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宇野家
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「こんにちは」
「こんにちは」
「こちらにお住まいですか?」
「ええ、そうです」
柊一さんがにこにこと笑いながら話しかけている。おばさんは突然会話を振られたことに驚きながらも、柊一さんの子犬のような人懐こい笑顔につられて微笑んでいた。こういう時、顔がよくて可愛らしい彼の雰囲気はとても役立つ。
「ご近所の方でした?」
「いいえー僕たちは元々、この辺りの家いいなあって思って見学に来たことがあるんです」
そう出まかせを言った柊一さんは、次の瞬間私の手をさらっと握った。突然のことに驚き立ち尽くす私をよそに、彼は嘘を並べる。
「新婚なんですよーこっちは僕の兄です」
繋いだ手を見せつけるようにした柊一さんに、私はただ固まった。な、なるほど、私と新婚設定にしたのか。確かに戸建ての新居を探しているとすれば、新婚ということにするのが一番スムーズだ。
とはいえ……こんな顔面国宝級イケメンと私が新婚って、ちょっと無理がないかな? やっぱり柊一さんと暁人さんがパートナーで、私が姉ということにした方が納得感があるような……。
「あらあー! そうだったの! 若くて素敵な新婚さんねえ!」
朝日野さんは信じたらしく、嬉しそうに笑った。その反応を見て、世間話が好きそうなタイプだと分かる。柊一さんが続ける。
「僕たちが見に来たときは、お隣の家がまだ売り出し中だったんですよ。いいなあって見てたけど、悩んでるうちに時間が経っちゃって、改めて見に来てみたらやっぱりもう売れちゃってましたねー」
「ああ、三石さんのお宅? そうねえ、お隣は長く入居されなかったから……今はご夫婦が住まれていますよ。奥さんは妊娠中でねえ」
「そうなんですか! やっぱり家を買うっていうのは決断力が必要ですよねえ」
ほのぼのとした世間話が盛り上がってきたところで、今度は暁人さんが口を挟む。これまた、営業マンのように爽やかな口ぶりで。
「この辺は住むのにいいな、と思って他にも探してるんです。やっぱり住み心地はいいですか?」
「そうねえ。静かだしちょっと行けば色々あるし、便利ですよ」
「朝日野さんの決め手は?」
「私はね、元々主人の両親の家でずっと同居してたんだけど、二人とも亡くなって、ずっと夢だった新居が欲しいって夫に相談してね。もう年だけど、この家はお買い得だったし静かで住みやすそうだったし、思い切って買っちゃったのよ」
嬉しそうに朝日野さんは言った。暁人さんがすかさずとぼけつつ突っ込んだ。
「ああーそういえば買おうとしてた家も、他の家に比べると値引きされててお買い得だったんだよなあ。でしたよね?」
そう尋ねると、朝日野さんはぴくっと眉を動かした。
「そうだったかしら? あんまり見てなかったわ」
「四軒あるうちのどうしてここを選ばれたんですか?」
「別に……デザインで決めただけよ。好みの問題よねえ。大きさも中身の造りもそう大きく変わらないし」
柊一さんは話をつづけた。
「実際の住み心地はどうですか? 僕たち、まだまだこの辺で探してるので参考までに」
「あら、結構いいわよ、おすすめするわ。栄えてるわけじゃないけど、最近は新しい家もどんどん建って若い人が増えてるみたいだし、新婚さんにはもってこいよ。保育園や小学校も近いしねえ。いいおうちが見つかるといいわね、そしたらご近所さんになるかも」
朝日野さんはそう明るい声で言ったので、なんとなく彼女の家で困ったことは起きていないんだろうな、と思った。何か怪奇現象が起きていたとしたら、ここまで明るく人に勧められないだろうと思ったからだ。
三石さんのお隣は特に変な現象は起きていなさそう、っと……。
柊一さんたちも同じように感じたのか、納得して話を切り上げる。
「ありがとうございました。あのおうちは買えなくて残念でしたけど、他にいい所を見つけようと思います」
「ええ、ええ。頑張ってね」
