明日のきょうだい

まどぎわ

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今日のよき日に

4-1 日常

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「俺、真面目に勉強することにする」

「ふーん……」

 放課後のファミレスで秋がそう言うのを聞いて、壱は気の抜けた返事をした。
 口ではそう言いながら、秋はメニューから目を離さない。教科書を開いて言うならともかく、この様子だとこの決心は口だけで終わりそうだ。

(でも、中間試験はそれなりにショックだったんだろうな)

 壱は返却された回答が詰まっている自分の鞄を横目で見た。
 壱は中学の時から学年5位以内をキープしている。高校生活最初の定期試験も壱にとってはそれ程難しくなく、安定して3位だった。
 学年の上位20人は廊下に成績が貼り出され、上から3番目に壱の名前。そして、その少し下に千歳、その下に秋の名前が並んだ。
 それを見た秋が、隣にいる壱にしか聞こえない程度の声量で「ひえぇ……」とセックスの最中でも聞いたことがないか細い声を漏らしていた。
 千歳よりも自分の順位が下だったことが相当衝撃的だったらしい。

「ま、俺はやれば出来る子だからな!」

 千歳は妙に長い時間をかけてドリンクバーを取って来て、秋の正面に座った。
 千歳が差し出して来たグラスの液体は、グラウンドの水溜りの色によく似ている。何か混ぜていたんだろうなと分かっていたから壱は手を付けなかった。
 どうしてこんなに素行不良の奴がこの学校に入っているのか。
 千歳を知った当初、壱はそんな風に不思議に思っていたがすぐに謎は解けた。千歳は、普通に勉強をすれば学年1位になることなど簡単で、少し本気を出せば全国レベルでも上位になる。神童と呼ぶのにふさわしい頭脳をしていた。
 教師も泣きながら壱に縋って来るのも、本来なら学校の顔になるくらいの生徒が才能を錆び付かせているのが勿体無いからだ。素行が悪い本物の劣等生であれば、既に見放されていただろう。

「つかさ、秋は俺には勝てると思ってたってことかよ。フツーに失礼だろ」

「うるせー」

「秋は何位だったんだっけ?俺が勉強教えてやろうか?お前、俺より馬鹿なんだから」

「む、ムカつく……っ」

「千歳、その辺にしとけよ」

 壱は秋が手を出す前に千歳を止めた。最近の秋は千歳の真似をしてケンカで手が出るようになっていた。そして、千歳に返り討ちにされている。

「千歳は教師の心象が圧倒的に悪いんだからいい成績取らないと後が無いんだよ。1番取るくらいじゃないと駄目だろ」

「そうだそうだ!」

「秋も、古典の藪先生が宿題出てないって言ってたけど」

 壱が言うと、秋はメニューでさっと顔を隠す。
 壱が試験の復習をしている間、千歳はスマホでゲームを続けていた。
 1時間くらい経っても秋は静かにしているから勉強しているものだと放っていたが、しばらくするとテーブルに突っ伏して居眠りし始めた。

「こいつ、真面目に勉強するとか言ってなかったか?」

「寝言だろ。秋、寝るなら帰ろう」

 壱は秋の頭を突いたが、一度寝た秋は簡単に起きない。

「秋はどこでも寝るんだもんなぁ……もう引き摺って帰るか」

 壱は秋が散らかした筆記用具を片付けて、枕にしている問題集を引き抜こうと秋の頭を持ち上げる。
 何事か寝言を言っている秋の頭を抱き上げていると、丸めたストローの袋が飛んで来て胸に当たった。
 顔を上げると、投げたはずの千歳は素知らぬ顔でスマホのゲームを続けている。

「何だよ?」

「何でもない」

「あ、そ」

(なんかこいつ、機嫌悪いな……)

 壱は千歳が突然へそを曲げることに慣れていたし、適当な機嫌取りが通じないと分かっていたから余計なことは言わずに黙って秋の荷物を片付けていた。
 帰る準備が出来た頃に、千歳が立ち上がって秋の頭をバシッと叩く。隣にいた壱が顔を顰める程の威力だったが、痛みに鈍い秋はもぞもぞと起き上がって伸びをした。

「帰るぞ」

「はーい……」

 秋は殴られたことに気付いていないのか、頭を擦りながら素直に千歳に続いて席を立つ。

(けっこう仲が良いと思うんだけど、何かあったのかな?)

 壱は少し気になったが、千歳と秋が言い合いや軽いけんかをしているのはいつものことだ。
 放っておいて大丈夫だろうと壱も遅れてレジに向おうとすると、千歳が戻って来た。

「壱、財布忘れた」

「うわ……秋は?」

「秋は財布に3円しか入ってないって」

「お前ら、何でファミレス来たんだよ」

 千歳と秋は並んで壱に払ってもらうのを待っている。小柄な千歳と秋は、黙って大人しくしていれば店の外で飼い主を待っている犬のようだった。
 壱は自分の財布の中身に不安になりつつ、2人の元に向かった。
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