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驚きの提案

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 二人が顔を見合わせる。ああ、とりあえず今日は帰ってほしい、そのあと勇太と話し合って対処を考えなければいけないんだから。とにかく今だけ引いてくれれば……

「あのねえ、お姉さん」

 へらへら笑いながら、髭が言う。

「俺たちも馬鹿じゃないのよ。お前たちの家に金なんかないの分かってるし、どっかから借りてくるのも無理だって分かってんのよ」

 ぞっとして後退する。立ち上がった勇太がそれを支えながら私の背後に立った。馬が髭に言う。

「どうです? 顔はまあまあいけますよ」

「胸ねーけどな。まあ若いっていうのはいいな」

「沈めますか」

「三千万だからなー無茶苦茶やってもらわないと」

 上から下まで品定めするような視線が這う。彼らが何を言っているのかなんとなく理解できていた。すかさず勇太が叫んだ。

「待ってください! あの、俺働きますから、姉はそういうの勘弁してください!」

「勇太!」

「な、なんか仕事紹介してください、きつくても頑張りますから」

 懇願するように勇太が頭を下げる。それを嘲笑いながら髭が言う。

「いやー三千万の働きは中々ないよ、兄ちゃん」

「じゃ、じゃあ、腎臓片一方とか、それなら」

「馬鹿、勇太なに言ってんのよ!」

 慌てて勇太の口を押えた。そして振り返りきっぱり言い切る。

「私が行きます、その代わり勇太には今後一切関わらないでください。絶対にです!」

 うちの貯金をかき集めても、足りるわけがない。だったらもう答えは一つだ、私が人生を掛けて働くしかない。

 あんなくず親父のために働くなんて不本意にもほどがあるし、こんな展開許せるはずがない。ただ、私が守りたいのは一つ、勇太の人生だけだった。ここであがいても、勇太に被害が及ぶだけだ。ならさっさと諦めた方がいい。勇太には未来がある。

 二人が機嫌よく笑う。そして私の腕を引っ張って肩に手を置いた。

「理解が早いお姉さんは好きだよ俺たちは」

「じゃーそういうことで」

 背後で勇太が私を大声で呼ぶ。切羽詰まった悲し気な声、ああこんなはずじゃなかったのに。

 とにかく平穏に、そして穏やかに暮らしてきただけだった。贅沢もしなかったし、必死に働いた。でも彼氏には振られて、身に覚えのない借金に追われ、もうここで自分の人生は終わりを告げるようだ。

 私が一体何をしたというんだろう。前世で大分悪いことをしたのかな。

 ああでも、和人に振られてよかったかもしれない。もし付き合ってるままだったら、私はきっとこんなにすぐ決断できなかった。これは運命なのだ、もうどうすることも出来ない――



「なんでもいいけど、玄関開けっ放しだよ?」



 突然知らない声が割り込んだ。全員が声の方を向く。それは玄関の方から聞こえてきた。

 一人、若い男が立っていた。背が高くスーツを身にまとっている。きりっとした顔立ちはどこか威圧感を感じるほど整っており、私はてっきり髭たちの仲間がやってきたのかと思った。

 だが、その考えはすぐに吹っ飛んだ。男が着ているスーツは、チンピラみたいな男たちとはまるで違う、高級感溢れるものだったのだ。上品で綺麗なスーツは、男前な彼に非常に似合っていた。

「外まで丸聞こえ。うるせーのなんのって」

「誰だ? お前」

 きょとんとして言ったのを聞いて、何も関係ない人なんだと再確認する。かといって、私の知り合いでもない。突然現れたこの人は一体、誰なのか。

 彼は余裕のある動作で靴を丁寧にぬぐと、眉を顰めて周りを見渡す。

「ひどい家だな、震度三くらいで崩れそう」

 はあとため息をつきながらこちらに歩み寄った男は、無言で髭が未だ握っている紙をぶんどった。怒りだす髭たちにびくともせず、彼は涼しい顔で言う。

「三千万。たったこれだけで人生棒にふらなきゃいけないなんて哀れな人間だな」

 そう言い捨てた彼は、胸ポケットから何かを取り出した。全員が無言でそれを見守る。彼は指先でつまんだ名刺らしきものを、男に差し出した。二人はぽかんとしながらも、同時に受け取った名刺を覗き込む。

