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嵌められた

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 おじさんは私と玲の顔を何度も交互に見る。そして開けっ放しの口を何とか動かしながら、玲に尋ねた。

「ご結婚された……?」

「はい」

「まい、かさん? 楓さんではなく……?」

「ええ、妻の舞香です」

 玲はつかつかと私の隣りに移動し、慣れた動作で腰に手を回した。頭の中はパニックに陥るが、ここまで来たら乗るしかない。私は余裕の笑みを浮かべて挨拶をした。

「初めまして。妻の舞香です」

 おじさんは未だ目を見開いている。そして玲さんに恐る恐る尋ねたのだ。

「玲さん、楓さんはどうなさったのです? あなたが楓さんとの結婚を白紙にしたがっている話は有名でしたが、ついにそうなったんですか」

 そんな有名は話なのか?? 心の中でつい突っ込んでしまった。楓、という名が恐らく、玲の婚約者だった人なのだろう。玲が結婚したくないと断言していた相手だが、こんなおじさんの耳に入るくらい有名なのか。それとも、上級国民たちはこういう噂が回りやすいのだろうか。

 楓さん、一体どんな人なのだろう……。

「ああ、親も楓さんもまるで聞く耳を持ってくれなくて。困っているところに妻との出会いが」

「ほ、ほう」

「運命を感じて、そのまますぐにプロポーズを。小学生の頃の同級生なのです」

「ほう!」

「私の入籍を、両親はまだ知りません」

 その言葉でおじさんは完全に固まった。恐ろしい物を見たと同時に、とても面白い物を見つけたような、複雑な顔で玲を見上げている。

 玲はにこりと笑った。

「そろそろ報告しようと思っていたところです。両親にも、他の方々にも。田辺さんに一番最初に知られることになるとは」

 田辺さんは、何度か頷いた。そしてみるみるうちに顔を明るくさせ、口をにいっと大きく開けて笑いながら私と玲に勢いよく話し出した。

「ははあ、素晴らしい! 政略結婚を蹴って愛を選んだわけですな! 素晴らしい、なんてドラマチックだ! 今度の創立パーティーにはご参加を?」

「勿論、二人で」

「いやー素晴らしい! あそこには大勢集まりますからね、色んな人に披露できますな。これだけお綺麗な方なら、ご両親も納得するでしょう! 玲さんにそんなドラマがあったとは……」

「ありがとうございます」

「こりゃ映画化しそうですな、わはは! お二人が運命的な再会をして惹かれ合ったのだと、いろんな人に教えてあげなくては!」

「はは、恥ずかしいですよ」

「お二人のデートにうちの店を使って頂いてありがたい限りです! 今後もよろしくお願いします、私は応援してますよ!」

 田辺さんは玲の手をしっかり握って握手をすると、妙に嬉しそうにしながら出て行ってしまった。残された私は、呆然とそれを見送り、まず私の腰に回したままの玲の手をそっとつまんだ。

「玲」

「お前、汚いもの触るように摘まむな」

「どういうこと? 結婚のこと言っちゃっていいの? パーティーに参加するって何?」

 声を低くして睨みつけた。しばらく私との結婚は伏せておくって言ってたし、パーティーに出るなんて寝耳に水だ。

 玲はふんと鼻で笑いながら、私が摘まんだ部分を手で擦っている。

「今度うちの創立記念パーティーがあってな。せっかくデビューするなら華々しい方がいいだろ」

「待って、まだ一週間しか経ってないのに?」

「パーティーまではもう一週間あるから」

「無謀だよ! そんなこと急に今決められても」

「ここのレストランのオープンにはあの田辺って男が関わってて、彼はよくここに顔を出してるんだ。今日だって来ることは分かってた。俺がいるって知れば絶対挨拶をしてくる」

 彼がそう言ったのでぎょっとする。それってつまり、田辺さんが今日いるってことを分かってて来たの?

