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問題編

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 事件の片方の犯人は、藤井樹である。しかし、彼にはもう一人、共犯者が存在する。読者には、それを推理してほしい。いわば、これは「共犯者当て」である。



 藤井樹は、パソコンの前で「共犯者」に送る、メールの最後の一文を打ち終わった後、しばらく薄暗い室内の、くすんだ天井を見上げていた。ディスプレイには、藤井が殺したいほど憎んでいる人物の名前、そして殺してほしい日時、つまり藤井がアリバイを主張できる日時を記してある。これを送ってしまったら、俺は本当に、殺人者になってしまう……彼はポケットからくしゃくしゃにつぶれた緑のマルボロを取り出し、そのメンソールの後にくる強い苦みに目をつぶりながら、思い切ってエンターを押した。



 宇治十条は、マルボロを吸いながら、新聞を読んでいた。宇治十条は探偵であり、ここは「宇治十条探偵事務所」である。助手の斧琴菊に、声をかけた。

「おい、斧君、この記事を見てみろよ」

 記事には、7月18日に起きた事件、つまり昨日起きた事件について書いてあった。ある大学の女子寮で、女子大生が殺された。死亡推定時刻は18時から24時の間……犯行場所はトイレ。死因は撲殺。そして、死体の左耳のピアスのみが引きちぎられ、持ち去られていた……。

「この記事の、何処がおかしいんですか? 」と斧はいう。「いや、強盗だったら、普通、ピアスだけを盗んだりはしないだろう。つまり、何らかの手段のために盗んだ、というわけだ。まあ、理由はいろいろ考えられるだろうが、ひとつは、これだ……」と、斧にまた別の新聞を出す。

「えー、なになに、16日、公園のトイレで刺殺体が発見された……被害者の男性の、左耳のピアスのみが引きちぎられ……って、これ、そのまんまじゃないですか! 」

「ああ。もしかしたら、これは、単なる犯人の趣味なのかもしれない。でも、もしかしたら、全く別の意味を持つのかもしれない」

「えっ、それって何ですか? 」と、斧が素っ頓狂な声を出す。

「交換殺人だよ」



 二人の被害者の同じ個所からピアスが取り去られている。これは、殺人遂行を証明する共犯者同士のメッセージだ。被害者、渡辺博子の通うS大学で、聞き込みをしていると、複数の人物から聞こえたのが、当時の彼女の彼氏であったという藤井樹という人物の名前であった。

 斧は、その名前を聞きながら、先ほど宇治十条に指示された内容を思い出していた。

「え……っと、怪しい人物の名前が出てきたら、ラインで簡潔に送信っと」この事件を交換殺人とにらんだ宇治十条は、それぞれの殺人を手分けして調査することにしたのだ。つまり、動機のある人物に、かえって鉄壁のアリバイがある方が怪しい……。

 斧は、藤井に会うことにした。聞き込みの時に知った、ラインで連絡を取ることにした。しかし、今はどうしても都合がつかないらしく、仕方がないので当日のアリバイ、つまり昨日18日の18時から24時のアリバイを聞くと、なんと保証してくれる人間が二人もあるというのだ。これは、怪しい……!

 斧は、18日の17時から20時まで一緒にいたという、及川早苗に話を聞いた。彼女は、藤井と一緒においしいと話題のラーメン屋を探していたのだという。しかし、結局みつからず、仕方がないので、うどんを食べて帰ってきた。ちなみに彼女は16日にアリバイがあった。

 もうひとり、18日の20時30分から夜明けまで一緒にいたという女性、長田春美にも話を聞いたが、マンションの防犯カメラに出入りが記録しているから、とマンションの電話番号をくれた。なにをしていたのか、と聞くと、ええ、まあ、と言葉を濁すだけであった。マンションに確認すると、たしかに彼女の証言の通りであった。彼女には、16日のアリバイは無かった。



