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一章

匂い

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 お菓子作りに使う基本的な材料は店を経営する両親に注文してもらっている。最初は「申し訳ないからなんとかする!」と言っていたが「自分たちの頼むついでだから」と絆されてしまった。そのため、今でも定期的にお店に来てくれている。

 家に篭もることが多い俺を両親は何かと心配していた。もとより、ここに住むことに反対はしていなかったが別段賛成もしていなかった。家に来てくれる度に「同年代の友達とか欲しいよね」とか「大丈夫?寂しくない?」等と気づかってくれる。しかし!俺は友達もできたし!番(仮)もできたし!もう心配される必要はないのである。


 しばらく獣道を進んだところで少し開けた場所に出る。俺が土を耕したり、自分で食べる用の野菜を少しだけ植えたりしている場所だ。畑を抜けてもう1度獣道を進む。そこにさくらんぼの木はあった。

「あ!あれですね!僕全部収穫します!」

 大興奮の王子は水筒が入ったリュックを近くに投げて収穫しはじめた。さすがに、全部も使い切れないし動物が食べる分が無くなっちゃうからダメだけど。

「ダン!来てください!」

 王子が投げたカバンを回収し、俺も荷物を置く。何かハプニングがあったかと思い慌てて駆け寄る。

「なんですか?」

「ひ、人が!」

 ワナワナと王子が指さした先には綺麗な白髪をボサボサにしてスヤスヤと眠っている男性がいた。

「あぁ、山なんで偶にいるんですよ。キャンプに来てる人とか野鳥を見に来る人とか」

「ダンの土地じゃないんですか?」

「正確には俺の親の土地ですね。それに、山なんで仕方ないかなと。見つけても放置しています」

「そうでしたか・・・」

「まぁ、木は他にもあるんでそっちから取ればいいですよ」

 王子は向き直してサクランボをカゴに入れていく。やけにワクワクしているのはした事がないからというよりは、させて貰えなかったからなのだろう。

 辺りを見渡すが男性のものと思しき荷物はなかった。さすがに熱中症にでもなられたら罪悪感を感じてしまうので鞄からペットボトルを出した。起こさないように慎重に横に置く。

「ん・・・甘い、匂いがする」

 男性はそう言ってゆっくり目を開けた。長い髪の奥から覗く群青色の瞳は俺認識した。

「・・・だれ?」

「あ、えと、この山を管理る者です。近くに荷物が無いようなので・・・」

「あり・・・がとう」

 おっとりした不思議な雰囲気の方だった。男性はゆっくりと立ち上がり、ペットボトルに口をつけた。

「甘い・・・匂いがした・・・はずなんだけど・・・」

「あ!サクランボだと思いますよ!カイル・・・おっほん。カイが取っているようなので」

「その匂い・・・?」

「たぶんそうですよ」

「そう・・・かなぁ・・・」

 大きい子供と話しているようなマイペースさを感じる。俺より少し身長が高かったけれど、顔にはどこかあどけなさが残っていた。

「体調も大丈夫そうなので、もう行きますね。カイが待ってますし」

「あ・・・・うん。・・・ありがとう」

「いえ!」

 カイル王子を探すとカゴいっぱいにサクランボを持っていた。もう入らないのにバランスゲームのように器用に積み重ねていた。

「すごい!いっぱい取れましたよ!」

 宝物を見つけた子供みたいに、嬉しそうに見せてくれる王子に俺は言えなかった。絶対取り過ぎだなんて。
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