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幼き頃の誕生日

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 私はにこりと笑って見せた。

「畑山さん。この前の食事会で、玲が言ってました。自分を育てたのは家政婦さんと畑山さんだって。玲ってどんな子供だったんですか?」

 彼女は驚いたように目を丸くした。そして戸惑いつつ答える。

「玲さんがそんなことを? 大げさな……言いましたが、とても優秀な子でした。そのせいで私の方も熱が入り、厳しくしてしまった自覚があります。でも絶対彼はへこたれませんでしたし、学校で百点を取ると絶対に誇らしげに報告してきたものです」

「あは、玲のどや顔想像つく」

「でも思えば、彼はきっと一番ご両親に褒めてもらいたかったでしょうね。ご両親はとても厳しい方だったので、学校のテストなんて簡単だから百点取って当たり前、という考えでした。何とかお二人の期待に応えたい、その様子がひしひしと伝わってきて、切なく思ったものです。その分私も褒めるようには努めましたが」

 ちくりと胸が痛む。その様子を想像すると、とても辛い。私も同じ経験があった。父は基本私達に無関心だったので、何をしても特別褒められたことはなかった。あっても、ギャンブルに勝って機嫌がよかったときだけだ。

 褒められない子供の心の虚しさを、私は知っている。

「とにかくご両親の期待に応えたいと必死になってきた様子を知っていたので、なおさら結婚の件は驚いたんです。でも今思えば、それは玲さんの成長だったのかもしれませんね。誰かのためではなく、自分の気持ちに正直になったんですから」

「……玲のそばに、畑山さんがいてよかったと思いました」

 私が正直にそういうと、彼女は困ったように苦笑いした。そして懐かしむように言う。

「忘れもしない、彼が小学生の頃。その日は誕生日だったんですって。毎年、誕生日でもご両親は仕事で忙しく祝ってもらうことはなかった。でもその年は、皆揃ってお祝いできそうだと、とても喜んでいたことがありました。家政婦さんも気合を入れて食事の準備やケーキの準備をしたりして、私はよかったねと言って帰ったんですが」

「ですが……?」

 静かに瞼を閉じる。

「結局仕事が忙しいだのなんだので、お二人とも帰宅されなかったんですって。私は夜遅く、家政婦さんからの電話でそれを知って。どうか一緒に祝ってくれないかとお願いされたんです。もちろん了承して、再び玲さんのお家に伺って、皆で祝いました。圭吾さんもいましたよ。彼は喜んでましたが、心の底ではご両親がいなかったことがとてもショックだったでしょうね」

「そんな……」

 言葉もなかった。私は幼い頃から親に期待はしていなかったし、どこか達観していたのでそれはそれで楽だった。なんといっても勇太がいてくれたから、頑張る力になった。

 でも彼はどうだろう。帰るだなんて期待させておいて、当日裏切るなんて。子供心に傷ついたに違いない。

 玲とご両親には溝があるなと分かってはいたが、これは思った以上に深刻そうだった。

 畑山さんが咳ばらいをする。

「無駄話をしすぎました。つい熱が入ってしまって。今日の分を始めましょう」

「あ、ありがとうございました、なんていうか玲の事を知れてよかったです」

「ええ。今度の玲さんの誕生日、祝ってあげてください」

「え?」

「え?」

「え……ああー! はいはい、そうですね、そりゃもう盛大に祝いますとも、はい!」

 慌てて笑顔を取り繕って答えた。畑山さんはホッとしたようにし、すぐに授業を始める。私は涼しい顔をしてそれを聞いていたが、心の中では大混乱だった。

 玲の誕生日が近いということか!!

 畑山さんは私と玲が契約結婚だなんて知らないので、当然玲の誕生日を把握していると思っているのだろう。嘘だ、私ちっとも知らなかった。玲の誕生日がすぐそばなのか。

 彼とは愛で繋がった関係ではない。とはいえ、ここ最近は奴がちょっとはいい人なんだと分かってきたし、書類上だけでも夫婦なので、誕生日のスルーはありえないと思った。

 それになにより……さっきの話を聞いちゃったらなあ。

 祝ってあげたい、って、思っちゃうじゃないか。



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