「げ、二階堂グループって、あのバカでかい会社の?」

「あ、俺雑誌だかなんだかで見たことあるわ、間違いなく本人だ」

 男たちの言葉に、彼はにっこり笑った。

 二人は驚きの顔で私を見てくるが、そんなやつらに私も驚きの顔で返した。二階堂グループは私も知っている、だがそれは一般人の知識としてあるだけだ。なんの関わりもないし、一体なぜそんな人がここにいるのかさえ分からない。

 彼は、私の肩に置かれた馬の手を払った。そして淡々という。

「ちょっと君たち二人に話したいことがある。借用書持ってこっちに来い」

「はあ? 誰に指図してんだお前」

「いいから来いっつってんだよ」
 
 声を低くさせて男が言った。ぎろりと睨みつける目元に、私の心臓までもひゅんと冷えた。二人も一瞬顔を固めた後、舌打ちをして部屋から出て行く。そのまま三人揃って、私のアパートから出て行ってしまった。玄関の扉も閉められる。

 残された私と勇太は、何が起こったのか分からずただ茫然としていた。

「姉ちゃん……知り合い?」

 勇太が小声で尋ねてくる。私は小さく首を振った。あんな人、全く知らない。一体今、外で何が繰り広げられているのか。

 気になった自分はそっと足を踏み出し、外の音を盗み聞きしてやろうと思った。ボロアパートは壁も薄いし扉もペラペラだ、きっと会話が聞こえるはず。

 だがその計画はすぐにダメになった。私が玄関に行きつくより先に、男前が戻ってきたからだ。しかし、背後には誰もいない。

 私は恐る恐る尋ねた。

「あの、あいつらは……?」

 その質問に、彼は涼しい顔をして答える。

「俺が支払っといた。奴らは帰った」

 まさかの言葉に、口をぽかんと開けたまま彼を見上げた。

 支払った? あの借金を、この人が?

 年は同じか、少し上くらいだろうか? セットされた綺麗な黒髪に長い手足。鋭い目元は少し怖さを感じてしまうほどで、立っているだけで気品を感じる。何度見ても、知らない人間だ。誰かに似てる……気もするけど、テレビか何かで見たのかもしれない。

 だが、とにかくこの人に助けられた、その事実だけは変わらないのだろう。私は慌てて床に座り込み、深々と頭を下げた。

「あの! ど、どなたか存じ上げませんが、助けて頂いたようで? 本当にありがとうございます、お金は何年かかっても必ずお返しいたします!」

 勇太も私に続いて正座し頭を下げた。人にこんなふうにお礼を言うなんてテレビの中だけかと思っていたが、人生の危機を助けられると、無意識に人間は頭をなるべく低くしてしまうらしい。

 上から低い声が降ってきた。

「どなたが存じ上げない?」

「あ、えっと、あの二階堂グループのお方なんですよね? 会社は勿論知っています。ですがあの、なぜ私たちを助けてくれたんですか?」

「二階堂玲」

「え? あ、二階堂玲さん……?」

「二階堂玲だって」

「はい、二階堂玲さん」

「…………ちっ」

 小さく舌打ちされてビビりあがる。もしや、世間的に有名なお方なんだろうか? 知らないということで気分を悪くさせたかもしれない。

「すみません、私あまりテレビも雑誌も見なくて」

「まあいい。お前俺が何も目的なく金出したと思ってんの?」

 腕を組んで見下される。その言葉を聞いて、やはりか、と思う。そりゃそうだ、どこの人間が見知らぬ人に三千万貸すっていうんだ。同情だけでは成り立たない。

 それはそうだと思うが、果たして向こうのメリットは何だろう。こんなド貧乏な家に恩を売って何かあるのだろうか。

 首を傾げる私に、二階堂さんが小さく笑った。そしてそのまましゃがみ込み、私の視線に合わせる。至近距離で見るその顔立ちはやっぱり綺麗で、こんな時だというのに少しだけドキッとしてしまう。

「服部舞香、お前に頼みたい仕事がある」

「仕事? というか、私の名前をどこで?」

 疑問で頭がいっぱいになっている私をよそに、二階堂さんは意味深な笑みを浮かべた。そして、信じられない言葉を発したのだ。

「俺と結婚しろ」





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