「ちなみにあの男、お喋りでスピーカータイプ。今日聞いたことは一瞬で色んな所に出回るだろう」

「ちょ……ちょっと待って、なんでこんなことを? 今日はちょっと練習するために来たんじゃないの!?」

 彼の言い方からすると、あの田辺って人にここで会い、私を紹介することを想定していたようだ。そうなれば一瞬でいろんな人の耳に入るということも分かった上で。多分、ご両親や楓という人にも伝わるのではないのか。

 玲は私を見下ろし、にやっと口角を上げた。

「お前は案外飲み込みも早いし、センスもあるみたいだからな。今日一日見てて分かった。もしヘマするようならディナーはキャンセルするつもりだったが、お前はもう外に出てもいい。まだ足りない部分はあと一週間で詰め込むんだ」

「無茶苦茶な!!」

「だがまあ、安心しろ。パーティーは俺も同席するしずっとそばにいるから、まだ完璧じゃなくてもフォローしてやれる。あまり気負わなくてもいい」

「ちょちょちょ」

「一週間後頑張れよ」

 軽々しく言ってくる男に眩暈を覚えた。だが倒れるわけにもいかないで、足に力を入れて踏ん張る。履いているピンヒールが折れそうなぐらいに。

 そして玲を見上げ思いきり睨みつけた。

「なんで私に言う前に他人に喋ったの? あのおじさんがいることは予想してたんでしょ?」

「決まってるだろ。お前が怖気づくと面倒だからだ。お前に選択肢はないんだ、俺が全て決める。どうせ一週間後に親に会わせるって言ったら、お前はまだ早いとか言い出すだろ」

「そりゃ、会うなら完璧になってから会いたいと思うからね。元々そういう約束だもの、完璧な妻になってご両親を納得させろっていう話だったでしょ!」

「でも次の創立記念パーティーが一番発表の場としては相応しいんだよ。取引先とかいる前で発表しちまった方が、親はすぐに動けないだろ。それに周りから固めることも大事だ、色んな奴らが『いい嫁を貰った』って評判にしてくれれば、なお親は引き裂きにくくなる」

 淡々と理由を述べる玲の言葉を聞き、一理あるとも思った。私たちの結婚はかなり無理やりで強行突破した形だ。それを突き進めるなら、周りから固めるのは非常に重要だろう、特に二階堂のような大きな会社では。

 だが、それには大きな問題が残ってるではないか。

「だから……私あと一週間で、色んな人から絶賛されるような女になれる自信がないんだって」

 この一週間頑張ったけど、まだ基礎中の基礎だ。玲がフォローしてくれるとはいえ、不安が大きすぎる。

 私の尤もな不安に、彼はどう励ましてくれるのかと思いきや、腕を組んで静かに私を見下ろした。首を傾け、眉を顰める。

「俺はそんな気弱な女に仕事を持ち掛けた覚えはない」

「い、いや気弱っていうか」

「俺が今日見て、いけると思った。それが全てだ。もう決まったことは覆せない、お前はただ堂々と俺の横に立てばいい。食事の続きをする」

 それだけ言うと、玲は席に戻って一人座ってしまった。私は握りこぶしを強く握り、唇を噛む。

 横暴だ。勝手だ、強引だ。いやでもこんな滅茶苦茶な仕事を持ち掛けてきた時点で、この男がそんな奴だって知っていた。知っていて、私は受け入れた。

 きっと奴を睨みつける。そして、正面に静かに座りなおした。堂々と姿勢を作ると、玲は満足げに私を見ている。

 私は置いてあった赤ワインを飲みほし、玲に冷たい声で告げた。

「私は私の全力を尽くす。もし失敗したら、玲の見る目がなかったってことと、玲のフォローが悪かったっていうこと。以上」

「はは、さすが」

「責任もって私をエスコートして」

「任せろ」

 私達はじっとにらみ合った。運命的な恋をして結婚したという夫婦の間とは思えない、今にも戦いが始まりそうなほどのにらみ合いだった。



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