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メロン

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「泣かなくていい。ていうかこんなことで泣くのかよ、お前あんだけ気が強いくせに」

「だって、今まで頑張ったのが全部台無しになっちゃった気がして。でも玲が励ましてくれたから、これはうれし泣き」

「だから励ましじゃねえって。悔しいけど立ち振る舞いも対応もパーフェクトだったんだよ。楓の出現は予想外だったが、ちゃんと臨機応変に対応できてた。やっぱりお前を選んでよかったよ」

 そんなことを言ってくれるけれど、これが励ましでないわけがない。落ち込んでいる私を何とかしようと彼なりに思ってくれているのだ。その優しさにハラハラと涙を零した。玲は困ったように眉を顰め、不愛想に言った。

「泣き止め、とりあえずシャワーに行け。その間に圭吾が着替えを持ってきてくれるだろ」

「うん、ありがとう……」

「ほらファスナー」

「ぎゃっ! だからそんな下の方まで下ろさなくてもいいってば変態!」

 いつかのように思いきりファスナーを下まで下ろされ、私は慌てて立ち上がった。そのままシャワールームに向かい、先に体を綺麗にさせてもらった。

 汚れてしまったドレスを優しく置き、とりあえず体だけでも綺麗にしよう、とお湯を出す。全身に熱さを感じると、頭が冴えていくような感覚になった。

 玲がああ言ってくれたんだから、励ましでもなんでも素直に受け取ろう。私は恥じるようなことをしたわけではないし、堂々としていればいいんだ。

 それにこれは終わりじゃない、間違いなく始まりなのである。これからやっと玲の妻として行動していくのだ。落ち込んでいる暇などない。

 一年。私は三千万の働きをするんだ。






「そんなことがあったんですか!? 舞香さん、お疲れ様です……大変でしたね!」

 帰りの車中、圭吾さんが哀れんだ声を出した。私と玲は並んで後部座席に座りながら、会場で起こった出来事を話していた。

 私ははあとため息をついて言う。

「女の子を助けられたのはよかったですけどね。自分のナリはあんな感じになっちゃって……ご両親はドン引きしてましたね完全に」

「気にすることないですよ。舞香さんは立派なことをしたんだから、胸を張るべきです」

 圭吾さんがきっぱり言い切ってくれたので、また自分の胸はすっと軽くなった。玲にも圭吾さんも言われると、なんだか心強いな。

 ほっとしている私を置いて、圭吾さんはハンドルを握りながら言った。

「しかし金城親子の参加も予想外でしたね」

 玲が答える。

「あの様子は全然諦めてないぞあれ。敵意ビンビンの目で見てきたし」

 あっと思い出す。そうだ、婚約者の楓さんについて、私は聞きたいことがあったのだ。玲に向き直り、率直な疑問を口にした。

「ねえ、楓さんめっちゃ美人だし玲の好きなメロンだったじゃん!?」

「はあ? メロン?」

「胸がメロンってことよ。どう見ても滅茶苦茶レベル高い女の子なのに、どうしてあんなに結婚を嫌がっていたの?」

「俺はメロン嫌いだよ」

「果実の種類はどうでもいいんだよ」

 玲は大きなため息をついた。そして少しだけ口を歪めながら、私に言う。

「お前気づかないか? あの短時間でもわかっただろう」

「え、何が? あれ偽物メロン?」

「メロンから離れろよ。あいつはな……
 圧倒的に性格が悪い」

 てっきり何か凄い秘密などが出てくるのかと思った自分は、そんな普通の悪口が飛び出して少し拍子抜けした。だがそんな私を、玲は不満そうに見る。

「どれだけ可愛くてスタイルがよくてもあれは異様なまでの性格の悪さだ」

「玲に言われるとか世も末」

「俺の百倍は悪い」

「ひええ! それやばいじゃん!」

「その例えで納得するのかよ……」

 なぜか彼は不満げだが、だってそうじゃないか。玲は圭吾さんと違って結構性格歪んだ男だもん、その玲の百倍悪いって、サイコパスじゃん。

 しかし意外にも、圭吾さんも同意した。彼は悲し気な声で言う。

「今まで玲さんの近くにいる女性は悉く苛め抜かれ、嫌がらせをされ、すぐに玲さんのそばからいなくなりました……」

「えげつないことしておいて俺の前ではあの甘ったるい声出すし」

「その割にはご本人は結構奔放らしく、色んな男性と密会しているようですし」

「人を見下すし世界は自分を中心に回ってると本気で思ってる。うちと結婚すれば金城家は勿論いい思いをするから何とか結婚まで持っていきたかったみたいだけど、俺はあんな恐ろしい女と一生添い遂げるなんて勘弁だね」

 二人から飛び出してくる楓さんの情報に、開いた口が塞がらなかった。あんな可愛い顔をしておいて、そんな恐ろしい人だったなんて。いやでも、やたら手を強く握られたし汚れた私を見て笑ってたけど……でもそこまでとは。

 さすがの玲も手に負えない、ということか。私はようやく納得した。虐めに耐えられぐらいガッツのある女じゃないと、玲の結婚相手は務まらないのだ。

「凄い人なんですね、楓さん……全然そんなふうに見えない……」

「見えるじゃん、性格の悪さが顔からにじみ出てるんだよ。あいつと結婚しろって言われた時頭が真っ白になった、楓の性格の悪さは一部の人間には有名だからな。知らない奴は騙されるだろうけど。だから、今日のお披露目で舞香との結婚を心から祝ってるやつらはきっと知ってるんだよ。逃げられておめでとう、という拍手だったわけだ」

「楓さんの性格の事、ご両親は知らないの?」

 私が尋ねると、玲はふいっと視線を外に向けた。流れる景色を見ながら、言葉を吐き捨てる。

「言ってみたけど俺の言葉よりあの女のぶりっ子を信じてる。俺の親に取り入るのが上手くてな」

「…………ええ」

 普通、息子の言葉より他人を信じるなんてありえるだろうか? 気づいていたけれど、勝手に結婚相手を決めたというし、玲の両親は中々酷い人たちだ。今日会ったのを思い出してみても、厳格そうな人たちだった。でも、パワーバランスは母親の方が強そうな感じが……。

「まあとりあえず、第一段階は終わった。これからだ」

 玲は足を組み替えてそう言った。そしてなぜか面白そうに口角を上げて笑っている。私は不安しかないのだが、なぜこの男は楽しそうなのだろう。

「玲、私今日色々やらかしちゃったし、今後大丈夫かな?」

「やらかしてない。見てろ、きっと今日頑張った成果をすぐに感じるはずだ」

「ええ……?」

「舞香は引き続き勉強を頑張れ、今度は知識の方だな。放っておいても、親たちは向こうから動いてくれる。しばらくしたらきっと何か声を掛けてくるはずだから、待っとけ」

 玲は涼しい顔でそう言った。私は不安でしょうがない顔をしており、二人とも対照的な表情だった。


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