4 / 78
プラス思考に
しおりを挟むプラス思考に行くんだ!
あんな男、別れて正解だ。どこの誰かも知らないが、奪ってくれてありがとう。私には勇太がいる。
生憎、いつまでも引きずってられるほど暇ではない。働いて、家事もこなさねば。受験生で忙しい勇太もさすがに今はバイトを控えているので、私が頑張るしかない。
来年になって勇太が大学生になる日を夢見て頑張ろう。ええ、私の長所はガッツがありくじけないところ。子供の頃だって、貧乏だとさんざん馬鹿にしてきた近所の男子は片っ端から片付けてやった。あいつはやばい奴だと噂になったもんだ。
私は地にしっかり足をつけたまま自宅に帰った。別れたことは勇太には黙っておこう、多分心配させる。あの子は私よりずっと頭がいいんだ、今勉強を頑張ってもらわなきゃ。今日の夕飯は何にしようかな、勇太の好きなやきそばでいいかな。
春の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。虚しさもあったけど、気づかないフリをした。さー焼きそば焼くぞ。
そんなことを思いながら歩いていると、鞄に入れておいた携帯電話が鳴り響いた。一度立ち止まり取り出してみる。勇太だった。
「もしもし? どうした?」
なるべく明るい声で出る。だが、相手は想像以上に深刻そうな声をしていた。
『……姉ちゃん』
「なに? どしたよ」
『やばいのが、来た』
その声を聞き、ただ事ではないと気がつく。何があったか問いただそうとして、すぐ近くにアパートがあることを思い出す。もう目と鼻の先だ、行った方が早いではないか。
私はスマホを耳に当てたまま走り出した。
二階建て、築三十五年のボロアパートの上角部屋が、私たちの家だ。やたら足音が響く外階段を上り、見慣れた木製のドアの前に立つ。鍵を開けて中に入り、短い廊下を抜けた。ギシギシと床が鳴る。
「勇太!?」
狭い和室に飛び込んだ。そこではっと息を止める。
小さな古いテーブルの前に、勇太が青い顔をして正座で座っている。その正面に、スーツを身にまとったガタイのいい男性が二人笑いながらこちらを振り返った。
顔を見ただけで分かる相手の職業。頭の中が真っ白になる。
「おーお姉さまのお帰りか」
笑いながら立ち上がった男たちは、二人とも背が高く大男だった。一人はスキンヘッドの髭面、もう一人は馬顔の出っ歯だ。その様子に、つい私も後ろにたじろいだ。
「ど、どちら様ですか?」
さすがに声が震える。髭面が答えた。
「弟くんには話をしたよ」
「勇太?」
「……ごめん、あまりに呼び鈴を鳴らしてドアを蹴るから開けちゃって……この人たち、金を返せ、って」
「金?」
ぽかんとしてしまう。うちは貧乏だが、借金などは遠い存在だ。私も勇太も、そんな馬鹿なものには手を出さないと心に決めている。
私は髭面の方に言った。多分、こっちの方が立場がそうだ、と勘が働いて。
「間違いです、うちには借金なんて」
「はいこれどうぞー」
男は胸ポケットから一枚の紙を取り出し、私ににやつきながら見せつけた。しわくちゃになったペラペラの紙には、難しそうな言葉が羅列している。だが真っ先に私がとらえた文字は、手書きの部分だった。
癖のある右肩上がりの字、見覚えのある名前。
「…………は」
息が止まる。
「はい、服部幸太郎、君たちのお父さんだよね? 連絡取れないしー連帯保証人も飛んじゃったみたいだし、じゃあ子供たちに責任取ってもらわないと」
行方知れずになっているあのクズ親父のサインだ。そしてそのすぐ近くに書かれた数字が目に入る。
三と、ゼロが……七つ。
一気に部屋が氷点下まで下がった気がした。だらだらと服の下に汗をかきまくる。それでも口から出した言葉はすっとぼけたものだ。
「違いますけど? うちの父親はそんな人じゃ」
「んー嘘はよくないね。俺たちに嘘ついてどうなると思う?」
ずいっと顔を寄せられ笑われた。タバコのヤニで黄色く変色した歯に嫌悪感を覚える。ごまかすなんて無駄だ、とすぐに悟った自分は、ちらりと契約書と思われるものを目で追った。
あのバカ親父がサインしたのは間違いない。でも、どこからどう見ても闇金で、無茶苦茶な利子が計算されてあのお金になったんじゃないだろうか。だとしたら不当な請求では? こういう時どうすればいいんだろう、一度誤魔化しておかえり頂き、警察か、弁護士とか……
頭の中で必死に考えていると、突然強い力でぐいっと肩を掴まれた。馬の方の男だった。やつは凄んだ声で私に言う。
「余計なこと色々考えてるわけじゃないよねー? 借りたものは返さないとさ、素直に従わなかったらどうなるか分かる?」
男たちは同時に勇太の方を見た。私の体がびくっと反応してしまう。やつらは脅しているのだ、私や家族をひどい目にあわせられる、と。
すぐさま言った。
「待ってください、あの、少し時間を頂けませんか? お金は必ず準備します」
「へえー? こんなボロ屋に住んでるのに、これだけの金を払う当てがあるっていうの?」
「は、はい。親戚に借ります、ほんの少し待ってもらえば大丈夫です」
なるべく声を震わせないように笑顔で言った。実際のところ、そんな親戚なんかいるわけない。両親ともくだらない人間だったので親戚づきあいはゼロなのである。もし頼れる人がいたとして、三千万なんてお金を貸してくれる金持ちなんてそうそういない。
でも時間を稼がなきゃ。それだけを思って出た嘘だった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
シングルマザーになったら執着されています。
金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。
同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。
初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。
幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。
彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。
新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。
しかし彼は、諦めてはいなかった。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる