと。
何かあったの?」
「……私の身近な子と、浮気されまして」
苦笑いして答える。高橋さんの名前は伏せておいた。同じ部署内の人に言うのはよくない、と微かな理性が働いたのだ。正直言えば、言ってやりたい気持ちは十分ある。
でももしかしたら、私の彼氏だと知らなかったのかもしれない。そうすれば悪いのは大和一人であって、彼女は騙されていたとも言える。
「すみません、それで上の空だったのは確かです。ちゃんと自分をコントロールできないうちは、休むのも手だと改めて痛感しました。たくさんご迷惑をおかけして」
「よかったじゃん」
言いかけている途中でそんな言葉が届き、私は驚きで顔を上げた。雑炊を食べ終わった成瀬さんは、胡坐をかいていた。微笑を浮かべ、彼は私を見ている。
「そんなくだらない男だって気づけて。知らないまま時間を無駄にするところだったっしょ? 浮気なんてする男、ろくな奴じゃない。結婚なんてしてしまってたら大事」
「まあ、それは、確かに……」
「だから今気づけてよかったよほんと。
すごく悔しいだろうけど、一番の復讐は佐伯さんが幸せになること。元カレにも浮気相手にも、それが一番辛いはず。忘れて佐伯さんがキラキラしてるのが一番堪えるはず。
辛いけど踏ん張ってみな」
そうきっぱり言い切ってくれた言葉は、すとんと自分の心に収まった。今の成瀬さんは、間違いなくいつもの成瀬さんだ。凛とした声、自信に満ちた言い方、誰しもが頷いてしまう説得力。
胸が熱くなる。なぜか泣きそうになってしまったのを隠すように俯き、何とかお礼を言った。
そうか、そうだ。私が余裕な顔して幸せになることが一番の復讐なんだ。あんなふうにミスをやらかすなんて、それこそ駄目なパターン。
私は私として輝かなきゃならない。それが一番いい方法なんだ。
「成瀬さん、ありがとうございます、私なんか吹っ切れ」
顔を上げてお礼を言いかけたとき、言葉を止めた。つい今さっきまできりっとしていた彼はいつの間にか床に寝そべっていた。床に頬をぴったり当て、幸せそうに目を閉じている。
おい。
「ああ……お腹膨れたら眠くて幸せ……俺もうちょっと寝るわ。佐伯さんは……財布からタクシー代と食費とか取って行ってね…………」
「だからあ! 知り合いでも人に財布なんて預けちゃいけません! まだ治り切ってないんですよ、こんな床で寝たら悪化します、ベッドに戻って!」
「もう無理……一歩も動けない……」
「起きてええええ!」
全身脱力してしまっている成瀬さんを必死に起こし、何とか立ち上がらせ寝室へ向かわせた。彼はもう半分夢の中のようで、目を瞑ったままのそのそと歩いて寝室へ入って行った。
ベッドにダイブしたのを見送ると、私はぜえぜえ言いながら食べ終えた後片づけなどをし、簡単にメモ書きを残すと、ようやく成瀬さんの家から出た。この一晩で起こったすべてが、いまだに信じられなかった。あの成瀬さんを看病したどころか、とんでもない一面を見てしまった。多分、会社の人に言っても信じてくれないだろう。
外に出ると寒さで肌が痛んだ。ぶるっと体を震わせながら、すぐ近くにある自分のアパートを目指して歩く。白い空を見上げると、自分の息がのぼって行った。
ああ、でもなんだろう。
すっごくすがすがしいや。
ミスはしてしまったけど、それは何とか大事にならなかったし。色々ありすぎて大和のことは忘れていたし。成瀬さんに言われたセリフにも救われたし。
昨日とはまるで気分が違う。
少しだけ微笑んで、私は足を速ませた。月曜からまた新たな自分として頑張るんだ、そう意気込んで。
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