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外出に行こう
しおりを挟むそれから約一週間、私は家から一歩も出ることなく畑山さんにしごき倒された。
毎日同じことの繰り返しだった。朝起きると玲は隣におらず、すでに起きている。私はすっぴんのまま朝食を食べ、畑山さんが来るまで自己学習をし、昼過ぎに講師と共に学ぶ。夜は帰ってきた玲たちと食事を取り、玲と寝た。彼は本当に私に指一本触れてこない。
ちなみに家事は二日に一度家事代行の人がやってきて色々やってくれた。私は本当に食べて寝る、学習することしかしておらず、かなり集中できていた。
「明日は出かける」
金曜の夜、突然玲はそう言った。
ぱちくりと目を開ける。買ってきてもらった食事を食べている途中で、明日も一日色々な勉強をするのだと思い込んでいた自分はとても驚いた。圭吾さんは知っていたのか、何も言わないまま玲の隣で食事を取っていた。三人で食べるのは日課となっている。多分私が来る前から、二人はいつも一緒に食事を取っていたんだろう。仲がいいことだ。
「え、外に?」
「そのために服を一着買ってきておいたから後で着てみろ。それ着て買い物にいく」
「何を?」
「お前の服とか靴とかだ馬鹿。服を買いに行く服がないから用意したってこと。そのほかも色々揃えないといけないだろ」
玲は呆れたように言う。なるほど、玲の妻として立つには、私の持っている私服じゃだめだということか。それは確かにそうだろうなあと納得する。
「それと実技テスト。そのままディナーを食べに行く」
「え!??」
「実演が一番だからな。どこかで誰かに見られるかもしれないし、覚悟して臨め」
「も、もう!?」
「案外お前は呑み込みが早くて筋がいいらしいぞ。あの畑山さんが言うんだから相当だろ。マナーは結構出来てきてるはず。まあとは知識だな」
「知識ね……経済とか経営とかは確かに難しくって……」
「そこはまあ何とかなるだろ。明日はとりあえず外出だ。お前もいい加減外に出たいだろ」
ここ最近外にはまるで出ていない軟禁生活なので、確かに外出したい気はある。強く頷いて同意した。
「確かに出たい! 頑張る!」
「そのいきだ」
にやりと玲が笑う。俄然やる気が出てきたぞ、ついに外に出るのか私。なんかやらかさないように気を付けなければならない。
ずっと黙っていた圭吾さんが口を開いた。
「全部予約しておいたので安心して玲さんについて行ってくださいね」
「全部?」
「食事以外も、色々と」
どこか含みのある言い方だ。はて、買い物に予約は必要ない気がするのだが?
しかし深く追及はせず、手元の食事をつづけた。
その後食事を終えたあと、言われた通り買ってきてくれたという服を見に行った。クローゼットに掛けてある一枚のワンピースだった。見た目からして高級だと分かる材質のもので、こりゃ全身三千円の格好とはまるで違うなと唸った。恐る恐る値札を見てみたけど、やっぱりちゃんと取ってあったのでそんなものはなかった。
一度着てみよう、と手に取ってみる。服を脱いで着てみると、素晴らしいことにサイズはぴったりだった。よくこんなピッタリなものを買ったなあ、と感心する。
「ちょ、ファスナーが上げられん」
背部にあるファスナーが、一人では手が届かない。今までこんな形のワンピースなんて持っていなかったからだ。そのまま必死に何とかしようとあがいたが、自分の手では届きそうにない。体固いのか、私。
と、すれば……誰かに上げてもらう?
「いやそんな一人しかいないじゃん」
私は羞恥心も捨てて、そのまま廊下に飛び出した。この家にいるのは、私とあと二人しかいない。
「圭吾さーん! 圭吾さん?」
呼びながら探してみるも返事はない。すると、リビングの扉が開き、圭吾さんではなく玲が顔を出した。私を怪訝そうに見ている。
「どうした。圭吾はつい今さっき帰った」
「えー! 帰っちゃったの!」
「もう帰る時間だろうが。なんで呼んでた」
「明日着るワンピースを試着してみたんだけど、ファスナーが上がらなくて。だから圭吾さんを」
私が説明すると、玲は不快そうに眉を顰めた。そして顔を歪めながら言う。
「なんで圭吾を呼ぶ? そこは俺だろうが。俺たちは夫婦だろ」
「形だけじゃん、どう考えても圭吾さんの方がいいに決まってる」
「なんでだよ」
「人の美乳を貧乳と貶す男にはこの役割は重荷かと」
「自分で美乳とか呼んでんじゃねーよ」
なぜか笑った玲は、私の肩を押してくるりと方向転換させた。そしてファスナーを持つ。
「髪持ってろ。どのみち明日は圭吾は休みなんだから、俺がやらないといけないだろ」
「あ、そっか。なら仕方ない、玲で我慢する」
「上から目線だな」
私は髪を軽く持つ。そして玲が案外優しい手つきでファスナーを上げてくれた。ほんの少しだけ手先が首に触れる。性格が悪い男相手でも、こういうシーンはさすがに私も緊張してしまう。
「よし」
「あ、ありがとう」
「うん、サイズはいいな。あとは……」
私を上から下まで見た彼は、何やら不満そうに私を見ている。やはり高級ワンピースに、すっぴんとボサボサの髪じゃ釣り合ってないだろうか。玲は一つ息を吐くと言った。
「まあ、いい。明日外出先で全部揃えよう。ほら、ファスナー下ろすぞ」
「そこお世辞でも可愛いとか言うところじゃない? 圭吾さんなら言ってくれそうなのに」
「俺は正直者なんだよ。圭吾は五割ぐらい大げさに言うからな」
そう言いつつ彼はファスナーを一気に下まで下ろした。私は叫び声を上げる。
「ぎゃあああ! ちょっと、そんな下まで下ろさなくていいから!」
「おま……中に着てるインナーも穴開いてんじゃん……」
「見るな変態、セクハラ! この性悪男!」
私は叫びながら慌てて寝室に走り出す。なぜか背後で玲が笑っている声が聞こえた。信じられない、本当に全く女扱いしてないではないか。私にゾッコンな男を演じるはずなのに、これでは先が思いやられる。
クローゼットまで戻り、そそくさと服を着替えた。まあ、サイズは合っていることが分かったのでいい。ただ、明日の朝も玲にファスナーを上げてもらわねばならないのが億劫だ。
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