明日のきょうだい

まどぎわ

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今日のよき日に

3-2 孝行息子

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 千歳の話をまとめると、母親と彼氏のデートに付いて行って高い飯が食べたいから協力しろということらしい。
 壱だったら何を馬鹿なことを言っているんだと一蹴するところだが、意外にも秋は協力的で、探してみればあるかもしれない、と日を改めて壱と千歳を家に呼んでくれた。

「あーあ、秋は素直だから騙されちゃった」

「人聞きの悪いこと言うなよ。俺は嘘なんて1つも言ってないだろ」

「嘘なんて1つも言ってないってのがもう嘘だろ」

 秋の家は学校から徒歩とバスで30分程度離れた所だった。
 土地を贅沢に使った庭付きの戸建て住宅が並ぶ閑静な住宅街で、試験前の短縮授業で昼を少し過ぎた今の時間は人の声はほとんど聞こえない。代わりにどこかの家からピアノやバイオリンの音が微かに聞こえて来ていた。

「秋の家って金持ちそうだよな」

 前を歩く秋に聞こえないように、千歳が無邪気な笑顔で呟く。母親譲りで根っからのお金好きの千歳は、金持ちばかりが住んでいそうなこの場所にわくわくしているらしい。

(千歳のお母さん見たら、秋はびっくりするだろうな……)

 壱も良く知る千歳の母親は、見た目は千歳と真逆だ。大人しくて真面目そうで、地味で優しく微笑んでいるような幸が薄そうな未亡人。
 しかし、その本性は出会った金持ちを片っ端から手玉に取り、相手が気付かない内に財産を吸い上げて行く魔性の女だ。千歳の父親は離婚した後に死んだらしいから、自称未亡人はグレーなんじゃないかと壱は怪しんでいる。新しい彼氏のために千歳を中学生に見せたいのも、母親の発案だろう。

「千歳は、秋の金が目当てか」

「ばーか、変な言い方すんなよ。でもな、金持ちの友人は何人いても困らないだろ。秋の御実家ともお近づきになりたいなー」

「やっぱり騙してるだろ。詐欺師は母親だけで充分だ」

「あーあ、そんな事言うなんて、壱は嫌な奴になっちゃったな。お父さんが草葉の陰で泣いてるぞ」

 お互いの地雷を踏み抜いた所で、2人は会話を止めて先を歩く秋を見た。バスを降りて歩いてすぐだと言っていたが既に20分程度歩き続けている。
 2人に見られていることに気付いて、秋は分かれ道の右の方を指差す。

「こっち」

「ふーん?後どれくらい?」

 壱が尋ねると秋はすぐに引き返して来て、分かれ道を左に進んだ。

「やっぱりこっち」

「お前、自分の家覚えてないのかよ。一生着かないだろ!」

「引っ越して来たんだからしょうがないだろ」

 壱はそう言いながら、スマホで地図を開いた。何の目印も無い住宅街だが、何とかして駅まで引き返せれば迷子にはならないだろう。
 壱と千歳は不安なままふらふら歩く秋の後を付いて行ったが、秋はすぐに1つの門の前で立ち止まった。

「ここ」

「本当かよ?家を間違えてたら冗談じゃ済まねーぞ。お家に帰れないとか犬以下だろ」

 千歳に言われて秋は流石にムッとした顔になる。壱は千歳を宥める前に、門の横の塀に付けられた表札を確認した。『芒月』と書いてあるから、秋の家で間違いない。

「裏口だから分かり難いんだよ。今の時間は正面玄関から入っちゃ駄目なの」

「裏口?」

 それを聞いた千歳は、秋が止める前に門に沿って走って行く。出遅れた壱が2人に追い付くくらいまで走った所で、家の正面玄関にたどり着いた。裏口の門よりも重厚な門の奥には、この高級住宅街の中でも1、2位を争う大きさの家が建っている。

「わー!金持ってそうな家!秋くん、俺とお前は親友だよな、な?」

「だから、表から入っちゃ駄目なんだってば」

 秋と千歳が取っ組み合いをしている横で、壱は秋の家を眺めていた。
 屋根のある古風な門で、敷地の中には歴史を感じる蔵とピカピカの新築の家が並んでいる。

(ここに来る途中に、芒月駐車場とか、芒月アパートとか、あったな……)

 どうやらこの周辺の土地が芒月のものらしい。間違いなく大地主の大金持ちだ。千歳が突然親友になりたがるのも無理はない。
 閑静な住宅街に高校生の騒ぎ声はよく響く、と壱が秋と千歳を眺めていると、門の横の扉が開いて60代くらいの女性が顔を出した。
 年齢を誤魔化さない薄い化粧をした厳しそうな顔と、シンプルでも一目で高級品だとわかる服装でこの家の人間だとすぐにわかった。
 秋はその女性を見て、すぐに千歳から手を離す。

「あ、香澄さん」

「お友達?」

「うん」

 秋が頷くと、香澄は「そう」とだけ言って壱と千歳を見る。壱が慌てて頭を下げると、香澄は髪が乱れない程度に頭を下げてそれに応じた。

「あんまりうるさくしないでね」

「はい」

 秋が返事を言い終わる前に、扉が音もなく閉じる。
 どうやら秋は怒られたらしいと壱は同情したが、元凶の千歳は平気な顔で壱の横に立っていた。

「秋と全然似てない」

「まぁ、色々あるんだろ」

「歳が行き過ぎてる」

「それは単なる悪口だ」

 壱は今の女性が秋の母親だろうと考えたが、顔が似ていない事や年齢を別にしても違和感があった。

(なんだか、秋の事を好きでも嫌いでもないみたいだな)

 壱はそう思ったが、それも悪口になるような気がして黙っていた。
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