朝日野さんに頭を下げ、私たちはようやくその場から離れた。最後に一度振り返ってみると、彼女は鼻歌交じりに玄関を掃除しており、やはり怪奇現象などに悩まされている様子はないように見えた。
少し歩いて朝日野さんの家から離れたところで、私は恐る恐る声を掛ける。
「あの、柊一さん……」
「あの様子だと、多分あの家じゃあ何も起こってなさそうだったねえ」
「あ、あのう」
「ん? 遥さんどうしたの?」
「手をそろそろ……」
新婚という設定のために繋いだ私たちの手は、未だ繋がれたままだったのだ。話を聞くために仕方なかったとはいえ、かなり恥ずかしかった。だが彼は何も思っていないようで、思い出したようにパッと手を離す。
「ああーごめんごめん!」
「い、いえどうもごちそうさまでした……」
「柊一、新婚設定が一番もっともらしかったからしょうがないけど、勝手に女性の手を握ったりするもんじゃない。次からは許可を得ろ」
「分かったー」
許可って、許可って。そりゃ間違ってないけど、私に拒否するなんて出来ないよ。
口を尖らせた私に気付かないのか、二人は早速本題に入って行く。
「柊一の言う通り、あの家は何も起こってないと見て間違いないだろう。三石さんのお宅ほどのことが起きていたら、鼻歌歌いながら玄関掃除なんか出来るはずがない」
「普通の感覚ならそうだよねえ。他のおうちはどうかな? ピンポンして聞いてみてもいいけど」
「さすがにインターホンまで鳴らして訪問したら怪しまれる。通報でもされたらどうする」
「それもそっかー」
ゆっくり歩きながらそう話していると、ふと背後が気になった。立ち止まり振り返ってみるも、特に気になるものはない。道には誰もいないし、おかしな点もない。
「井上さん? どうしました」
「あ、いえ……なんか視線を感じた気がしたんですが、気のせいだったみたいです」
私は胸を撫でおろし、二人に駆け寄る。多分、あの家にいたから敏感になっているんだろう。
細い道を歩いていくと、宇野さんの家がすぐに見えた。やはりかなり広い土地だ。その前を通り過ぎようとしたところで、敷地内に人影を見つける。先ほど見た時にはいなかったはずなので、畑仕事でもするために丁度出てきたのかもしれない。ラッキーだ、と私たちは顔を見合わせて思った。
「こんにちは」
「こちらにお住まいですか?」
「ええ、そうです」
柊一さんがにこにこと笑いながら話しかけている。おばさんは突然会話を振られたことに驚きながらも、柊一さんの子犬のような人懐こい笑顔につられて微笑んでいた。こういう時、顔がよくて可愛らしい彼の雰囲気はとても役立つ。
「ご近所の方でした?」
「いいえー僕たちは元々、この辺りの家いいなあって思って見学に来たことがあるんです」
そう出まかせを言った柊一さんは、次の瞬間私の手をさらっと握った。突然のことに驚き立ち尽くす私をよそに、彼は嘘を並べる。
「新婚なんですよーこっちは僕の兄です」
繋いだ手を見せつけるようにした柊一さんに、私はただ固まった。な、なるほど、私と新婚設定にしたのか。確かに戸建ての新居を探しているとすれば、新婚ということにするのが一番スムーズだ。
とはいえ……こんな顔面国宝級イケメンと私が新婚って、ちょっと無理がないかな? やっぱり柊一さんと暁人さんがパートナーで、私が姉ということにした方が納得感があるような……。
「あらあー! そうだったの! 若くて素敵な新婚さんねえ!」
朝日野さんは信じたらしく、嬉しそうに笑った。その反応を見て、世間話が好きそうなタイプだと分かる。柊一さんが続ける。
「僕たちが見に来たときは、お隣の家がまだ売り出し中だったんですよ。いいなあって見てたけど、悩んでるうちに時間が経っちゃって、改めて見に来てみたらやっぱりもう売れちゃってましたねー」
「ああ、三石さんのお宅? そうねえ、お隣は長く入居されなかったから……今はご夫婦が住まれていますよ。奥さんは妊娠中でねえ」
「そうなんですか! やっぱり家を買うっていうのは決断力が必要ですよねえ」
ほのぼのとした世間話が盛り上がってきたところで、今度は暁人さんが口を挟む。これまた、営業マンのように爽やかな口ぶりで。
「この辺は住むのにいいな、と思って他にも探してるんです。やっぱり住み心地はいいですか?」
