みえる彼らと浄化係

橘しづき

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起床

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 私はとりあえず、冷蔵庫からお茶を取り出し、片瀬さんに手渡した。自分も喉が渇いていたので一気に飲み込む。

「えっと、挨拶もまだですみませんでした。私は井上遥と言います」

「井上さん。色々話を伺いたいのですが」

「それは私もで」

 言いかけた時、背後から小さな唸り声が聞こえた。振り返ると、黒崎さんがゆっくりと目を開けたところだった。片瀬さんがそばに寄り顔を覗き込む。

「柊一!」

「うう……ん」

 長いまつ毛が揺れ、とろんとした目が片瀬さんを認識した。かすかな声が形のいい唇から漏れる。

「暁人……」

「お茶飲むか?」

「何日経った……?」

「まだ一晩だ」

 片瀬さんが微笑んで言うと、黒崎さんは不思議そうにした。そして腕を持ち上げ、自分の手を観察している。まだぼんやりしているようだ。

「ん……あれ?」

 黒崎さんはそっと体を起こす。ややふらついたものの、上半身は問題なく起こせた。そして彼は、ゆっくりと私の方を見る。ばちっと目があった。彼はまだぼんやりした顔で、小さく首を傾ける。自分の心臓がドキリと鳴った。
 
 やはりなんて綺麗な人なんだろう、俳優も真っ青ではないだろうか。綺麗なだけではなく、どこか色っぽさも感じる。瞬きをしたら消えてしまいそうな、そんな儚さを感じる人だった。

 同時に、近寄りがたいオーラを感じる。……そう、どこか影があるのだ。あの黒いもやに包まれている姿を見てしまったからなのか。声を掛けるのを、なんとなく躊躇ってしまう。

「柊一、この人は」

「……おにぎり」

「え?」

「おにぎり、食べたい」

 ぼうっとしながら黒崎さんはそう言った。私の顔から視線をそらさず、だ。片瀬さんは呆れたようにはあーと息を吐いて、頭を抱えた。

「すみません井上さん、隣から食料を取ってくるので、待ってて頂けますか」

「え、あ、どうぞ……」

「すぐ戻ります」

 片瀬さんは急いだ様子で部屋から出て行ってしまった。その後、沈黙が流れる。黒崎さんといえば、未だ私をじっと見つめていて、気まずいことこの上ない。人をこんなに見つめるのはちょっと失礼だと思わないのだろうか?

 視線をそらしてみたものの、やはり私を見ている。ううん、あれかな、まだ意識がはっきりしてないからかな。もう少し寝るように言ってみようか。

「あ、あの、片瀬さんが戻るまでまだ横になって」

「お隣さんだ」

 黒崎さんがそう呟いた。なんと、私のことを知っていたらしい。なんとなく恥ずかしくなり、顔を俯かせて言う。

「は、はい、井上遥と言います。隣に住んでます」

「お隣さんが、どうして僕の家に?」

「違います、黒崎さんが私の部屋にいるんです!」

「え? ああ……」

 ようやく部屋を見回し、理解したようだ。そして再度私を見、彼は言う。

「君、僕に何かした?」

「えっ。何か、っていうか……」

「変だね。あんな凄いの食べたら、しばらく起き上がれないはずなんだ」

 食べる、とは一体何の話だろう。疑問に思い聞き返そうとしたところで、早くも片瀬さんが戻ってきた。手にはラップに包まれたおにぎりを持っている。

「柊一! 冷凍しといたやつ温めてきた」

 差し出すと、黒崎さんはそれを受け取り、丁寧にラップをはがした。両手でおにぎりを持ちながら、あむっとかぶりつく。無言で食べていく姿は、どこか小動物のようにも見えた。なんだか、つかめない人だな。

 片瀬さんが私に申し訳なさそうに謝る。

「すみません、色々バタバタして」

「いえ、ご飯が食べられるぐらいまで元気になったのならよかったです」

「ほんとですよ。凄い回復の速さだ」

 もぐもぐとおにぎりを食べつつ、黒崎さんは片瀬さんに言う。

「暁人、しょっぱい」

「文句言うな」

「暁人って他の家事は完璧なのに、なんで料理だけできないの」

「米を洗剤で洗いだすようなやつに言われたくないな」

 私は座ったまま、二人の会話を黙って聞いているしかない。ずいぶん仲がいいみたいだなあ、片瀬さんもかっこいい部類の人だし、すごい二人組だ。
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