 斧が、藤井にラインで連絡を取ろうとしている時、宇治十条は喫茶店にいた。そして、その正面に座っている人物に話を続けていた。

「さて、藤井さん、16日に殺された秋葉茂さんの周りを探っていると、あなたの名前が実に多くの人から聞かれました。いや、むしろ、動機を持っているのはあなた一人と言ってもいい。あなたと秋葉さんはどのような関係なのですか?」と宇治十条は、藤井樹に話しかける。

 藤井は、少し口ごもりながらも、「いや、彼とはその……いろいろありましたから……」と言う。

 その時、宇治十条の携帯が鳴り、「失礼」と言って画面を見ると、斧からのラインで一言「最有力容疑者 藤井樹」と書いてある。それを見て、宇治十条はうなずき、また藤井に話しかける。

「あなたの、16日の、その、アリバイなのですが、死亡推定時刻の16時から22時の間は、何をされていましたか? 」と聞くと藤井は急に自信をつけて、こう言う。

「探偵さんに、疑われているんですか? 参ったなア……でも、まあ、しっかりアリバイはありますよ。探偵さんにしてみれば残念でした、というような言い方の方が良いかもしれませんが。

 15時から20時までは、大学の友達の田口慎吉と一緒に居ました。彼とは、カラオケをずっと、五時間ぶっつづけでやってましたね。それは、カラオケ店の方に問い合わせてください。そのあと、鈴木精一という、ゼミの先輩と、23時くらいまで、飲んでいました。その後は家で寝ていたんですが、こんなところでいいですか? 」



 宇治十条が各人に確認を取ったところ、間違いはなく、カラオケ店に確認も入れたが、アリバイは藤井の言ったとおりだった。なお、鈴木は18日のアリバイがあったが、田口にはなかった。宇治十条は、彼が18日の渡辺博子殺しをやったのだと疑っていた。しかし……



「男には、渡辺博子殺しは無理ですよ」と、斧からラインがあった。詳しく確認すると、女子寮にはカメラはないものの、受付におばちゃんがいて、当日の出入りは詳しく記憶していないものの、男が入ってきたら一発で分かってしまうという。

 また、同じように斧から確認が来たのだが、16日の秋葉殺しの現場の公衆トイレは非常に汚く、どうやら18日に藤井のアリバイを保証している長田という女には16日のアリバイはないが、極度の潔癖症らしく、そんなトイレには足を踏み入れられるはずもなく、犯行は不可能ではないかということであった。

 ここにきて、捜査は完全に行き詰ったように思えた。



 藤井は、夜の渋谷をうろつきながら、今日あったことについて考えていた。なんてこった、探偵なんだか誰だか知らないが、急に俺に連絡入れてきたり、俺のことを完全に疑ってるじゃないか……でも、まあ、大丈夫だ、俺にはの保証してくれる、鉄壁のアリバイがある……彼は、あの汚い公衆便所で男を刺した時の肉の沈み込む感触がまだ手から離れずにいた。



 宇治十条は考えていた。

 ふつう、交換殺人は、異なる二人の、たとえばチャットとかで知り合った全く共通点を持たない人間が互いに憎しむ人間を殺し合うものだ。だから、この事件みたいに、二つの事件の最有力の人間が同じだなんてことになるはずはない。もしくは、ある日にアリバイを主張している人間が、別の日に直接手を下しているという可能性もあるが、さっき斧が言っていたことを考えると、それも難しそうだ……。

 いや、まてよ、と宇治十条は考える。こんなこんがらがった事件の場合、もしかしたら真相はとんでもなく簡単なものなのかもしれない。そう思い、ある一つの事を確認するラインを、斧に送った。返信は、すぐ来た。

「よし、いますぐ事務所に戻ろう。『共犯者』が分かった」



さて、ここまでの部分だけで、あなたは藤井樹の「共犯者」を当てることが出来ます。「共犯者」はだれか? 推理してもらいたいのは、その一点だけです。

藤井樹の共犯者は        である
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