「そうねえ。静かだしちょっと行けば色々あるし、便利ですよ」
「朝日野さんの決め手は?」
「私はね、元々主人の両親の家でずっと同居してたんだけど、二人とも亡くなって、ずっと夢だった新居が欲しいって夫に相談してね。もう年だけど、この家はお買い得だったし静かで住みやすそうだったし、思い切って買っちゃったのよ」
嬉しそうに朝日野さんは言った。暁人さんがすかさずとぼけつつ突っ込んだ。
「ああーそういえば買おうとしてた家も、他の家に比べると値引きされててお買い得だったんだよなあ。でしたよね?」
そう尋ねると、朝日野さんはぴくっと眉を動かした。
「そうだったかしら? あんまり見てなかったわ」
「四軒あるうちのどうしてここを選ばれたんですか?」
「別に……デザインで決めただけよ。好みの問題よねえ。大きさも中身の造りもそう大きく変わらないし」
柊一さんは話をつづけた。
「実際の住み心地はどうですか? 僕たち、まだまだこの辺で探してるので参考までに」
「あら、結構いいわよ、おすすめするわ。栄えてるわけじゃないけど、最近は新しい家もどんどん建って若い人が増えてるみたいだし、新婚さんにはもってこいよ。保育園や小学校も近いしねえ。いいおうちが見つかるといいわね、そしたらご近所さんになるかも」
朝日野さんはそう明るい声で言ったので、なんとなく彼女の家で困ったことは起きていないんだろうな、と思った。何か怪奇現象が起きていたとしたら、ここまで明るく人に勧められないだろうと思ったからだ。
三石さんのお隣は特に変な現象は起きていなさそう、っと……。
柊一さんたちも同じように感じたのか、納得して話を切り上げる。
「ありがとうございました。あのおうちは買えなくて残念でしたけど、他にいい所を見つけようと思います」
「ええ、ええ。頑張ってね」
朝日野さんに頭を下げ、私たちはようやくその場から離れた。最後に一度振り返ってみると、彼女は鼻歌交じりに玄関を掃除しており、やはり怪奇現象などに悩まされている様子はないように見えた。
少し歩いて朝日野さんの家から離れたところで、私は恐る恐る声を掛ける。
「あの、柊一さん……」
「あの様子だと、多分あの家じゃあ何も起こってなさそうだったねえ」
「あ、あのう」
「ん? 遥さんどうしたの?」
「手をそろそろ……」
新婚という設定のために繋いだ私たちの手は、未だ繋がれたままだったのだ。話を聞くために仕方なかったとはいえ、かなり恥ずかしかった。だが彼は何も思っていないようで、思い出したようにパッと手を離す。
「ああーごめんごめん!」
「い、いえどうもごちそうさまでした……」
「柊一、新婚設定が一番もっともらしかったからしょうがないけど、勝手に女性の手を握ったりするもんじゃない。次からは許可を得ろ」
「分かったー」
許可って、許可って。そりゃ間違ってないけど、私に拒否するなんて出来ないよ。
口を尖らせた私に気付かないのか、二人は早速本題に入って行く。
「柊一の言う通り、あの家は何も起こってないと見て間違いないだろう。三石さんのお宅ほどのことが起きていたら、鼻歌歌いながら玄関掃除なんか出来るはずがない」
「普通の感覚ならそうだよねえ。他のおうちはどうかな? ピンポンして聞いてみてもいいけど」
「さすがにインターホンまで鳴らして訪問したら怪しまれる。通報でもされたらどうする」
「それもそっかー」
ゆっくり歩きながらそう話していると、ふと背後が気になった。立ち止まり振り返ってみるも、特に気になるものはない。道には誰もいないし、おかしな点もない。
「井上さん? どうしました」
「あ、いえ……なんか視線を感じた気がしたんですが、気のせいだったみたいです」
私は胸を撫でおろし、二人に駆け寄る。多分、あの家にいたから敏感になっているんだろう。
細い道を歩いていくと、宇野さんの家がすぐに見えた。やはりかなり広い土地だ。その前を通り過ぎようとしたところで、敷地内に人影を見つける。先ほど見た時にはいなかったはずなので、畑仕事でもするために丁度出てきたのかもしれない。ラッキーだ、と私たちは顔を見合わせて思った。
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